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第六話 暴虐のヴィルヘルミーネ

「くそっ! くそくそくそっ……!」


 けたたましい金属の音、野太く下卑た声、そして子供たちの悲鳴。

 それらが支配する村の中を、一人の男が走っていた。

 ちらりと後ろを振り返ると、そこには真っ白な鎧を着た騎士が彼を追いかけている。顔を覆う兜のせいで表情は分からないが、その手に握られている剣のおかげで、何故男を追っているかの理由は明白だった。


 男が周りを見渡すと、そこは彼が慣れ親しんだ辺境の田舎村とは程遠い光景だった。

 村人は惨たらしく殺され、家屋は倒壊し、畑の作物はほとんどが奪われている。


 略奪だ。


 男の住むドラル村はガリュンダ獣王国の北端に存在する村で、隣国であるシリース神聖国との国境近くにある村だ。

 数年前、男は村長としてシリース神聖国がガリュンダ獣王国に宣戦布告したことは知っていた。そのため自分たちの村にシリース神聖国が攻め入ってくることは警戒していた。

 そのため、男は領主である貴族に自分たちを守る兵を要請したが、それがどうだ。


 隣人は殺され、何年も住んできた家は打ち壊され、毎日汗水垂らして育ててきた作物が易々と奪われる。


「くそっ! これだから貴族は!」


 貴族、そしてそんな貴族を容認している自分の国へ怒りを募らせながら、男は走る。

 怒りをパワーに変え長時間走って来た男だが、ただの村人である男と騎士として訓練してきた騎士の膂力というのはやはり段違いだ。

 男は恐る恐るもう一度後ろを振り返る。

 

「……ひっ!?」


 すると、男を追っていた騎士は先ほどよりも大きく見えた。もう数分もしないうちに追い付かれるだろう。いや、それよりも村人たちを殺した騎士たちによって挟み撃ちにされる方が近いか。


「くそくそくそっ! 何が貴族だ何が王だ! 俺たち農民の事なんてなにも考えちゃいない! ああ、神よ! 我々を見捨てたのか!?」

「はん。お前たちのような犬畜生が縋る神になんの価値があると言うのだ!」


 自らが信仰する神へ怒りを露わにする男に、嘲りの声が聞こえた。

 きっと、後ろの騎士は男の頭や腰にある犬のような耳と尻尾を見ながら言ったのだろう。

 人族以外の種族を劣等種族と罵るシリース神聖国の騎士らしいと、男は思う。


「おらっ!」

「ぐっ」


 抵抗虚しく、男は騎士によって追い付かれ簡単に地面に叩きつけられる。

 本来、獣人族と人族であれば身体能力は獣人族の方が上だ。

 しかし、男は長年の貧しい生活のお陰で体は細い。騎士にとっては幼子を相手にするのと一緒だろう。


「手間取らせやがって、犬が。これで終わりだ」


 騎士がその剣を振りかぶる。まるでそれが慈悲かのように。

 男は恐怖で目を瞑る。彼にはその選択肢しかなかった。


 これがつまらない人生のつまらない最期かと思いつつ、男の脳裏には一人の少女の姿が浮かび上がった。


(リーシャ……!)


 男のたった一人の愛娘。亡き妻が残した最愛の家族。

 守ってやれなくてすまない。これ以上一緒にいてやれなくてすまない。

 男は死ぬ寸前まで、愛する娘に謝罪する。

 幸いなのは、村が略奪に遭った際、彼女が村にいなかったことだろう。

 昔から好奇心旺盛な子だった。目を離せばすぐ近所にあるイェガランス大森林へ遊びに行くような活発な娘だ。

 願わくば、村の異変に気付き逃げて欲しい。


(はぁ……しかし本当に、この世に神はいないんだな……)


 それが男の最期に思うことだった。

 幼いころから獣人族で親しまれる神を信仰していた男だったが、ここ数年、神がいるなら何故自分たちはこんな苦しい生活を送っているんだと憤慨していたのだ。

 

 村は凶作に見舞われるが、貴族たちはそれに構わず作物を分捕っていく。

 村が隣国の略奪に遭っても、国も貴族も誰も救ってくれない。


(ふん。長年神に祈りを捧げ、苦しい時も供物を捧げてきた俺がこうして惨めに散っていくのがなによりの証拠だ。神官たちは俺を罰当たりだと言うだろうが、なんてことはない。いもしない神を信じるあいつらが滑稽だったってことさな……)


 あの世にいって、もし神がいたらぶん殴ってやろう。

 敬虔な信徒だった自分が聞いたら信じられない言葉を思いながら、男は自分の首が斬られるを待った。


「……?」


 しかし、待てど暮らせど男の首は繋がったままだ。

 男はゆっくりと目を開く。


 すると自分を追っていた騎士が剣を握る腕をだらりと下げて、中空を――恐らくだが――見つめていた。

 周りを見渡すと、他の騎士も、彼らによって追われていた村人たちも同じ方角を見つめている。


「なにが……?」


 釣られるように、男も同じ方角へ振り返る。


「……は?」


 すると、何者かが空を飛びこちらへ向かってくる姿が、視界に映った。

 それは人のようにも見えた。だが、男が知っている種族のどれでもない。

 頭に生える角は魔族のそれだと分かるが、背中でゆっくりとはためく尻尾や、男の胴体ほどの太さを持つ爬虫類のような尻尾にはまるで見覚えが無かった。


「こっちに向かってきてないか……?」


 その謎の人影は、まっすぐにこの村へ向かってきているように思える。

 いや、それよりも男の方へ飛んできているような……。


「う、うわあああ!?」


 男を追っていた騎士など比べ程にならない速度でこっちへ向かってくる人影。

 それに怯えた騎士は腰が引け、先ほどまで男を殺そうとしていた騎士とはまるで別人に見える。


 だが、それは男も同じだ。生きてきて一度も、あんな速度で動くモノを見たことがない。

 やがてソレは、男と激突――


「よっと」


 する直前で、それは軽やかに地面に着地した。

 乾いた目でそれを見ると、人影は女性だった。

 この世のものとは思えない服に身を包んでいるものの、その顔は村一番、いやこの国何処を探しても見つからない程極上のものだ。

 こんな状況で無ければ、妻に先立たれた男ですら声を掛けてしまいそうになるほどの美貌だった。


 しかし、その手には男が全力を使っても持ち上がらなそうな程重そうな長身のハルバードが握られていた。


「さて、我が主の命だ。貴様らにはここで死んでもらう」


 女性は、まるで地面に転がる石を見るようなそんな無関心な瞳で、呆けている騎士を見ていた。

 その口調があまりに軽やかで、男も騎士も、彼女が何を言っているか一瞬理解できなかった。


「……白い鎧。なんだ、さっきの奴らと一緒か。じゃああんまり楽しめそうにないが……。まぁ、陛下の命だ。忠臣として聞かなきゃな」


 女性はつまらなそうにそう言うと、男の目の前の騎士の前に立って面倒そうにハルバードを振りかぶった。


 その時になってようやく、騎士は自分にふりかかった事態を把握することができた。


「き、貴様何を言って――」

「あぁうるせえ。貴様らはここで死ぬと陛下が決めたんだ。だったら口を開かずさっさと死を受け入れろ」


 刹那、女性のハルバードを握る方の腕が消えた(・・・)

 いや、女性は腕を動かしただけだ。だが、その動きがあまりにも速く、男の目では追いつくことができなかったのだ。


「あ、え……?」


 そしてそれから一拍遅れて、騎士の首がまるでずり落ちるように地面に落ちた。

 

「な……」


 男は目を見開く。

 殺したのだ。この女性は、大陸屈指の腕前を持つと言われているシリース神聖国の騎士を。一振りで。防御させる暇も与えずに。


「て、敵襲! 総員集合!」


 それを見た別の騎士が、震えた声でそう叫んだ。

 彼はその一撃で全てを悟ったのだ。


 目の前の化け物は、自分一人でどうにかなる相手ではないと。

 もしかするとこの場にいる騎士五十人全員で立ち向かっても負けるかもしれない。

 だが、その化け物と今一番近いのが自分だと分かった瞬間、自然とそう叫んでいた。


「うるせえ、って言ったのが分からなかったのか?」

「―――は?」


 しかし、この化け物は騎士が思うよりも化け物だった。

 彼女は、彼我の距離10メートルほどを一瞬の間に0に変えていた。


「ま、ま、ま」

「待たねぇよ。……ああ、だが。お前らを一か所に集めてくれたことには感謝しよう。余計な手間が省けたからな」


 男は分かっていた。彼女の目の前の騎士がその感謝を受け入れることは無かったと。

 そう理解した瞬間、騎士は生首から大量の血飛沫を周囲にぶちまけつつ、斃れた。


「な、なんだ!? どうなっている!?」

「分かりません! ただ、こちらの二人が瞬時に殺されました!」


 気が付くと、男の周りには騎士たちが群がっていた。

 いや、男ではなくいきなり現れて騎士二人を瞬殺した女性を中心に囲っていた。


「そういや、この村の村民は全員助けろ、だったか」


 瞬間、男と化け物の視線が交錯する。

 男は目の前の残酷な光景で混乱しており、彼女が何を言っているのか理解できなかった。


「めんどくせえが、やるしかないか。陛下の命だからなァ」


 そう言って、化け物は表情を変えた。

 それはまるで、獲物を威嚇する捕食者のような獰猛な笑みだった。


「オレの名はヴィルヘルミーネ。残虐、暴虐のヴィルヘルミーネ。この世を統べる尊きお方、魔王ヴァルター・クルズ・オイゲン様の忠実なる僕にして武器。……まぁ、なんだ。辞世の句でも考えておくんだな」



▼▼▼▼


「なんだこれ……夢か?」


 そう呟く男のそばに、また死体が一つ転がって来た。

 いきなり現れた謎の人物、ヴィルヘルミーネを名乗ったたった一人の女性の手によって、ただ略奪に見舞われた可哀そうな村の状況は一変した。


 村を好き放題壊し、女を犯し、作物を奪っていた騎士たちは今や、ただ徒に命を刈り取られる玩具のような存在に成り下がっていた。

 地面にはいくつもの首のない死体が転がっており、先ほどまでの威勢を忘れた騎士たちはただ足を震わせその場で立つだけだ。


「ひ、ひぃ!?」

「は。お前、仮にも軍人だろう? だったら敵を目の前に逃げんじゃなく戦ってみたら、どうだ!?」

「が、は……」

「これで大体終わったかァ?」


 あまりの強さに顔を真っ青にし逃げ惑う騎士の背中へ、ヴィルヘルミーネはハルバードを無造作に投げつける。

 見るからに硬そうな鎧を貫通し簡単に命を奪ったそのハルバードを、肉塊となった騎士から引き抜きながら、ヴィルヘルミーネは退屈そうに呟いた。


 男は周りを見渡す。

 そこは一面血の海だった。

 男の周囲10メートルには最早、血に染まった地面などないほどにどす黒い赤色で村が染まっていた。

 

(な、なんなんだこいつは! 人間をそう簡単に殺す奴なんて……いてもいいのか!?)


 男は不規則な感覚で歯をカチカチと鳴らす。


 ヴィルヘルミーネを名乗る女性が騎士を殺し始めた頃、男は感謝と羨望の眼差しで彼女を見つめていた。

 村を、そして自分を救ってくれた救世主。もしや自分が見放した神が遣わした天使なのではと。


 だが、彼女が騎士の半分ほどを殺した時から、男の脳内を占めるのは恐怖のみだ。

 ヴィルヘルミーネは目にも止まらぬ一撃で騎士たちを殺し尽くしていた。

 その攻撃には鎧も意味をなさず、防ごうとした騎士の剣ごと叩き折る。


 確かに彼女は長身ではあるが、その女の体のどこにそんな膂力があるのか。そしてその圧倒的な力が自分に振るわれていないのは奇跡のような偶然で、それがいつ自分に振るわれてもおかしくないのでは。

 

「な、なんなんだ貴様は! もしや聖書に記されいる、封印されし魔神では……!?」


 残された騎士が、怯えを隠せない声でそう言う。

 男は獣人族が信仰する神を信じており、騎士の言うシリース神聖国の宗教の聖書のことなど一つも知らない。

 しかし、悪鬼のような振る舞いをする彼女には、その魔神という言葉があまりにもマッチしていて、思わず自分を殺そうとしていた騎士たちの言葉に頷きそうになった。


「マジン……? 誰だそいつ」


 だが、ヴィルヘルミーネは騎士の言葉を足蹴にすると、瞬く間にその騎士との距離を0にする。


「ご、ばぁ……!」


 そして、人の胴体程の太さを持つその尻尾で、騎士の腹を抉った。

 それだけではなく、彼女はその尻尾を持ち上げ、騎士の足を地面から離す。


「オレはヴァルター様の僕だって、そう言ったろ? オレにとってはヴァルター様に仕えることがなによりの喜び。つってんのに魔神だとか変なこと言うな。腹が立つ」

「貴様には……いつか、シリース様の罰が……!」

「シリース様……? 誰だそれ。お前たちが信じる神か? ……はん。だとすれば可哀そうにな。この世の神などヴァルター様以外にいない」

「愚弄、するか……! 我らが女神、を……!」

「事実だろう? お前たちの言うシリースとかいう奴がいるならば、何故そいつはお前をオレから救ってくれなかったんだろうな?」

「……!」


 ヴィルヘルミーネのその言葉は、呆然としていた男の胸に刺さるものがあった。


「……哀れな事だ。いもしない神を信じ、敬い、奉じた結果、お前はオレに惨たらしく殺されるんだからな」

「……」


 騎士の反撃はない。

 彼は、修羅の如き表情でヴィルヘルミーネを睨みつきながら絶命していた。


「ま、その信仰心だけは誉めてやろう。オレの尻尾に貫かれながらもお前の言う神のために怒れたのだからな。来世ってもんがあるならお前が道を違えないように、ヴァルター様に祈っておこう」


 ヴィルヘルミーネは騎士から尻尾を引き抜くと、力強くブンと振った。

 それだけで尻尾に付着していた騎士の血液や内臓は飛び散り、彼女の尻尾は産まれたままのように綺麗なものとなっていた。 

 

「よし、これでヴァルター様のご命令は達成、と。ふぅ~……ヴァルター様、褒めてくれるかな?」

「――」


 男は戦慄する。

 先ほどまでまるで死神のように騎士を殺し尽くした化け物のような存在が、今では想い人を懸想するうら若き乙女のような顔をしていた。


 これほどまでに残虐な人物の心を奪い、ここまでの忠誠心を持たれるヴァルターという人物は一体どのような人物なのか。

 もし会ったら自分はどんな目に遭ってしまうのだろうかと、男は体を震わせたのだった。


読んでいただきありがとうございます。

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