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第七話 情報収集

「……さて、ヴィルヘルミーネよ」

「おう!」

「この惨状はなんだ?」


 リーシャの村が何者かに襲われていると知った徹は、一先ず機動力、戦闘力に優れるヴィルヘルミーネを派遣した。

 ヴィルヘルミーネに命じたことは『村の襲撃を止めること』。その命令に襲撃者全員を虐殺しろという意味は含まれていなかった。


 だがしかし、徹たちがリーシャの住む村、ドラル村に到着すると、そこには血の海が広がっていた。


「……? 襲撃者を全員殺しただけだが?」

「はぁ~……」


 跪きこちらを無邪気な表情で見つめるヴィルヘルミーネに、徹は思わず溜め息を零す。


(ヴィルヘルミーネェ……平和的に行こうぜって言葉を忘れたのか……? まぁ、ヴィルヘルミーネは【狂戦士】の職業(クラス)を取ってるから、仕方ないっちゃ仕方ないか……? でもなぁ……)


 徹はちら、とこちらを窺う村人の顔を見る。

 彼の顔色は真っ青になっており、完全に怯えた顔で徹を見つめていた。


(あぁ……この村には友好的な印象を与えてしばらくの間拠点にしようと思っていたんだが……)

 

 どうやら、徹のその目論見は外れたらしい。

 村人たちからは、本来あるべきの感謝という感情が全く感じ取れず、得られるのは疎外感だけ。圧倒的アウェー感を感じ、居心地が悪い。


「まぁ、いい。お前には後でもう少し深い話をするとして。……リーシャ! 君のお父上は見つかったか?」

「いたわ!」


 この村に向かう道中、リーシャには母親がおらず今は父親と二人暮らしだと聞いていた。

 たった一人残された家族だ、さぞ大事だったのだろう。この村に着くなりリーシャは父親を捜しに村の奥まで行ってしまっていたのだ。


 遠くから聞こえる安堵したようなリーシャの言葉に、徹は満足気に頷く。

 リーシャはこの世界に来て初めて出来た知り合いだ。彼女が不幸に見舞われるのは徹の望むところではなかった。


 徹はリーシャの声がした方へ足を進める。


「おおぅ……」


 するとそこには、これまで以上に凄絶な光景が広がっていた。 

 首のない鎧姿の人間が何人も転がっており、腐ったような臭いが徹の鼻をつく。

 生首からは濁った赤黒い血が溢れ、血の海を形成していた。


(今日だけで血に慣れてしまいそうだな……)


 そんな感想を抱きつつ、徹は視界に映るリーシャの側へ近づく。

 彼女の傍らには一人の男性がいた。

 血と汚れで薄汚くなった黄色の髪と、同じ色の犬のような耳と尻尾を持つ彼は、放心した表情で地べたに座り込んでいた。


「お父さん! 私よ、リーシャよ!」

「ぁ、あ、ああ……無事、だったか」


 彼は、どこか目の焦点が合っていないというか、少し危なげな顔をしていたが、リーシャに声を掛けられたことによって正気に戻ったようだった。


「お前、今までどこに……いや、それよりもここは危ない」

「え? でもシリースの騎士たちは皆死んで――」

「いや、違う。ここにはあいつらが魔神と呼んだ化け物がいるんだ。俺は奇跡的に見逃されたが、次会ったらどうなるか分からない。だから早くここを――」

「もう。お父さん、ここは安全だって。その、マジン……っていうのは知らないけど、ここにはヴァルター様がいるんだから」


 そう言ってリーシャは徹の方を向く。

 だが、父親の動きは違った。彼は両肩をビクンと大きく跳ね上げると、油の切れたロボットのような動きで娘の視線の先へと振り返る。


 そこにいたのは、徹。そして後ろに控えるリディアと、先ほどまでここで大暴れしていたヴィルヘルミーネだった。


「う、うわあああああああああああああああああ!?」

「ちょ!? お父さん!?」


 それを視認した瞬間、父親は白目を剥き、失神した。


▼▼▼▼


「先程はすみませんでした。命の恩人に失礼な振る舞いを……」

「い、いや、気にしないで下さい……」


 その後、徹たちは気絶したリーシャの父親――名をベレルと言うらしい――を運び、彼らの家を訪れていた。

 今部屋にいるのは徹、リディア、リーシャ、そしてベレルだった。

 ヴィルヘルミーネには再度騎士たちがこの村を襲っても対処できるよう見回りをさせている。


 そのタイミングでベレルが目を覚まし、今に至る。


「それで、この村を救って頂いたあなた方にお返しをしたいところなのですが、この村は貧しく、とても与えられるようなものなどありません……」


 ベレルが沈痛な表情でそう呟く。

 まぁそれはそうだろうな、と言うのが徹の素直な気持ちだった。


 この村を訪れ軽く様子を見た徹が抱いた感想は、寂れた村、だった。


 建っている家はどれもぼろく、畑に生える作物も細く、元気がない。

 略奪に遭った直後だからかもしれないが、村人たちにも元気があるようには見えず、村全体の活気は暗そうだった。


 だからこそ、徹は前々から想定していた言葉を紡ぐ。


「いや、我たちは金品を報酬として受け取ろうとは思っていない」

「は、はぁ。よいのですか?」

「ああ。その代わり、情報が欲しい」

「情報、ですか」

「我々はここから随分と遠い所からやってきてな。この国に着いてからまだ日が浅いのだ。だから、この辺りの……近辺諸国の情報などをもらえないだろうか」


 徹の今の目的は、平和的世界征服。

 そのためにまず必要なのが情報だ。

 これから自分たちが征服する国はどんな国で、どういったやり方が適しているのか。

 『ミレナリズム』でも、勝者を導くのはいつだって情報だった。

 あのプレイヤーはどんな施設を建造していてどんな研究をしているのか、隣のプレイヤーは自分の国を攻め入ろうとしているのか。

 そういった情報があればあるほど、自分はどういう動きをすればいいのかが分かるというものだ。


「な、なるほど」


 ベレルの表情が分かりやすく明るくなった。それは報酬を与えられず悲惨な目に遭わずに済んだという顔なのか、これ以上作物を取られなくて済むと考えた村長としての顔だったのか。


「で、ではそれらはリーシャにお聞きください」

「えっ?」

「お前には村長の娘として色々教えてやっただろう? 今こそその教えを発揮する時だ!」


 その顔は、これ以上この恐ろしい魔王と話さなくていいと考えた哀れな男の顔であった。


「べ、別にいいけどお父さんは?」

「俺は村長として色々やらないといけないことがあるんだ! 葬儀の準備とか、崩れた家の補強とか……と、取り敢えず、頼んだぞ!」


 そう言って、ベレルはリーシャの言葉を待たず慌ただしい様子で家を出て行った。

 残された徹たちの間に微妙な空気が流れる。


「え、えっと……ごめんなさい……」

「……構わないとも。一番の理由はヴィルヘルミーネだろうからな。あいつが暴れすぎたせいで、ベレル殿が我に怯えの感情を持っても仕方のないことだろう」

「そう言って頂けると助かります……」


 リーシャはぺこりと頭を下げる。

 ヴィルヘルミーネがもうちょっと穏便に――騎士を追っ払うとかしていればもう少し平和的な会話が出来たのだろうな、と徹はぼんやり思う。


「じゃあ、少し待っていてください。物置にこのあたりの地図があったはずなので!」


▼▼▼▼


「え~っと、これが確かお父さんが都市に行った時の地図ですね」


 リーシャは彼女と徹の間に置かれた机の上に古びた紙を広げた。

 それは一つの都市を中心とした地図のようだ。地図に記された文字は読めないものの、地図の左上にある大きい黒いもやのようなものが、先ほどまでいたイェガランス大森林だということは分かった。


「……あまり広い地図ではないのだな」


 徹は失望の感情を隠し切れない声でぽつりと呟く。

 地図に記されている都市や村の数は五つか六つ程で、大した情報は得られそうになかった。


「そうですね。あまり広い地図って売ってないんですよね。あってもお高いですし」


 そう言われ、徹は考えを改める。

 徹がいた世界はインターネットがあれば誰でも世界のどこの地図も見放題だった。

 だが、この世界はそうはいかない。中世ほどの文明の発展具合では、地図は実際に足を運んで書かなければいかないものだ。

 そう考えれば、この世界の地図の価値が非常に高いことは納得が出来た。


「えっと、北西の黒いのがイェガランス大森林だってことは分かると思うんですけど」


 リーシャがごつごつした指で地図の左上を指さす。


「そうだな」


 そしてその指を少し右へとスライドさせる。


「そこの少し東にいったところがこの村、ドラル村です。そして国境を越えて北にある国がシリース神聖国」

「白い騎士たちが使える国か」

「そうです。今私たちのいるガリュンダ獣王国と戦争をしている国ですね」

「大体いつからやっているんだ?」


 リーシャは少し空中を見つめて考える素振りを見せた。


「ん~~と、戦争が始まって収穫を二回したから、二年くらい、ですかね?」

「ふむ……」


 戦争。それは『ミレナリズム』においても重要なイベントだ。

 なにしろ他国の領土という物は基本的に、戦争によって得るものだ。この要素が無いと『ミレナリズム』はアイデンティティを失ってしまう程に。


 『ミレナリズム』において、戦争をすることはメリットデメリットの両面を持ち合わせる。


 メリットは、勝った時のリターンが非常に多いことだ。

 基本的に勝者は敗者の領土を得られ、そこに資源が埋蔵されていれば資源も得ることが出来る。そして講和条件次第ではあるが、金銭や生産力の貸与など様々な恩恵を得られることができるのだ。


 デメリットとしては、勿論負けた場合今言ったことをされる(・・・)、という点にある。

 そして、戦争というものは非常に国家を疲弊させる。


 戦争をすれば資源や武器を消費するし、人口も減る。

 そうなれば、本来国家の成長に費やすための資源も減るし、労働人口も減ってしまう。


 かと言って戦争をしないことはまずい。

 日和見を決め込み静観していると、戦争に勝ち続けた国に引きつぶされるのがオチだ。


 戦争は負けたくないが、やらないのもまずい。つまり、絶対勝たなければならない。


 無論そんな戦争は存在しないが、一つ、その可能性が高くなる状況がある。


 それは戦争をしている国を横殴りにすることだ。

 二正面作戦をする国は、この長い歴史で大抵負けている。それは『ミレナリズム』も同様。ゲーム終盤で二つの国に同時に宣戦されたらそれはもう敗北フラグである。


 そう考えると、今の状況――ガリュンダ獣王国とシリース神聖国が戦争しているという現状は、『ミレナリズム』廃プレイヤーである徹の心を非常に高ぶらせる。


(……ま、自分の国すらまだない今、打てる手なんかないし、それ以前の話だがな)

「ガリュンダとシリースはイージス山脈って山脈で隔てられてるんですけど、ここドラル村と国境の間は平野が広がっているんです。だから、シリースの騎士たちはここに略奪に来たんだと思います」

「恐らく、そうだろうな」


 リーシャは、人差し指をぐいっと右下に動かした。


「それから、ドラル村から南東に一週間ほど歩くと、ギウリという都市に辿り着きます。ここはガリュンダ獣王国第二の都市と呼ばれる程大きい都市なんですよ」

「リーシャは行った事はあるのか?」

「はい。数年前に、一度だけ。でも人が多くてなんだかキラキラしてて、そこにいるのが恥ずかしかったです……」


 ふと、徹はリーシャを見つめる。

 彼女の金色の髪は、長年の村暮らしのせいか少しごわついており、農作業のせいで手もごつごつしている。着ている麻のような素材で出来た服もお世辞にもおしゃれとは言えず、なんだか田舎から都心へ引っ越した純朴な女子大学生を見ているような気分だった。


「えっと、ギウリから北に行った場所、ドラル村から東にはノラリックという都市があります」


 リーシャが指さすところには、両国の国境付近であった。


「ノラリックはシリース神聖国との国境がすぐそこということで、兵士さんたちがたくさんいる……え~っと、なんでしたっけ? 城塞? 都市? とかなんとか」

「ほぉ。ならば人で賑わっていそうだな」

「そうですね、ここには大きな冒険者組合もありますし――」

「冒険者!?」

「うぇっ!?」


 その言葉に、徹は鋭く反応する。いきなりの大声にリーシャの体を震わせてしまった。

 徹は一言「すまない」と謝り、自分の感情を落ち着かせる。


(冒険者……って、あの冒険者か? アニメなんかでよく見る?)

「リーシャ。冒険者について詳しく聞いてもいいだろうか?」

「は、はい。冒険者って人たちは依頼された魔物を狩る……傭兵みたいな仕事です。私たちの村に魔物が現れた時、冒険者の人が来てくれたんですけど、あっさりやっつけてくれました」

「つまり、冒険者は魔物を狩る専門家、ということか?」

「まぁ……そういう言い方もできますね?」

(俺が思ってる冒険者そのままじゃん!)


 冒険者。

 それは『ミレナリズム』には無い要素だが、徹はその存在を知っていた。

 徹がよく読むラノベやアニメなんかにたくさん登場する存在だからだ。


 大体の異世界ものの主人公は、まず冒険者になることを決意するか、もうなっている。

 そして不思議な力を与えられ、冒険者ギルドに登録する際のテストで自分の圧倒的な力を見せつけ、いきなりトップのランクになってちやほやされるのだ。


「ふむふむ、いいじゃないか、冒険者……。ちなみに、冒険者は儲かるのか?」

「う~ん、どうでしょうか。でも、以前ギウリに行った時は酒屋で何時間も飲んでる冒険者を見ましたよ」

「そうか……」


 徹はしばらく考える。

 考えて、口を開いた。


「よし、なるか。冒険者」

「えっ」

「ん? リディア?」


 徹のその宣言に、予想外の方向から疑問の声があがる。

 リディアだった。

 彼女は徹に顔を近づけると、小声で囁く。


「魔物狩りなどという雑務、命じて頂ければ我々でやります。ヴァルター様のお手を煩わせるわけにはいきません」

「……」


 そういう訳だった。

 徹にとって、彼女たちの忠義は嬉しいことだしこんな主でよければ頼りがいのあるところを十分にみせてやりたいとも思うが、たまにこの感情が重すぎることがある。


「いいか、リディア。我はこの世界での自分の力を確かめたいのだ」

「ヴァルター様こそがこの世界で一番強きお方。そこに異論など――」

「……ある。少なくとも我にはな。それに、魔物と戦うなど心躍るではないか。お前たちだけなんてずるいぞ」

「……ヴァルター様」


 徹とて、冒険者と戦う物語の主人公への憧れがないわけではない。

 騎士、人間相手に魔術を行使することは躊躇われるが、魔物相手であれば大丈夫だろう。


 そして何より、今の徹たちには致命的な問題があった。


「……リディアよ。今の我たちには、世界征服のために全く足りていないものがある」

「な、なんですって!? も、申し訳ありません。教えて頂ければすぐに私たちが――」

「――金だ」

「……え?」

「金が足りないんだよ。何事にも金が必要だ。食べるにも寝るにも。それは世界征服も一緒だ。国を運営する資金、戦争のための軍事費、他国との貿易にでも」


 徹はこの世界を平和的に征服するために、まずは自分の国を興そうと考えていた。

 そのためにまず第一に必要な物――それは金だった。


 金が無ければ何もできない。そんな何もない国に人が住みたいと思うだろうか。

 否である。


「だからリディアよ。――金を稼ぐぞ」

 


読んでいただきありがとうございます。

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