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第一話 最強の王

 『ミレナリズム』。

 それは、現代のゲーマー界隈をまぁまぁ賑わせる戦略ゲームだ。

 プレイヤーは魔術や異種族が存在するファンタジー世界に自分の国を興し、プレイヤーの分身たる指導者を君臨させる。

 そして指導者やユニットを育て、国に施設などを建て、国を発展していき、他プレイヤーの国を打ち倒し、世界に覇を唱え世界征服を目指す。最大36人までプレイ可能な対人マルチ前提のゲームだった。


 病的なまでの作り込みでプレイヤーたちを感心させたその『ミレナリズム』だが、最大の特徴は「継承ユニット」と呼ばれる存在だろう。

 本来、ユニットとは一回のゲーム限りの存在だが、稀に育て上げたユニットは「継承ユニット」となり、次回以降のプレイでも使えるようになるのだ。

 「継承ユニット」の存在により、プレイヤーたちには負けても次のプレイをするモチベーションが生まれ、自分だけの最強の「継承ユニット」を作り上げることを目標とする。


 戦略ゲームにしては珍しい引き継ぎ要素を入れ込んだ『ミレナリズム』は、ゲーマー界隈に一石を投じ、全戦略ゲーマーは『ミレナリズム』をプレイしているとまで言われる時代を作り上げたが。


 この世は栄枯盛衰。全てのものには、終わる瞬間があるのだ。


▼▼▼▼


「だぁ~……釣れねぇ……」


 モニターの光のみが唯一の光源となっている薄暗い部屋の中、うんざりした顔で男―一ノ瀬徹(いちのせとおる)は呟いた。

 眼前に映るのは『ミレナリズム』のマッチング画面。 

 しかしそこに映るのは徹の分身である『ヴァルター・グルズ・オイゲン』という魔王風の男だけで、それ以外には『empty』の文字。

 

 『ミレナリズム』が発売されたのはおよそ十年前。プレイヤーのほとんどは別のゲームに手を伸ばし、過疎ゲームと言われて久しい。

 また、徹は『ミレナリズム』でのランキング一位をこの数年独占しており、最早人口の少ない『ミレナリズム』というゲームで、彼と対等にプレイできる者はほぼ存在しなかった。


 自動的に自分の実力に近いものとマッチングするという親切設計が、今この時は仇となっているのだ。


「はぁ……俺も別のゲームに引っ越すべきなんかなぁ……」


 口ではそう言う徹だが、脳内ではその言葉を即座に却下していた。

 徹は画面を切り替える。

 そこに映るのは九人の人。だが、それらはただの人ではなく、犬のような耳が生えたり、羊のような角が生えたり、竜のような翼や尻尾が生えていたり様々な特徴を持っている。

 そこに映るのは、徹が『ミレナリズム』を初めて九年で手塩に掛けて育てた、徹お気に入りの九人の『継承ユニット』たちだった。


「……俺にもっと『ミレナリズム』をプレイさせてくれよ……。この『九魔将』たちをもっと活躍させてやりてぇよ……。もっと俺に、世界を征服させてくれ……。俺は、魔王ヴァルター・クルズ・オイゲンなんだぞ……」


 徹の社会人になってからの人生は、『ミレナリズム』のためにあると言っても過言では無かった。 

 仕事から帰っては『ミレナリズム』をプレイし、『ミレナリズム』に課金するために仕事をし、『ミレナリズム』をプレイするために仕事をして飯を食う。


 しかし、もう潮時なのかもしれない。

 もはや『ミレナリズム』にはプレイヤーがおらず、まともに遊ぶこともままならない。このまま対戦相手を待っていても、それは時間の浪費と同義だろう。


 そう頭では理解していても、徹は諦めきれなかった。 

 自分の人生は『ミレナリズム』とともにあると思っていた。

 自分は数々の世界を征服する魔王として君臨し続けるのだと、そう思っていた。


「……ん!?」


 目に涙が滲みそうになったその時、ヘッドホンからピコンピコンと、徹が待ち望んでいた音が聞こえる。

 慌ててディスプレイを見る。

 すると、先ほどまで空欄だった対戦相手の欄が全て埋まっているではないか。


「よっしゃあ!まだ天は俺を見放していなかったんだな!よしよし、これでまた『ミレナリズム』が――なんだ?」


 今回の敵は誰だろうか。徹クラスの実力者になると相手も同格のものとなり、限られてくる。そのため、マッチングする者は大体が顔見知りなのだ。

 

 しかし、徹は目を丸くする。

 標示された対戦相手は全く見知らぬ者たちだった。いや、それどころか名前が読めない(・・・・)

 その文字は日本語でもなく、英語でもなく、徹の直感だがこの世界の文字とは思えなかった。


 そしてその驚きも束の間、ディスプレイに文字が浮かび上がる。


「『汝は魔帝国グリントリンゲンを統べる魔王ヴァルター・クルズ・オイゲンとして、世界を征服することを誓いますか』……だと?」


 その国、その魔王の名はどちらも徹が設定したもの。

 だが、まるで誓約文のようなこの文言は、九年間『ミレナリズム』をプレイしてきた徹でも見たことのないものだった。


「なんだこれ……」


 異様な光景に、『YES』をクリックすることが躊躇われる徹。

 まるでこの文を素直に承諾すると、自分の身にナニカが起こりそうな錯覚を覚える。


 だが、ここでゲームを開始しないと、徹は永遠に『ミレナリズム』をプレイできないかもしれない。

 そんな焦りと執着心に導かれるように、徹は一瞬の躊躇のあと、『YES』をクリックした。


「相手が何でも誰でもいい。取り敢えず俺は、魔王として九魔将と一緒に世界を征服したいんだ……!」


 その言葉を最後に、徹の頭は靄がかかったように段々と白くなっていく。

 そして、徹の意識は途絶えた。


▼▼▼▼


「…………はっ!?」


 一瞬とも永劫とも言える時間が流れた後、徹は意識を覚醒した。

 奇妙な体験をしたからか、少しの不快感を覚える。

 しかし、その直後にはその不快感が霧散した。


「ど、どこだここ!?」


 徹の視界に映るのは、所狭しと並ぶ木、木、木……。

 六階建てのビルほどの高さがあるその木々は日光のほとんどを遮っており、この森と言える場所は薄暗い。

 聞こえてくるのはピヨピヨという遠くから聞こえる小鳥の囀り。そして、爽やかな風が徹の全身を薙ぐ。

 

 だが、徹の心情は爽やかとは真逆なものだった。


「な、なんだこれ何が起きてる!?えーとえーと……俺は『ミレナリズム』をプレイしていて……?」


 記憶を思い出そうとする徹だが、どうしてもそこから先の記憶が思い出せない。

 そしてふと、自分の体に違和感を感じる。

 頭、背中が少し重いような。そして視線の高さも少し高くなっている気がする。


「もう、なにがなんだか……」


 呆然自失と言った様子で、徹は力なく呟く。

 そんな時だった。


「きゃああああああああ!」

「っ!?」


 徹の耳を劈くような、甲高い声が木々の奥から聞こえた。

 それに加え、その方角からドタバタと足音が近づいてくる。


「……うわっ!?」


 そして、木から現れたのは犬のような耳と尻尾を持った、まるでファンタジー世界から迷い込んだとすら思う獣人だった。

 恐らく十代後半だと思われるその少女は、力なく金色の耳と尻尾と垂れさせ、肩で息をする。

 その大きく黒い瞳は、徹を真正面から射抜いていた。


「……魔族?」


 人懐っこい印象を受ける少女はその顔を僅かに歪め、とても不思議そうな声でそう呟いた。

 獣人。魔族。

 その言葉は徹に心当たりがあった。どちらも『ミレナリズム』に登場する種族だったからだ。


「……魔族?俺が?」


 だが、その少女が自分を指してそう言ったことについては、全くの心当たりがなかった。

 何故なら徹はただの人間だ。日本人の父と母を持つ、胸を張って典型的な人間だと言い張れるほどには普通の人間だった。

 『ミレナリズム』における魔族とは、羊のような角がこめかみから生え、翼と尻尾を持つ人間―『ミレナリズム』でいう人族に似ている種族だ。

 確かに魔族と人族は似ていると言え、まさか自分を魔族とは間違えないだろう。


「待て!獣人が!」

「犬畜生が!よくもここまで逃げおおせたな!」


 そんな徹の思考回路は、擦れるような金属音と野太い人の声によって動きを止める。

 そちらを見ると、そこにいたのは白い鎧を着た騎士然とした者が二人。声の様子から恐らく二人とも男性だろう。


「なっ!ごめんなさい!助けて下さい!」

「え、え、え、え?」


 その騎士たちを見て、獣人の少女は瞬く間に現状を把握できていない徹の背中に隠れてしまう。


「貴方魔族なんだから、シリース神聖国の騎士は憎いでしょう!?」

「な、何を言って……」

「魔族がこんな所にいるという報告は聞いていないが……。魔族一人がなんだというのだ」

「シリース様から見放されし魔族に何が出来る?」


 おかしい。

 獣人の娘。そして騎士の二人。

 この三人は敵対しているように見えるが、全員が徹を魔族だと言い張るのは共通していた。


「――ま、まさか」


 その瞬間、徹の脳内に先ほどは思い出せなかった記憶が思い起こされる。

 


 ――『汝は魔帝国グリントリンゲンを統べる魔王ヴァルター・クルズ・オイゲンとして、世界を征服することを誓いますか』



 徹は慌てた様子で自分のこめかみに手をやる。

 すると……あった(・・・)

 まるで山羊のようなうねりながらも前に突き出すような角が。


 続いて背中。

 そこには蝙蝠のそれにも似たような真っ黒な翼。


 最後に腰。

 本来尾てい骨がある場所から、ゴムでできたような黒い尻尾が生えていた。


 徹は半ば確信をしながら、自分の恰好を見下ろす。

 現実世界で着れば確実に浮くこと間違いなしの、ファンタジー世界の魔術師が着るような漆黒の豪奢な装飾の施されているローブ。

 だとすれば、自分の視線の高さも納得がいく。理解が出来るのとはまた別の話だが。


「……嘘、だろ…………?」


 一ノ瀬徹は、『ミレナリズム』における自分の分身キャラ、ヴァルター・クルズ・オイゲンとなっていた。

 

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