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 あの日から半年が経ち、私はおばあちゃんの家でヴィルと一緒に住んでいる。ヴィルは本当にたくさんの愛を注いでくれて、毎日私の心はヴィルの愛情に満たされて幸せ。ヴィルにも私と同じように幸せを感じてほしくて、言葉にしたり行動で示していると……彼が幸せそうに笑ってくれるから、それを見た私のほうがさらに幸せになる日々。もっと言うとヴィルが改めてプロポーズをしてくれて、二ヶ月後にヴィルと私は結婚式を挙げる。その為、毎日少しずつその準備をしているところ。


 それから話は変わって、あの日以来ベレッタちゃんのおかげであの国の人間は誰一人訪ねて来ない。


 ついこの間ベレッタちゃんが遊びに来てくれてお話ししたときに、陛下や私の両親が毎日私に謝罪をさせてほしいとベレッタちゃんに言い続けているということを教えてもらった。それと聖女である彼女がベレッタちゃんの指導があまりにも辛すぎて元の世界へ戻ってこちらに帰ってこないつもりでいたらしく、それに気づいたベレッタちゃんが行き来できる空間を仮で閉じて「この国を好き放題荒らして、自分勝手な振る舞いでイリスを傷つけたんだ。己の行動の責任は己自身でしっかりとるべきだろう。とりあえず木や花たちがお前さんを許したら帰ってもいい」と伝えたのだとベレッタちゃんが楽しそうに笑いながら私に教えてくれた。殿下は民を引っ張り頑張っているらしい。そのおかげで国の自然は三割だったのが五割まで回復したのだという。ベレッタちゃんはまだまだと言っていたけれど、半年で五割まで回復させるのは大変な労力で魔力の消費量も凄まじいものがあったはず。それでもそこまで回復させたのはすごいことだと私は思った。きっと殿下が誰より変わろうと努力なさってくれている。それが私は嬉しくて、あの美しい緑が戻るのはきっとそう遠くはないと思ったの。


「いろいろあったわね……」


 二階の窓に飾っているお花に水をあげながらこの半年のことを思い出していると、玄関の扉をノックする音に続いて「イリスちゃん、私だよー。いるかな?」とツツジちゃんの声が聞こえてくる。私は少し慌てて階段を降り、持っていた小さな白いじょうろを台に置いて玄関の扉を開ける。


「お待たせしてごめんなさいね。今、お花に水をあげていて」

「ううん、気にしないで。私こそ突然ごめんね。ウェディングドレスのデザインがいくつか描けたから見てほしくて来ちゃった」


 ツツジちゃんは笑顔でデザインが入っている鞄を見せてくれて、私も笑顔でツツジちゃんを家の中へ招く。そして用意したお茶をテーブルに置いて、ツツジちゃんの向かいに座る。


「イリスちゃん! はい! お願いします!」

「ありがとう」

「イリスちゃんが好きなデザインがあるといいんだけど」

「どれも素敵よ。あ……」


 どれも素敵なデザインで悩んでいると、手に持っているデザインの下にあったデザインに目が奪われる。


 上はすっきりとしていて、下にいくほどスカートの裾が自然な感じで広がっているドレス。デザインとしては今まで見ていた数枚よりシンプルだけど、私はこれが着たいと思った。


「……」


 私がまだ令嬢だった頃に着ていたドレスは、嫌な言い方をすると派手すぎたの。色、デザイン共に。あのときは私に選ぶ権利がなくて、お母様が全て決めていた。それを着て生活していたけれど……本当は着たくなかったのよね。嫌だと伝えても聞いてもらえなくて、諦めて着せ替え人形のようになっていたことは思い出したくもない過去だわ。

 

「イリスちゃん。そのデザイン苦手? すごく険しい顔になってるけど」

「え? あ、ごめんなさいね。違うのよ。このデザインがとても素敵で、ウェディングドレスはこれが着たいと思ったら……嫌なことを思い出してしまって」

「そうなんだね。それじゃあデザインはこれにしよっか」

「ええ、お願いします」

「あ、のさ……」

「なあに?」

「その嫌なことって何か聞いてもいい? もし話してそれが少しでも軽くなるならって思ったんだ。あ! でも嫌なら嫌で大丈夫! そこからは絶対に聞かないから!」

「……嫌ではないけれど、楽しい話ではないわよ」

「うん。イリスちゃんが嫌じゃなかったら教えてほしい」


 ツツジちゃんの返事を聞いて、私はゆっくりと話し出す。両親のこと、ドレス選びのこと。そして私がかなぐり捨てたあの日のドレスのことも。全て話終えると、ツツジちゃんは真剣な顔で私をまっすぐ見つめていた。


「そういうことを思い出してしまったの。私、自分でドレスを選べるとは思わなかったから。それも最愛の人と結ばれる日に着られる純白のドレスを……」

「イリスちゃん……私、気合いを入れてウェディングドレスを仕立てるからね! それはもう世界で一番幸せな花嫁さんにできるくらい!」

「ふ、ふふ。ありがとう」

「うん! あ、イリスちゃん。あのね、ヴィル君と私たちはイリスちゃんのことあの国にいた頃から知ってるんだ。だからイリスちゃんを見つけたとき迷わず連れてきたんだよ」


 そう小さな声でツツジちゃんは言った。私はその言葉に驚いて固まってしまう。


「それからこれはイリスちゃんが来た最初の日に、偶々ヴィル君が族長とカエデ姉さんに言ってたのを聞いただけなんだけど。森で見つけたときのイリスちゃんがこの世界から消えてしまいそうな雰囲気でぼーっとしてたから、絶対に死なせちゃ駄目だって思ったんだって。それでイリスちゃんの幸せが何かわからないけど、ここで好きを見つけてたくさん笑って幸せになってくれたら嬉しいって言ってたよ。それを聞いたときに私もヴィル君と同じ意見だったんだ」

「……」

「だってイリスちゃんの育てたお花や観葉植物からはね、とっても綺麗な音が聞こえるの。植物からその音がするときは、惜しみ無い愛情を注いでもらったときだけなんだよ。だからそれだけ深い愛情を持っている人が、笑顔で過ごせなくて幸せになれないなんて駄目だと思ったの」

「ありがとう。ツツジちゃん」


 私はツツジちゃんに手を伸ばして、そのふわふわな手を包む。


「私、ここに来てから毎日が楽しくて幸せよ。みんな優しくて温かい。ありがとう。たくさんの優しさと温かさを私に注いでくれて」

「ううん。私たちこそ怖がったり気持ち悪がったりしないでくれて、ありがとう。イリスちゃんが一緒に笑ったりお話ししてくれるのが嬉しい」

「私もツツジちゃんたちとお話しできるのが嬉しいわ。だからこれからも仲良くしてほしいな」

「もちろん! ずっと仲良しだよ! あ! それから今言ったことは、ヴィル君には内緒でお願いします! 言ったことバレたら怒られちゃう」

「ええ。私とツツジちゃんの秘密ね」

「うん!」


 そのあとはウェディングドレスの話に戻ったり、私があの国で獣人族に会ったことがないと伝えたら「うん。会ったことないと思うよ。私たち獣人族は人間に好かれてないから日常的には行ってなかったし、行くのは緑の贈り物の日だけだったから。そのときも人間から隠れてたしね。だからこっそり配ってるところに行って、イリスちゃんが育てたお花をもらって帰ってたんだ」と教えてもらった。それからたくさの話に花を咲かせる。


「あ! もうこんな時間! イリスちゃん、ごめんね。長居しちゃって」


 ツツジちゃんのその声に窓を見ると、茜色の空になっていた。


「大丈夫よ。私こそ時間に気づかなくてごめんなさいね。送るわ」

「ううん! 大丈夫! それから一人で帰れるから気にしなくていいよ!」

「あの、まだ一緒にいたいと言ったら迷惑かしら?」

「っ……迷惑じゃないよ! 私もまだ話し足りないし! だけどヴィル君が心配しない?」

「大丈夫よ。この時間ならまだツグサさんと一緒にいるはずだから、そのままお迎えに行って一緒に帰るわ」

「それは喜ぶかもしれない。ヴィル君、きっと尻尾をぶんぶん振っちゃうね」

「そうかしら? 私の前では尻尾を振ってくれないから見れないかもしれないわ」

「そうなの? でも私たちの前でイリスちゃんの話をしてるときは、ずっとご機嫌で尻尾を振ってるよ」


 ツツジちゃんを送る道中ではその話に花を咲かせた。そしてツグサさんと一緒にいるヴィルを見つけて笑顔で手を振ると、驚いた顔をしたあとに笑ってくれた。だけど尻尾を振っているところは見られなかった。残念だわ。



         ***



 空は青く澄み渡り、雲一つないそこで爛々と輝く太陽。


 吹く風は優しく頬を撫でて、踊るように木々や草花たちを揺らしていく。


「とても綺麗ね」

「ありがとうございます」

「でも、表情が少し硬いわ」

「粗相をしてしまわないか不安で」

「ふふ、大丈夫よ。ヴィルから聞いてるから。獣人族の結婚式は、人間の結婚式より自由よ。どちらかといえば私たちのほうがあなたを困らせてしまうかもしれないわ」


 そう言ってお茶目に笑うカエデさん。私はその言葉と表情に肩の力が抜けていく。


「あ、忘れるところだったわ。はい。私から祝いのお花を、親愛なる花嫁イリスに」

「ありがとうございます」


 これはこの地域の獣人族や精霊族の特有文化で結婚式では花嫁と花婿に送られる特別なお花らしい。そして受け取ったお花は、ウェディングドレスとタキシードに添えるのだとヴィルに教えてもらった。


「わ、本当にドレスにつくのね……」

「ふふ、魔法の花だからね。あとで外せるのはヴィルから聞いてるかしら?」

「はい。なので部屋に飾ろうと思ってまして」

「そうなのね。もし何か手伝えることがあったら言ってちょうだいね。手伝いに行くから」

「ありがとうございます」


 私はカエデさんから受け取った可愛らしい桃色のお花をそっと撫でる。


 素敵な文化だわ。


 祝いの種という魔法の種から、純粋なお祝いの気持ちで花開く。それは様々な色や大きさをしていて、花婿や花婿の健康や末永く幸せが続きますようにという願いも込められているらしい。そして実際に邪気を祓ったりする力があると族長たちから聞いた。


「イリスちゃん! 祝いのお花たくさんだよー!」


 ツツジちゃんが言いながら、大きな箱に入っているお花を持ってきてくれる。その量に目を丸くしていると「このくらいのがあと四箱あるけど、どうしようね」と困ったように笑って伝えられる。


「ドレスがお花で埋まってしまうわね」

「ね。みんな張り切りすぎなんだよ。ヴィル君のほうもすっごい量でツグサ君も苦笑いしてたからね」

「でも、とっても嬉しいわ。こんなにもたくさんのお花をいただけて……本当に、幸せ者よ」

「喜んでもらえて嬉しい。だけどさすがにこの量はつけられないから、イリスちゃんがドレスにつけても大丈夫っていう数をつけてね。あとは飾ったりしてどうにか結婚式に登場させよう」

「ええ。ありがとう。花をどうするか選んでいるときに考えるわ」

「うん! それじゃああと四箱運ぶね!」

「私も手伝うわ」

「ありがとう! 助かるよ、カエデ姉さん」


 そう言ってツツジちゃんとカエデさんは控え室から出ていった。そして私はお花を選んでいき、ドレスにつけていく。


 少しすると扉がノックされ、少し緊張したヴィルの声が聞こえる。私は立ち上がって、ドレス姿が見やすいように場所を移動する。


「どうぞ。入って」

「っ……」

「どうかしら?」

「似合っている。とても、綺麗だ……」


 ヴィルは左手で口元を隠して呟くようにそう言った。私はヴィルの言葉が嬉しくて、笑みが深くなる。


「ヴィル。あなたもとても素敵ね」

「ありがとう」

「お花がたくさんね」

「君もな。ありがたいことだ」

「そうね。でもこのままだとドレスとタキシードが埋まってしまうから、ドレスとタキシード以外で飾りたいの。どういう風に飾ろうかしら? たくさんあると悩んでしまうわね」

「そうだな……空に飾ってみるか?」

「空に?」

「と言っても、魔法で宙に浮かせるだけなんだが」

「素敵ね……! そうしましょう」

「いいのか? もっと別の案があれば……」

「いいえ。あなたのその案が私は好きよ。だって今日は綺麗な青空だもの。その空にこのお花が飾られていたら、とっても素敵だと思うの」


 ヴィルの案を想像して私は内心子供のようにはしゃぐ。浮遊魔法なら私も得意だし、長時間の維持も問題ないからその案で進めたい。そう思いながら、じっと見つめていると「君のそういう楽しそうな顔が可愛くてしかたないよ」と思わぬ攻撃を受ける。自分の顔がじわじわと熱を持つのを感じて目を逸らしてしまう。


「可愛いな」

「もう……! 楽しんでるでしょ!」

「いいや、思ったことをそのまま言っているだけだ」

「っ……」

「最愛の君を想い、この瞳に君を映し君に触れられる。君を妻にできる俺は間違いなく幸せ者だ」


 甘く優しい表情、声色に心臓が激しく脈打つ。そして私の頬を包み、撫でるように動く親指が私の頬をさらに赤くさせる。


「イリス。俺は……」

「……っ」


 思わずヴィルの口を塞ぐように手をあててしまったけれど、ヴィルは怪訝そうな顔をするどころか……楽しそうに目を細めている。


「ヴィル。私ばかりが幸せになって不公平だわ」


 苦し紛れに伝えた言葉を聞いたヴィルは、私がヴィルの口を塞ぐようにあてていた手を掴んで自身の頬にあてた。ふわっとする感触が少しくすぐったい。


「君が幸せでいてくれることが、俺の幸せなんだ。だからそう言ってもらるのは嬉しい」


 目を閉じて、すり寄るように私の手に触れる頬。幸せそうで安心している表情に……愛が溢れて言葉になる。


「ヴィル。愛しているわ」

「ありがとう。俺も君を愛している」


 ふわふわな頬を撫でて微笑む。


 この人のそばにいるととめどなく愛が溢れてくる。きっとヴィルが私に惜しみ無く愛を注いでくれるから。


 私は最愛の人の隣で……最も愛しく美しいドレスを身に纏った。

最後までお付き合いくださりありがとうございました。


これで一応終わりになります。

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