愛しいあなたのために異世界転移チートの全てを使う
2021/6/6 最後まで書ききれなかった部分があったので続きを書きました。
目が覚めたらそこは異世界だった。目の前に目を見開いた男性がいてその上に馬乗りに乗っかってしまっている。
仕事帰りにトラックのライトに照らされて視界が白く染まったことまでは覚えている。
「は?どうやって帝国の包囲網を潜ってきたお前」
「えっ?あ、あの。あなた誰ですか」
「は……?」
「え……?」
見れば見るほど、男性は私好みの顔をしている。神の造形という言葉そのものだ。少なくとも私にとっては。白銀の髪とアメジストの瞳があまりに美しい。
恋に落ちるなんて理解できなかったけど、今ならその言葉を理解できる気がした。
でも、気になる言葉がある。包囲網ってなんなんですか。ヤバい空気しか感じないのですが?
「お前は、どこから来た」
「えっ。日本の埼玉です?」
「聞いたことがない国だな。転移者……か。それにしても運のない」
「え?」
男性は笑う。その笑顔には諦観が感じられた。
「もう、滅びゆくこの国に転移するって、本当に運のない……いや、せめてお前だけでも逃すことは、まだ可能か?」
「え……どういう、事ですか」
「うーん。まあ、名前くらい名乗るか?俺はジーク、この国の王太子だ。まあ、もう滅びるこの国の……な?」
え……滅びゆく国の王太子が、なんで私の命を助けようとするのですか?思わず私は言ってしまった。
「あの、一緒に逃げませんか」
理解が追いつかないまま、私はそう言っていた。この人を失いたくないと、私の中の何かが叫んでいる。
私の言葉に、ジーク様が微笑んだ。諦めた人だけが持つ潔い微笑み。
「ははっ。こんな場面でそんなことを言われるなんて、運命の女神は残酷だな?もう少しだけ早く出会えたらそれも良かったのに」
「あの、ジーク様?」
泣きたいのに泣けない人だけが持つ表情。私はそれを知っている。
ほんのさっきまで、ブラック企業勤めでも私は幸せな日本で暮らしていたのに。意味がわからない。でもでも、ジーク様がそんな顔するの嫌だ。お父さんもお母さんもいなくなって、でも負けたくない私がしていた表情をしているあなたが!
「あなたの置かれた状況。ちゃんと話してもらえませんか?」
「時間がないのに。諦めなさそうな顔してるな?とりあえず名前だけでも教えてほしい」
「アズサ……です」
「可愛い名前だな?アズサ、あなたの名前忘れないから。ありがとう。あなたに会えたことを神に感謝出来そうだ」
何を言っているんですか。どうして私は出会ったばかりのあなたにこんなに執着しているんですか。
(これが話に聞いていた初恋…………?)
「もう、この王国は帝国に包囲されて滅ぶばかりなんだ。父上も兄上もすでに……。あとは、俺だけがこの国とともに沈む存在だから。さ、こっちに来なさい。王宮の秘密の抜け道。もしかしたら逃げ切れるかも」
「……え?」
「は……。あなたをなんとしても逃したい。こんな気持ちを今知るなんて」
「えっ……?」
どうしてこの状況でこんな気持ちを知るんだろうか?
「一緒に逃げましょう?」
「ありがとう、だが出来ない」
嫌だ、嫌だ。あなたが居なくなるのが嫌だ。そばにいたいけど、一緒に死ぬのも、あなたが死ぬ姿を見るのが怖いから。
「ステータス……オープン」
たった一つの希望。白い空間で女神のくれた、それはチート?
「アズサ、早くここに?あなただけでも逃げてほしい」
「私はあなたを守りたい。あなたのそばにいたい。こんな気持ちを……知るなんて」
『世界を征服する魔王』私のステータスにはそう記されている。チートスキルが並んでいるけどさっきまで一般人だった私は怖いから見たくない。
でももしも、あなたのそばに居られるならば。それすら私には受け入れることが出来そうで。
「私と逃げませんか。世界の半分をあなたにあげる」
「アズサ……」
「あなたの失ったものをあなたに返してあげる」
ジーク様が、微笑んだのを私は見た。誰にも認められることはないだろう私のステータス。あなただけがわかってくれたらそれでいい。
「愛しいあなた」
「どうして今、あなたはここに居るんだ」
多分それは愛しいあなたを救うため。わたしはこれからの未来がわかっていても、ただあなたのために微笑んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
異世界チートはなぜ与えられたのだろうか。
ジーク様の手を引いて、堂々と囲まれた兵たちの間を通り過ぎていく。
「私たちに手を出さなければ何もしません」
私は最初にそれだけを宣言した。もちろん魔法を使ったから、全員にこの声は届いているだろう。
それでも、私たちに魔法が、矢が雨のように降り注ぐ。そのすべては、放った本人へと反っていった。こんな風に、ひどいことさっきまでの私にはとてもできなかったのに。
たぶん、チートの中に見えてしまった魔王の心という精神スキルが影響しているのかもしれない。
「ジーク様……私は、自分のことが怖いです。それでも、あなただけは守ってあげますね」
わかってしまう。誰も私の事を殺すことができない。だんだん、この力が私に馴染んでくるのを感じる。ああ、ほかの人のステータスまで見えてきてしまった。
「見たくなかったな……」
私は誰にも聞こえないほど小さくつぶやく。
ジーク様のステータスには『世界を救う勇者』と書かれているから。
さっきジーク様に言ってしまった世界の半分をあげるなんて、きっといつか断られてしまう。でも、もしかしたら勇者が世界を救うためには、魔王が居なくてはいけないのかもしれないわ。
初恋の人。こんな短期間で、怖いほど私は貴方に執着してしまっている。
もう、誰も私たちに攻撃する者はいなかった。そのまま私たちは、王都の壁を越えて外の世界へと出る。
「ジーク様……ほら、無事に外に出ましたよ?」
このまま、きっとレベルというものが上がっていけば、ジーク様は私よりも強くなるに違いない。勇者なのだから。
「アズサ……俺は平和な世界がつくりたい。争いのない世界を」
「素敵ですね……私にもお手伝いできると思います」
たぶん途中まで。
そして魔王のいない世界に平和が訪れるのかもしれない。
その平和な世界にジーク様が幸せでいられるなら、それでもいいとまで思ってしまっている。
「その時、アズサも隣にいて欲しい」
私はその言葉を受けて、微笑んだ。
「よろこんで」
その言葉が、叶う日が来るなんてその時の私は知らない。
ジーク様にも、私のステータスが見えていて、ひそかに私とともにいる未来を手に入れる覚悟をしていたことを。
これは、優しい魔王と、魔王に執着してしまった世界を救う勇者の物語のはじまり。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるととても嬉しいです。