第1話「大根とトマト」
ここは異世界でも何でもない、本当に普通の現代社会。
普通という定義は僕にとってであって、貴方にとっては違うかもしれない。
金曜日、僕は業後に会社近くの川沿いに出ているおでんの屋台に行く。季節は問わず、夏だろうと行く。
「譲二」と暖簾に書かれたおでん屋台。いかにもおでん屋の親父っていう感じの親父さんが一人で営んでいる。譲二というのは、親父さんの名前かは分からない。
「いらっしゃい」
決して愛想は良いとはいえない、しかし、落ち着くこの感じが良い。
「日本酒とおまかせで」
「あいよ」
僕が初めに頼むのは日本酒に、おまかせ数品見繕ってもらって1000円のおまかせ。
今日のおまかせは、はんぺん、ちくわ、大根、牛筋、がんもどき。
まずは大根を少しちぎって、日本酒で流し込む。
これがたまらない。その後はまずは柔らかいうちに牛筋、はんぺん、ちくわ、がんもどき・・・
この順番を考えながらおでんを食べる、1週間の仕事が終わったと思える瞬間だ。
「親父さん、女と2人だけどいけるー?」
「あいよ」
お、チャラそうな奴だ。
茶褐色の肌のいかにも水商売って感じのチャラい男と、遊んでる感じの姉ちゃんだ。
僕には縁が無さそうな人種だ。
「えー、カズマサー、おでんとか超ださくねー?」
そうだよ、君達みたいなチャラそうな人たちにはこの店のおでんの良さはわからんさ。
「おい、レイナ。」
お?
「二度とこの店のおでんをダセエとかいうんじゃねえぞ」
な、なんだ?予想外。
「なになに、カズマサー、超熱いんですけどー、ここのおでんすごいの?」
「俺は一流しか食わせねえ。良いから大根、食ってみろって。親父さん、大根ちょうだい」
「あいよ」
お、これは面白そうな。日本酒が進んでしまう。
「大根、それといつものでいいね?」
「チッス、さすが親父さん、頼むね」
「なになに、いつものって!」
このチャラ男、常連なの??
「あいよ」
何だ?え?
「ちょ、カズマサー、なにこれ?トマト・・・?」
「そそー、食ったことねえだろ?マジ食ってみ」
トマトのおでん。僕は頼んだことないが、それなりに気になっていた品だ。
トマトは合うって聞くけど、どうなんだ、このお姉さんには合うのだろうか。
「大根とかよりイタリアンとかフレンチのほうが・・・」
嫌々ながら大根の端っこをつまんで、口に運ぶ。
「・・・おいしいじゃん・・・、これ」
「だろ?おめえ、だせえとかいえねえっしょ?」
「うん、おいしい・・・、ねぇ、お酒ほしい。カルーアある?」
「カルーアより、日本酒のが合うから、親父さん、熱燗で2つー」
「あいよ」
「・・・えー、日本酒苦手なんだよねー、私。」
「いいから、おでんと合わせてみろって、屋台だぜ?」
屋台だぜ、その理論は分からないが、日本酒は苦手な人結構いるからなぁ・・・。
「あいよ、熱燗2つ」
「サンキューです!!んじゃ、レイナ、注いでやるから、いってみ!グビって」
「ありがとう・・・、んじゃ・・・」
やはり日本酒が苦手なのか、しかめっ面だ。そりゃそうだ・・・。
「・・・え!?なにこれ!?凄い、おいしい!?なに、日本酒ってやばくない!?超おいしいんだけど」
「だろ!?マジやべえだろ?ほら、トマト。いってみって」
「・・・おいしい!!トマトのおでん、やばいじゃん!!やっばっ!!」
凄い、親父さんのおでんがこの子にバズっている。
「インスタに載せたい!」
「ばか!!親父さんがインスタに載せていいなんていうわけねえだろ!?」
「インスタ?別に載せても構わないよ」
良いのかい、親父さん。
「なぁ、レイナ。今、俺があるのはこの大根とトマトのおかげでもあんだぜ。」
「え?なになに、なんかあったの?」
お、人間ドラマ的な展開。
「俺がこの業界で売れてねえ頃、200円しか無かったんだよね。まぁ、先輩におごってくれっつってたわけよ。そしたら、先輩がここ連れてきてくれたの。」
「うんうん」
「先輩は俺の意見なんか聞かずに、大根とトマトを注文した。200円だからって。あ、昔はね。今はちょっと上がったのか。」
へえ、時代を感じる。
「まぁ、空腹だったからさ、大根もトマトも腹たまんねえべって。先輩に不満ありーの、でもおごってもらってる身だからー文句言えない的なー?って感じで大根口に運んだのよ。したら、うめえの!」
「ふーん」
「トマトなんか食ったことねえから、やべえのなんの、旨さがほとばしったね。でさー、今日俺がレイナに大根とトマトおごったのも、意味があんの」
「なになに」
「大根っつう、昔からのおでんの定番。でも同じ野菜でもおでんではニュージェネレーションなトマト。どっちもおでんで合うじゃん。昔ながらのやり方も、新しいやり方も仕事っていう中では同じなのよ。」
「・・・」
お、なんだ、急にお姉ちゃんの方が下向いた。
「自分のやり方で大根でも、トマトでも好きな方になれってさ。先輩がいうの。マジ熱くね?って感じ。だからレイナはレイナのやり方やればいいじゃんって。」
深そうで浅いように聞こえるのは僕だけか?
「私、もう少し頑張ってみる」
刺さってた。お姉ちゃんには刺さっていた。
その後、またいくつかおでんを注文しながら、時間は過ぎていく。
「もうちょい食えるしょ?親父さん、あれお願い。」
「あいよ。焼きおにぎりとトマトね。」
「それそれー」
「ご飯ものイイねー、ちょっと欲しかったかもー。てか、トマトまた頼むの?」
ん?焼きおにぎりとトマト?まさかとは思うが。
「あいよ、焼きおにぎりとトマト」
これまでのおでんを出していた、皿とは違う、深いお椀??ってか耐熱皿みたいなやつ?
「サンキューですー、よーしじゃあ、焼きおにぎりを入れて、トマトと一緒にくずせ」
「崩すって、こうぐちゃぐちゃって?」
「そそ、親父さんお願いします!!」
「あいよ」
お椀の中でぐちゃぐちゃになったトマトと焼きおにぎり。その上に親父さんが載せたのは、チーズ!?
「ちょっと離れてね」
親父さんが取り出したのはガスバーナー。点が線になった。
ガスバーナーが炙られたチーズから良い匂いがする。
「あいよ、焼きおにぎりとトマトのおでんのリゾット風だよ、木のスプーンで掬ってね」
「うそ!?超やばくない!?」
お姉ちゃん、感激。うわぁ、あれは美味しそう。
良い具合に伸びるチーズ、絡まる焼きおにぎりとトマトのおでん。僕も食べたい。
「はふ・・・はふ・・・、美味しい、幸せ、不思議、和なのに洋、洋なのに和」
精一杯、彼女なりの語彙なんだろう。なんだかほっこりする。
そして・・・
「あ、あの、僕もそれいいですか?」
「あいよ」
「お!お兄さんもいっちゃう?」
一見、縁が無さそうな大根とトマト。おでんとリゾット。おでんと仕事。そして、チャラ男と僕。
いつしか僕はさっきの言葉が理解できた。
おでんって凄いなって・・・香ばしいチーズに絡まったトマトと焼きおにぎりを食べながら、そう思うことができた。
今週も素敵な夜をありがとう。
つづく