神研修・2
魂の神がその黒色になった試験管を上に持ち上げて揺らすと不意に気配を感じた。
「何をやってるんですか。父さん」
彼は微笑むながら振り返ると手を振った。
「やぁ〜気づいてたのかい?トワイ。」
その質問にトワイは素っ気なく肯定の返事を返した。
しかし、トワイは今のこの状況を見ても驚く様子すら見せない。まるであの人に似ているな。
「それで、この状況はどう言うことですか?」
彼の瞳は疑い目に変わる。どうやらちゃんと説明しないといけなようだ。
「彼女は先日の事件の被害者の一人だよ。僕は彼女を連れて来た人に蘇生を頼まれたんだよ。」
「貴方がそんなことをするとは珍しいですね。何か裏があるのでわ?」
「君が本当に聞きたかった所はそこだろ?」
そう言うと僕は試験管に栓をして針が刺さった管をを通す。それは死んだ彼女の元へとゆっくり流れていく。
「残念だけど、そこまでは教える気は無いよ。」
「そうですか。」
トワイは興味が失せたように言った。そんなことはまるで無視で魂の神は道具を片付けていく。
「そういえば、母さんには会えたかい?」
彼が聞いてきた話題にトワイは一瞬止まった。
「いいえ、向こうも僕のことなんて分かりませんよ。」
その言葉に魂の神は笑った。
「どうかな?君が今も封印されたままだと思ってるかもよ。」
性格の悪そうな顔に表情を変えるとトワイは秒で目をそらした。
魂の神の性格の悪さなどもう底が知れたも同然だ。彼の冷酷さは誰よりもトワイが知っていた。
第一母親の顔なんて生まれて一度も見たことも無い。どこにいるかも分からないような人だ。
だからこそ、興味はあった。もし家族全員で過ごしていたらどんな光景が見れるのだろうと。
「でもびっくりしたよ。まさかトワイが女の子を連れて来るとは思わなかったね。」
からかうように言う魂の神にトライは己の腕輪から鎖を発動させ彼の頭を容赦無く叩こうとする。
軽い衝撃音がなると白い煙が舞って一時視界が見えなくなる。
「全く、そう言う所は母さんにそっくりだなぁ〜。」
白い煙はどんどん消えていくと魂の神の姿が見えた。だが彼は一瞬にして姿を消すと僕の後ろに立っていた。
しっかりと鎖の先の刃を持って僕の首に突きつけた。
「恥ずかしのは分かるけど、すぐ体を動かす癖はどうにかしようね。」
彼はトワイに持っていた鎖を渡すと元の位置に歩いていく。
「貴方が変な言い方をするからです。彼女と僕はそう言う関係ではありません。」
「分かってるよ。少し彼女が気になっただけさ。」
「即刻病院へどうぞ。」
「そう言う意味じゃないよ。」
魂の神は笑っているが、今の発言は少し気に障ったようだ。穏やかな雰囲気から少し、威圧的な雰囲気が溢れていた。
魂の神はいつ用意したのやら、入れたての紅茶を豪華な机に乗せて、椅子に座るように促した。
落ち着いた黒色椅子に腰をかけると魂の神は一枚の紙を出してきた。
「彼女のことだけど、君は譲る気があるのかい?」
それは彼女のことが書いてあるプロフィールだった。
「魂の神の座のことでしょうか。それなら話はつけてありますよ。」
「そうかい。実は見て分かるように第一志望が内なわけだから、トワイと揉めるのかと思ってね。」
「僕は彼女次第だと思っています。」
魂の神は肘をつきながらフゥ〜ンと声を漏らした。
「なんで内が志望なのかな?彼女、適正を無視してるでしょ。」
「それは貴方に憧れてるからですよ。昔命を救ってもらったとか。」
その言葉に魂の神は顔を傾けて一瞬考える。
「そんなことあったけ?」
今の一言にトワイはため息をつきながら呆れた。
今この瞬間、自分の父親がどれだけのクズかよく理解出来た気がした。彼にとってはディアのことなど一瞬で忘れる程どうでも良かったようだ。
「安心して、彼女には言わらないから。」
「当たり前です。彼女には言ってないとしても、僕にとっては自分の父親に好意を寄せられている所を見るのも見苦しいんですよ。」
今のこの事実を彼女が知ればどうなるかは分かりきったことだ。
「でも僕の助言でいけば彼女は適性通りにした方がいい。」
「それは結果論に過ぎません。どうなるのかは彼女が決めることです。」
「その話なら、トワイは彼女に勝って欲しんだね。」
「別にそう言う訳では有りません。」
時間も遠に過ぎてこの日は彼女に怪しまれないためにトワイは部屋に帰った。
そして翌日の朝、研修二日目の朝は爽快でディアは満面の笑みを浮かべてベッドから起き上がった。
窓から見える景色は流れる水と森達で絵になる景色だった。
今日からやっとあの方と一緒に仕事が出来るんだ。この日をどれだけ待ちわびただろう。
ベッドから降りるとすぐに目にとまる物があった。一枚の折られた紙に手を伸ばしめくる。
それにはとても綺麗な文字が並び、気持ちが和んだ。起きたら一階に下りておいで、みんなで食事をしょう。
字を見ただけで、優しさと穏やかさが伝わってくる。ディアは紙を口元に当てると、ほのかに頬を赤くする。
ピンクの髪を整え、制服を着て一階に降りる。
昨日案内された場所の一つ、ダイニングルームの部屋にノックをして入る。
するとそこには、すでに優美な光景が広がっていた。きっちりとした服に綺麗な雰囲気を漂わせる魂の神は優美に紅茶のティーカップを持ちながら本を広げていた。
私に気がついた彼は顔を上げると優しく微笑んだ。
「おはよう。」
その言葉に照れながら、つい手に力を入れてしまう。
「お、おはようございます。…」
そんな彼は笑みを深くして手を席の方に向ける。
「好きな席にどうぞ。」
六人がけの豪華な机に私は近づくと、軽く会釈をして席に着いた。
緊張しながらも体を固めていると、彼は迷わず紅茶を差し出してきた。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
何気ない会話でもやはり遠慮してしまい、いつもの姿勢とは違ってつい気の張った座り方になってしまう。
することも無いのでとりあえずティーカップを持って一口飲み込んだ。
私はカップから口を離すと驚いて中をのぞいた。
なんて美味しい紅茶なんだろう。とても気分の良くなる匂いにサッパリとした風味の味だった。
そんな私に彼は気づいたのか自然と目が合っていた。
「気に入っていただけましたか?」
彼はこちらを気遣うように聞いてきた。
「はい!とても美味しいです。特に匂いと風味がとても好みです!」
私は張り切ってそう言うと、彼は安心したように顔を緩めた。
「そうですか。なら良かったです。その紅茶は個々の自然を使って作られているんです。風味と匂いが良いのはこの地の泉の水とそれによって育った木からなった実をふんだんに使っているからなんです。」
私は素直に驚きながら、もう一度紅茶を見つめて笑った。
さっきまでの緊張は何処へやら、すっかりこの場に馴染むとノック音が響いて扉が開いた。
「おはようございます。」
きっちりとした声で入って来たのはいつもとなんだ変わらないトワイだった。
「おはよう。」
魂の神の呼びかけにうなづきながら、彼も席についた。
三人全員が揃ったため食事が始まるのかと思えば、その予感は感じられなかった。ディアは少し疑問に思いながら口を開くことは無かった。
「ごめんね。まだ揃ってないんだ。」
私の戸惑いを感じとったのか、魂の神がそういった。その言葉に頭を少し傾けた。
「すみません。遅れてしまって。」
ドアの音を大きく鳴らしながら入って来たのは昨日まで居なかったはずの風切りの神だった。
彼女はゆったりと席に着くと彼らは並べられた料理を食べ始めた。
心の中で誰と思いながら魂の神の向かい側に座った彼女に一瞬目を向けた。
「すまない、二人には紹介が遅れたね。彼女は仕事の関係でここに訪れている風切りの神様だよ。」
その言葉を聞いて風切りの神は食器を静かに置いた。
「どうも、初めまして風切りの神と申します。」
風切りの神は頭を下げて自己紹介すると私達もそれに続いた。
当たり前のことだが身分は明らかに彼女の方が上だ。何より風切りの神といえば代変わりをしない神と有名な程だ。
「こちらこそ、私は神見習いのディア・ルーカと申します。そして彼は…」
ディアが話を振ると彼もそれに続いた。
「同じく、神見習いのトワイ・フォードと申します。」
彼の名前を聞いて風切りの神は少しはっとした顔をする。
「…なるほどそう言うことですか。」
風切りの神の視線が向かった先は向かい側の魂の神だった。お互い少し笑いながら風切りの神は納得したように見ていた。
その後朝食が終わると一旦解散することになり、一時間後に集合することになった。
二階で済ませることを終えるとディアは約束の時間までゆっくりと休んでいた。
そんな時、ふとノックの音が鳴った。
私は返信をしながら扉を開くとそこに立っていたのはトワイだった。
「何の用?」
彼の瞳はいつにも増して真剣な眼差しだった。
「少しいいか?」
「ええ。」
素直に了承すると彼を部屋に入れた。
少し驚きながらも私は彼を目で追った。
振り返って彼はこちらを向いて話し始める。
「おかしいと思わないか。」
「何が?」
突然の質問に疑問を返した。
「風切りの神様のことだよ。」
「彼女が何かあったの?」
悪い人には見えなかったがと思いながら、一向に話が掴めなかった。
そんな私に彼は分かりやすく言葉を噛み砕いた。
「風切りの神は秩序を維持する組織、六等神の一人だ。そんな彼女が今この場にいることは不自然だ。」
ディアは思い返せばと思いながら考えた。本来神とは決められた区域を簡単には離れることは出来ない。しかし彼女には明確な理由を聞いていない。
そしてもう一つ疑問を感じるのが、六投神なら今は先日のあの事件に向かっている筈だ。にも関わらず、彼女は何故ここにいるのか、と言うか疑問が浮上する。
「思い返せば、確かにそんな事があったような気がする。」
私が理解したことに気がついたのか、トワイは真剣にこちらを向いた。
「もしかしたら、何か寄る用事があるのかもしれない。」
「用事って、ここは関係無いはずでしょ。それに事件現場とは真反対だし。」
「そう、そこまでして個々にくる用事があるとしたら…恐らく特別な用事。」
トワイのその言葉に少し怖くなりながらディアは息を飲んだ。
「二人は今一階にいるだろう。少し、気にならないか。もしかしたら事件の詳細が掴めるかも知れない。」
その言葉に私の好奇心は胸を押した。
トワイに後押しされて私達二人は一階に降りた。
降りた先の一階はいつも以上に静かに感じて直感的に恐ろしいとも思った。
横にいるトワイと目を合わして頷くと先程いたダイニングルームの扉に手をかける。
ゆっくりドアノブを捻り少しずつ前に押した。
気持ち強めでドアノブを開けるが、跡形も無かった。
「何も無い。」
さっきまであった食器も綺麗に片付いたままで魂の神すらいなかった。
「何処に行ったの?」
二人は気を緩ませながら部屋に入り込んでいく。
その静かさは警戒する程だ。
とりあえず部屋を見回して向かい側にある扉にトワイは近づいた。
耳を寄せて扉に顔を寄せると、トワイはディアの方を向いて頷いた。
「と言うことは、神殺しの殺神ヒルダが蘇ったということで間違い有りませんね。」
「えぇ、間違いありません。」
そこから見えたのは、魂の神と風切りの神が真剣に話している光景だった。
神殺しの殺神が蘇った…つまりあの噂は真実だったと言うことになる。
「彼女の目的は今も変わってはいません。彼女は命をかけてかの世界を滅ぼすきです。」
「つまり、いずれ全面戦争が始まるわけですか。」
全面戦争、それはあの伝説とも言える悲劇が起こると言うことか。
「この事件も彼女にとっては始まりの予兆に過ぎないのです。ことは深刻な故神見習いの者も犠牲になるでしょう。」
神殺しの殺神を斬るためなら高位の連中は人力は必然的に惜しまないだろう。それが成り立ての見習いでもだ。
「おそらく彼女が今の瞬間に動かないのは、何か狙いがあるからでしょうね。そして貴方が僕に話を回したのも僕自身からも情報が欲しいからでしょう。」
彼は見透かすように言うと、風切りの神は図星をつかれたように顔を下げた。
「その通りです。貴方なら彼女のことを一番知っているでしょう…」
「まぁ〜そうだね。…いいよ。出来る限りのことは協力しよう。」
魂の神は何事も無く了承すると風切りの神は表情を明るくして礼をする。
「ありがとうございます。」
歯車はすでに動き出している。この先は波乱の道になるのかもしれない。
その為には、その見えない悪神を斬るしかない。