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美しい緑、澄んだ空気に涼やかな風。流れる水のなんと美しいことか。
「……」
見惚れてしまうくらいの美しい景色に私は思わず立ち止まる。
すう、と息を吸い草木の香りや空気の美味しさを楽しむ。
「透ちゃん」
その声に、私は振り向く。そこには着物姿の老齢の綺麗な女性の姿があった。
「おばあちゃん……」
私から出た声は震えていて弱々しい。そして今にも泣き出してしまいそうなほど、胸が苦しい。
「久しぶりね」
「うん。久しぶり」
言いながら、ぼろっと一粒涙が零れ落ちる。それに続くように涙が流れ、頬を伝っていく。
「透ちゃん、泣かないで」
あやすように言ってそっと抱き締めてくれる。それがまた私の涙腺を緩くする。
「ありがとうね。わたしのために怒ってくれて。でもわたしのことは気にしなくていいのよ。わたしがいたときよりも時間が流れているから、いろいろと変わるわ」
「でも、おばあちゃんが頑張って救った国だよ。それがあんな……ごめんなさい。私が上手に動けなかったから、あの子を枯らせてしまった」
「透ちゃん。形あるものはいつか壊れてしまうわ。だから本当に気にしなくていいのよ。ただ、あなたともうお話しができないのが寂しいわね」
おばあちゃんの言葉に私はイリスではなく、前世のわたし清遠透がさっきより前面に出てくる。
頷きながら、ぎゅうっと抱き締める。
「……わたしも、寂しいよ。おばあちゃん」
頭が撫でられる。それが前世でしてもらった撫でかたと変わりなくて……安心と寂しさがこみ上げてくる。
「ごめんね。わたしがあなたを縛りつけてしまった」
「違う……違うよ。この世界に転生した私の生だから、あの生き方でよかったの。だからおばあちゃんのせいでも、おばあちゃんに縛られたわけでもないんだよ。それに私は、あの子を通じておばあちゃんとお話しができたことが嬉しかったよ。それからあの国で育てられる植物の美しさを教えてもらって、私が育てたくなったの。おばあちゃんがこの世界に来たことがあるって知れて、おばあちゃんが残していってくれたあの子を見つけることができてわたしは嬉しかったのよ」
「透ちゃん……」
ぐっと涙を耐える。これ以上、泣いてはいけない。きっとおばあちゃんに会えるのはこれで最後だから。
前世で透として生きているときに教えてもらった秘密の扉の鍵のお話。それを使って夢の中へ会いに来てくれたんだ。
だから、笑ってお別れしようーー。
「大好きなおばあちゃんともお話しできたしね。だからあの子を見つけられたことはわたしにとって幸運だったの。ありがとう。わたしだとわかってくれて」
わたしはおばあちゃんから少し離れて、笑って伝える。そうしたら……おばあちゃんは一粒涙を溢して「わかるわよ。だって大切な孫娘だもの」とまた頭を撫でてくれた。
撫でてくれる手にすり寄るように頭を動かす。
最後だ。
最後なんだ。
だって鍵は一度しか使えないって言っていた。奇跡はもう起こらない。
もう二度と、会うことができない。
だからーー忘れないように。
声も、表情も、温もりも。
全部、全部忘れないように。
「おばあちゃん、大好き」
「わたしも大好きよ」
もう溢れ出る涙が止まってくれないから、泣きながら笑う。おばあちゃんも泣いていて。でもわたしと同じように笑ってくれて。
もう一度、抱き締めあう。
「朝が……来るわね」
それは、お別れの合図。
本当に本当の、お別れ……。
「透ちゃん」
おばあちゃんがわたしの名前を呼ぶ。それはとても温かく優しい音で。
涙でぐちゃぐちゃの顔におばあちゃんの手が触れる。頬を包み、目の下を撫でて涙を拭ってくれる。そして笑ってからわたしの額におばあちゃんの額をくっつけて「元気でね。幸せになることをやめては駄目よ。あなたはとびっきりの女性なのだから」と言った。
「うん。幸せになる努力をするね。それでおばあちゃんみたいになる」
「ふ、ふふ。わたしのようになったら大変。お転婆よ」
「いいの。わたしの理想はおばあちゃんだから」
おばあちゃんのおまじないが効いて涙が止まってくれたから、ぐちゃぐちゃの顔だけどとびっきりの笑顔を向ける。今のわたしはイリスの姿だけど、自分でもわかるくらい前世のわたしの笑顔だったと思う。
「さよなら」
「さよなら。おばあちゃんも元気でね」
溶けるように消えていくおばあちゃん。それを笑顔のまま見つめ、手を振って見送った。
***
「ん……」
目を開けると、まだうっすらと暗い。でもすぐに日は昇るような時間だと思う。
今日が始まる。いつも通りカーテンを開けて、洗面所で顔を洗う。それから植物に水をあげて、それが終わったら朝食の準備。
頭の中でいつも通りの行動を考えながら体を起こした瞬間ーー涙が零れ落ち掛け布団に色をつけた。それを見た私の涙腺は緩くなり次々に涙を溢していく。
慌てた私は掛け布団に顔を伏せ、そして両手で掛け布団を力強く握る。
「ふ、うっ……」
できるだけ声を殺し、涙だけを流していく。
「っ……」
そういえば昨日は頬を平手打ちされたけれど、夢の中だったからおばあちゃんには気づかれなかったよね。おばあちゃんも何も言っていなかったし、きっと大丈夫。ちゃんと……お別れできたはず。
ああ、今日は天気がいいといいなあ。そうしたらこの掛け布団を洗って干して、それで笑顔で過ごすの。
いつも通りに。そう、自由に楽しく前向きに。




