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第二話 ヴァルター・クルズ・オイゲン

「……嘘、だろ…………?」


 呆然とする徹。

 だが、いつか現実は受け止めなければならない。

 自分は、『ミレナリズム』での徹の分身キャラ、魔族を統べる王として設定した、魔王ヴァルター・クルズ・オイゲンとなってしまったのだ。


「もしかして、ここ、『ミレナリズム』の中の世界なのか…?」


 突拍子もない考えだが、しかし徹にはそうとしか思えなかった。

 自分の陰に隠れる獣人。そして目の前でこちらを睨む騎士たちが持つ現実世界には到底似合わない鈍く光る剣。

 これが夢でないのなら、そうとしか考えられなかった。


「魔族が!ぶつくさ何を言っている!」

「獣人を大人しく差し出せ。そうすれば苦痛のない死を与えてやる。そうでなければ惨たらしい死がお前を待っているぞ」


 物騒な言葉を吐き出す騎士たち。だが、彼らの声色からそれが冗談の類で無い事が分かる。

 つまり、彼らは本気でこちらを殺そうとしているのだ。


(冗談じゃねぇ!いきなり訳の分からん状況に巻き込まれて殺されるわけにいくかよ!)


 だがしかし、今の徹に何ができると言うのか。

 騎士の二人は鎧に剣と完全武装。それに対して徹は徒手で、人生で喧嘩なんて一度もしたことがない。

 この状況を抜け出せるビジョンが、徹には見えない。


「ねぇ貴方のその恰好、見たことがあるわ! 魔術師(・・・)なんでしょう!?」

「……え?」

「一度私の村に冒険者が来たことがあるの。貴方と同じような格好をした人が魔術を使って魔物を倒していたわ! 貴方もそれができるんでしょう!?」


 魔術。

 普通の人間なら、何言っているんだこの少女は中二病をまだ引きずっているのか、と思われるだろうその言葉だが、徹には心当たりがあった。


(……ここが本当に『ミレナリズム』の世界なら。ヴァルターになった俺には魔術が使える……!?)

「……そうか。矮小なる魔族が、我々崇高なるシリース神聖国の騎士を二人が仮に戦うと?」

「馬鹿が!お前ら魔族が我々に叶うはずがないだろうが!」


 混乱する徹。

 しかし、そんな彼などお構いなしに、騎士たちは徐々に距離を縮めてくる。


「きゃぁ!?た、助けて!」


 吶喊してくる騎士に怯え、少女はなりふり構わず嘆願する。

 何故この少女は殺されそうになっているのかは分からない。

 だが、自分は頼られた。年端もいかない守られるべき少女に。

 

(じゃあ、助けないとだろ!)


 徹の分身ユニットであるヴァルター・クルズ・オイゲンは、魔術が使える魔術師として徹が育てたキャラだ。

 それなら、この状況を打破する力を、今の自分は持っているはずだ!


 徹は決意し、唾を音が出る程強く飲み込む。

 そして、両足を広げ、右手を突き出す。

 自分の助けのみを頼りにする少女のために――!


「行くぞ!『地獄のほ(ヘルファ)』――!?」


 だが、ヴァルターが習得している魔術の一つを使おうとしたその瞬間、徹はあることに気が付いた。


(俺、今人を殺そうとしたのか……?)


 ふと、徹は冷静になる。そして、体中に溢れる全能感が冷え、頭が醒めていく。

 徹が唱えようとした魔術は黒魔術『地獄の炎(ヘルファイア)』。

 『ミレナリズム』の説明によれば、地獄から炎を呼び出し対象を燃やす魔術だ。

 しかし、当たり前だが、火に触れたら人は燃える。

 燃えたらどうなるだろうか。それも当たり前だ。人は死ぬ。


 一ノ瀬徹という人間は、善良な人間だ。

 生まれてこのかた、人を殺したことはおろか、人に手をあげたこともない。

 それほど暴力と無縁な人生を送って来た人物だ。殺人を犯そうとした自覚を持った瞬間、殺されそうになった今この時でも、体が一瞬硬直してしまう。

 あくまで一般人として生きて来た徹にとって、人を殺す覚悟を持つのは大変に難しいものだったのだ。


「死ね!魔族が!」

「っ!?」


 そんな徹の隙を見逃さず、騎士は剣を振り下ろす。

 躊躇いのない剣筋は、その騎士がこれまでいくつもの命を奪ってきたことを証明していた。


「……!」


 木々の隙間から僅かに漏れた日光を反射して、剣がギラリと鈍く輝く。

 徹は、まるで現実から目を背けるように目を閉ざした。その結果招く結末は変わらないと知りつつも。

 即死だろうか。それとも頭をかち割られた痛みを少し味わった後死ぬのだろうか。

 どっちも嫌だ。だが、それよりも獣人の少女を救えなかったことが心残りだった。


 瞬間、徹を襲ったのは衝撃。そして骨が折れるような音。





 ――だが、いつまで経っても斬られた痛みはやってこなかった。

 もしかして、あまりに綺麗な剣筋で自分がまだ死んでいることに気付いていないのだろうか。

 しかし、木々の隙間から吹き抜ける、この温かいそよ風は現実のものだろう。


「…………?」


 徹は恐る恐る目を開く。そして、目の前の光景に目を丸くした。


 まず、徹の右手は前に突き出されていた。

 それは理解できた。

 人間には例えば転んだ時に咄嗟に両手を出すような防衛本能がある。

 それならば、剣が頭に振り下ろされた時、無意識に手が頭を守ることもあるだろう。


 だが、解せないのは――


「なん……だ、これ…………?」


 その右手で剣を受け止めているということだった。

 明らかに、剣は金属で出来ており、その刃は首を容易く落とせると思えるほど鋭利な物だ。

 だと言うのに、徹の右手には血が流れるどころか傷一つ付いていない。そして、痛みさえも無かった。


「が、は……」


 徹に斬りかかった騎士は、苦しそうな呻き声を上げると共に、両手から剣を離す。

 どうやら、先程の音は彼の両腕の骨が折れた音だったらしい。


「ま、魔族さん、大丈夫なの!?」

「あ、ああ……」

「な……なんなんだ貴様は!」

「身体強化魔術……!? いや、そうだとしても剣で斬られて無傷な訳があるか!」


 騎士たちだけでなく、その異様な光景に獣人の少女も不思議そうな声を上げ、表情を驚愕に染めていた。

 だが、その状況下で、唯一徹だけはこの状況に心当たりがあった。


(俺とこの騎士の間に、大きなレベルの差――能力の差があるってことか!?)


 徹の脳内に浮かび上がるのは、『ミレナリズム』のゲーム画面。

 

(ラスボス直前の勇者がスライム相手に全くダメージを受けないように、レベルが最大の100であるヴァルター・クルズ・オイゲンならば、レベル20以下のユニットからは全くダメージを受けないはずだ!)


 彼我の攻撃力と防御力――この場合なら物理攻撃力と物理防御力だが――に大きな差がある場合、ダメージは0になる。多くのゲームがそうであるように、『ミレナリズム』にもその計算式は当てはまる。

 徹の記憶が正しければ、ヴァルター・クルズ・オイゲンは、20レベルのユニットの物理攻撃を完全に防げる程のパラメーターは持っていたはずだ。


 ならば、少なくとも目の前の騎士のレベルは20以下、ということになるのでは――? 


「なぁ、シリース神聖国って言ったか。そこの騎士って強いのか?」

「え、あ、貴方、本当に無傷なの? 剣で斬られたのよ?」

「大丈夫だから、教えてくれ」

「……シリース神聖国の騎士団といったらこのあたりじゃ一、二を争う程強力な軍よ。なんで貴方と私がまだ生きていられるのか不思議なくらい」

「……そうか」


 獣人の少女の話を聞くと、徹の推測が正しければ、この近辺ではレベル20の者でも強者という扱いを受けているという事になる。

 

 ――つまり、レベル100である俺はこの世界で無双できる程の力を持っているのでは?


 一瞬覚える高揚感と鳥肌を振り払うように、徹は首をぶんぶんと振る。


 今はそんな事を考えている場合ではない。取り敢えず徹がこの騎士に負けることはないことは分かった。


 なら、今するべきことはここから避難し獣人の少女を元の場所に帰してあげることだろう。


「糞が!魔族風情が調子に乗るなよ!『火球(ファイアーボール)』!」

「なにっ!」


 しかし、怒りに顔を染めた無事な騎士が、剣では徹に傷を付けられないと判断したのか、今度は魔術で攻撃してくる。


(『火球(ファイアーボール)』!? 『ミレナリズム』にもある魔術だ!)


 やはりこの世界は『ミレナリズム』と同じ原理で働いているのだろうか。

 そう推測を始める徹だが、騎士の放った火の球が矢のような速度でこちらに向かってきている。

 確実に人を焦がし尽くすだろうその火の球は、一直線に獣人の少女目掛けて飛んでいた。


「危ない!」

「きゃっ……!?」


 徹は騎士たちに背を向け獣人の少女を抱くように庇う。

 その瞬間、徹の背中に何かが当たったような感覚がした。だが、そこに痛みはない。徹を心配するように覗き込む獣人の少女を安心させるように、徹は笑って見せた。

 背中を振り返ると、先程まであった火の球は無くなっており、騎士たちから発せられる驚愕の雰囲気を感じ取れる。


「剣も魔術も効かないだと……!?」

「何者なんだ、貴様は! 不浄の魔族が、我々に敵うはずなど!」


 激昂する騎士たち。だが、徹には彼らの相手をするつもりはない。

 騎士たちに徹は殺せず、また徹もむやみやたらに人を殺す性格では無かった。例え徹が騎士たちと比べ数段も格上の存在だと分かっても、徹には騎士たちをどうこうすることは出来なかった。


「なんの騒ぎだ!」


 逃げようとした徹の背後から、同じ格好をした騎士が五人程現れる。


(増援!? まずいな、庇いきれない!)


 確かに騎士が徹を傷つけることは出来ないが、六人に囲まれて一人の少女を庇いきれる自信が徹には無かった。


「魔族さん…!」

「――!」


 だが、徹の胸で怯え涙を流す少女は助けなければならない。彼女が何故騎士たちに追われているかは知らないが、恰好を見る限り彼女はただの一般人、それに少女だ。騎士のような軍人の剣によってこんな鬱蒼として森の中で殺されていい存在ではない。


「大丈夫だ。俺が助けてやる」

「ほんとう……?」

「ああ」

(……やるしか、ないか)


 もう、人を殺す覚悟がどうたらと言っている場合ではない。無辜の少女を守るため、自分も覚悟を決めなければ。

 ――ああ、でも。今の自分の顔を腕の中の少女に見せたくはない。顔は真っ白だし嫌な汗が頬を伝っている。どうみても余裕のある男には見えないだろうな。


 自嘲的に笑い、徹は覚悟を――


「オラァ! てめぇら、その御方を誰と知っての狼藉だァ!」


 その瞬間。 

 見知らぬ、だがどこか懐かしい声が聞こえた。

 

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