VS猫耳娘
少女は無邪気に尻尾を揺らしながら、堂々とした態度で立っていた。
金色で少し癖のあるくるっとした髪。しっかりとした手入れはされていないのか、髪はなんとなくで切られているのが分かる。しかし、見るに堪えないということはなく、寧ろ無邪気さが出ていてかわいらしい印象を抱く。その隙間から覗く目は緑色をしていた。
彼女はあの時の、
「……って、ああーーーーーーーーー!!!!!」
少女が雄たけびをあげた。ルイの方を指さし、尻尾をピンと立てて驚いたような顔をしている。
「お前はあの時の!!お前!嘘ついたな!!」
「え?なんのこと?」
「なんのこと?じゃない!お前討伐者じゃないって言ったのに戦ってるじゃないか!」
少女との会話を思い出す。
あー確かに言った。でも嘘じゃない。まだ、討伐者じゃない。少なくとも今は。
「嘘じゃないよ、討伐者じゃない」
「お?そうなのか?」
少女は怒の表情を疑の表情に変えて、首を傾げた。どうやら素直な子みたいだ。
「いや、こいつは討伐者だぞ」
「は?」
な、何を言っているんだこのギルド長は。
ギルド長がにやにやとルイを見ている。なるほどこの人はこんな性格をしているのか、把握しておいた方がいいみたいだ。
「……!!やっぱり嘘ついてた!」
「ちょ、ちょっと待って」
「待たない!!」
少女はゆっくりと歩きながらルイの方へと向かってくる。
彼女の顔はすでに怒、一色。他人に素直だからこそ、自分の感情にも素直なのかもしれない。これはどうしようもないぞ。
助けを求めるようにルイはギルド長を一瞥する。が、ギルド長の表情は変わらない。にやにやと、口元を抑えて楽しんでいる様子だ。
「もともと戦いに混ぜてもらうつもりで来たんだ。その戦いに理由ができた!!お前!!ボクと勝負しやがれぇ!!」
少女は駆けだす。だんだんと速くなっていく。加速していき、少女との距離が縮まっていく。ん?なんだ?風?
「この勝負!ギルド長である私が認める!二人とも思い切りやりなさい!はじめ!!」
「まじですか……」
「行くぞっ!!」
少女の目から殺気を感じる。やるしかない。ルイはファイティングポーズを取った。まだ互いの間合いではない。彼女の腰には短刀が提げられているが、まだ抜いていないし、抜いたとしても間合いはほとんど変わらないだろう。ルイは少女の一挙手一投足を見逃さない。それはさっき学んだ。
ルイの身体にダメージは残っちゃいない。万全の体勢、今なら何を繰り出されても避けられる。ルイは確信していた。
と、その時。ルイの頬を掠めるように風が吹き抜けた。ルイの髪が揺れる。その次の瞬間。
「がっ……!!」
ルイの視界も揺れていた。右のこめかみに鈍痛。何をされたのか、理解できないまま視界が元に戻る。まだ間合いではなかったはず。少なくとも10メートルは離れていたはずなのに。
揺らされ、見失っていた少女を再びとらえようとするが元の場所に彼女はいない。どこに行った。
「こっちだよ!!」
今度は後頭部に一撃。重心が前へとずれ、体勢を崩してしまう。さらに、間髪入れず右の頬に鈍痛。たまらず顔面を覆うようにガードをするが、今度は左の脇腹に一撃。たまらず膝をつく。痛みは感じなくなっていた。順応が痛みを戦闘の邪魔だと判断し、排除したのだろう。しかし、攻撃の勢いまでは殺せない。
すぐに立ち上がると、少女が目の前に現れた。なんだか風が強いような気がする。
「お前にはなにもさせてやらねーぞ。お前はボクに成す術なく負けるんだ!」
少女がルイに手のひらを向けた。風が吹きぬける。そして、ルイは吹き飛ばされた。
「……っ!!」
身体が宙を舞う。地面に接すると同時に後ろに回転、そのまま流れるように立ち上がり彼女に向かって走り出す。
からくりは分かった。風だ。彼女を風を操ることができる。見失ってしまうほどのスピードも風を使って高速移動しているのだろう。そして、今のは風をぶつけられた。身体を吹き飛ばせるほどの強い風を。
強い。彼女の異能は圧倒的だ。だが、これは自分の異能を試すチャンスだ。ギルド長の言ったように、試してやる。
「おりゃあ!!!」
少女がまた手のひらをルイに向ける。また風が来る。見ろ、感じろ、風を認識しろ。
「ぐ……っ!!」
少女の風をあえて受ける。今度は飛ばされるような強さじゃない。しかし、連発。顔、肩、腹、腕、脚。どこにでも飛んでくる。だが、避けない。少女から、風が来ているであろう所から目を離さない。見えろ、見えろ見えろ見えろ。
――――見えた。
瞬間、右へと飛び出し走る。全速力で、ひと時も止まらずに走る。
「無駄だよ!」
少女はルイを追うように手を動かし、風を飛ばす。
彼女の飛ばす風を、空間の歪みで認識できる。それに、そろそろ速さにも慣れた。これなら避けられないこともない。
一気に方向転換、今度は彼女に向かって駆ける。できるだけ、ジグザグに、ただし最小限で。走りで風を躱すのではなく、身体の動きで避けるイメージで。
見たところ飛んでくる風はそんなに大きくない。線のようなものがいろんな角度で飛んできている。まずは縦一線を身体を捩って躱す。間髪入れずに右に傾いた風を左に飛んで躱す。それを読んでいたかのように飛んでくる真横の一線。これは躱せない。左手を前に出し、風にぶつける。この風は身体を飛ばすほどの力は持っていない。だから、左手を犠牲にする。傷はすぐに回復するはずだから、大丈夫。
左の手のひらに風がぶつかる。手のひらで少し滞留して、左手を弾いた。さっきまではぶつかってからすぐに消えていたはず。もしかして、掴める?仮説は、確かめる。
左手が弾かれ、体勢を崩しているところにもう一発真横の風。どちらにせよこの体勢では躱しきれない。ならばと、ルイは右手を差し出す。そして、風が当たった瞬間、掴む。右手が持っていかれそうだが、まだ風は手の中にある。消えてはいない。
それを、無理矢理、上へと逸らす。できた、仮説立証。
「んなっ!なんだよそれぇ!」
ルイの身体は、風が見えるように順応した。そして、風を受けていた時に風に触れられるようにも順応していたということだろうか。とにかく、まだやりようはある。見えるし、触れられる。大分やりやすくなった。
面食らっている少女に向けてルイは再び走り、近付く。もう距離は近くなった。あと二歩で手が届く。まずはその手を封じてやる。
「あんまり、調子に乗るな!!」
少女は膝を曲げた。また、消えるのか?
少女の脚に風が集まっている。なるほど、風に乗って高速移動していたのか。目にも留まらぬとは正にこのこと。でも、もう見えるぞ。
少女が真上に飛び、空中でさらに膝を曲げる。空中でも方向転換できるのか。今は辛うじて目に捉えることができるがさすがに速い。
空中からルイの右側に移動。そして、まっすぐに突っ込んでくる。大丈夫、すべてが見えている。
「おらあああああ!!!!」
空中移動からの超高速飛び膝蹴り。正確に、少女の膝はルイのこめかみへ飛んできている。これは、ただでは済まない。
上体を前に倒し、ギリギリで躱す。後頭部を掠めたのか、チリチリと音を立てている。
「な、なんで躱せる!」
言いながら、少女はさらに移動する。今度はルイの真後ろへ、また飛んでくる。ルイは後ろを見るまでもなく左側に身体を捻り、躱す。タイミングもつかめてきた。異能は圧倒的だが、少女の攻撃は単調に思える。次は掴んでやる。
「ふっざけんなあああ!!!」
頭に血が上っているのか、今度は小細工も無し。全速力で真正面から突っ込んでくる。速い。が、これも見える。
少女のライダーキック。胸に目掛けて飛んでくる。ギリギリまで引きつけ、引きつけ、紙一重で半身で躱す。見えていたら、避けられる。
躱すと同時に彼女の腕を掴む。速いが、間に合うか――――間に合った。
「!?!?」
まずい、スピードが速すぎて持っていかれる。
耐えろ。耐えるには、踏ん張れ、なんとしても。そして、引っ張れ、思い切り。絶対に負けるな。
ルイの元の筋力では間違いなく負けていただろう。だが、負けていない。寧ろ、ルイは少女のスピードに、風に、勝った。
少女の腕を引っ張り、というよりも少女を引っこ抜き、そのまま羽交い絞めにする。身長の小さな少女はルイに拘束され宙ぶらりんの状態だ。
「離せええええええ!!!!」
少女が手足をバタバタと暴れさせる。少女だからなのか?まったく抜け出される気配がない。
風を出されるかもしれないが、当たっても二人同時に飛ばされるだけ。彼女を離しさえしなければ、それでルイの勝利だ。
「それまで!!」
耳を突き刺すギルド長の怒号。それが勝負終了を報せた。途端に少女の身体から力が抜ける。ルイも少女の拘束を解いた。
「ま、負けた……?」
「この勝負!ルイの勝利!!」
ルイは勝利を手にした。
それは、人生17年の中で初めての事であった。