予兆
封印の神が統治する黒の森は以前変わることは無かった。
ヒルダは暗い森を抜けるがその先に進むことが出来なかった。
「封印結界…か。」
あの後女とは別行動をしたため、こんな代物があるとは予想をしなかった。
おそらくこの結界を破れば必ず神々に気づかれるだろう。しかし、それを恐れていては話にならない。
「だが、舐められたものだな。こんな結界ごときで私を止めたつもりか、神々の力がおとろえたと言う情報は本当らしい。」
ヒルダは黒く笑いながら、水色でさえぎられた透明の壁に手を当てた。
ヒルダの手からは次第に紫の風が生まれて手に少し力を加えた。
その瞬間透明な壁は悲鳴をあげて、大きなひびが発生した。
そのひびは強度を壊し音を立てながら崩れ去って行く。
さえぎるものが無くなったため、ヒルダはそのまま前に足を踏み出した。
大理石で覆われた綺麗な建物は宙に浮きながら輝いていた。
聖なるものを見るがごとく、その建物から見る景色はとても美しかった。
此処は六人の有力な神達が集まる場所。彼等は常に神の世界を取り締まっている組織、六等神達がいた。
いつも穏やかなこの場所に少し激しいノック音が響いた。
許可を得て入って来たのは調査班の者だった。
彼は息を切らしながら、いつにも無い焦った顔で礼をした。
「報告をします。封印の黒き森にて強い力を感知しました。封印の神に現状報告をさせた所、たった今封印の結果が破られたとのことです。」
その言葉を聞いて時間は一瞬止まった。
皆、頭の中が真っ白になり何も考えられないと言うような顔ををしていた。
明らかに動揺していることがわかる。
「…それはつまり神殺しの殺神を呼び起こしたと言うことか。」
一人の女がそう言うと瞳孔は既に大きく開いていた。その静かな質問に調査班の男は怯えながら頷いた。
「どうしてだ!何故そうなった…。」
椅子に座っている男は拳を机に叩きつける。
「とりあえず、ことが公になる前に排除しなければ…一人たりとも犠牲者を出すな!」
ツノを頭につけた黒髪の女が強く手をはらって言う。それに調査班の男は返事をするとその場を去った。
「それでは、封印領域の兵を出すのですか?」
和服をまとって扇子を口に当てた女が話を持ちかけた。
「…そうするつもりだが。」
ツノの女は少し棘がある言い方をしながら、女に視線を強めた。
「ふふふ…。既に先が見えますね。」
まるで馬鹿にするような言い方をしながら、呆れたように目をつぶった。
「あの殺神は、封印から解き放たれたばかりだ、今ならまだ完全に力を取り戻していないはずだ。殺すなら今しか無い…。」
ツノ女が一般的な考えを言うと扇子の女は更に笑って見下した。
「貴方は彼女を知らないからそんなことが言えるんですよ。」
「お前の意見など聞いていない。」
「そうですか。」
扇子の女は手元にあった紅茶を飲みながら言うが、それに対してツノ女は黒い笑みをあらわにした。
「そういえば、お前はあの時から代変わりして無かったな。風切りの神。」
「そうですよ。だから貴方は何千年前からの先輩のアドバイスを素直に聞き入れたほうが懸命ですよ。黒鬼の神。」
風切りの神は忠告をすると、側近を連れて部屋から出て行く。
白いツルツルとした大理石の上を歩きながら、裾の長い和服を引きずりながら歩き続けた。
「前代未聞の最少年の神など、やはりろくなものではありませんね。」
側近の小柄な神見習いの女が後ろから声をかける。
「仕方ないでしょう。それだけ、神を務まる人材がいないと言うことです。」
「ですが、よろしいのですか?」
側近は目を軽く伏せながら、心配そうに言う。
「構いません。器量が無い者程、代変わりを繰り返すのですから。…いずれ大人しくなりますよ。」
少し冷めた声で言うと風切りの神は扇子を広げ直して前を向いた。
「貴方も私の代変わりをする時は、常に周りを警戒して下さい。神とはいつ足元をすくわれるか分からない危うい存在ですから。」
「…はい。肝に銘じておきます。」
一方、黒鬼の神は怒りに荒れ狂っていた。
つけていたツノが次第に真っ赤になり目の前の机に亀裂を作っていた。
「まぁ〜まぁ〜お嬢さん、落ち着きたまえ。」
黒鬼をなだめるように出て来たのはメガネをかけた男、平静の神だった。
しかし黒鬼はその言葉を素直に聞き入る余地は無く、眉間の皺をさらに深くした。
「私がまだ十八歳だからと言って子供扱いはやめて下さい。これでも神歴は二年は勤めてます。」
「だったら黒鬼。もう少し大人になるんだな。お前の悪い癖は自分の意見以外は耳を貸さない所だ。」
そう指摘したのは、先程から何も言わずに読書をしていたクールな青年だった。
「裁きの神は黙ってて。」
黒鬼はその意見を即座に突っぱねた。裁きの神は静かにため息をつくとそれ以上は何も言わなかった。
「その傲慢な態度が反感を買っているのよ。クソガキ。」
「その通りだよ。一人で何でもしようとしすぎなんだ。」
悪義の神、勇気の神。
いらぬ説教だ。私が怒られるようなことをした覚えは無い。
私は誰よりも才能に恵まれ、最少年にして神の座を手に入れた。そんな私が他人の意見など聞くものか。
私は今まで通りこの地位を確立していくだけだ。
「反対であろうと、計画通り封印の兵達は神殺しの殺神討伐に向かわせます。」
今ならまだ間に合う。いわば先手必勝だ。先に一斉攻撃すれば、力もろくに戻っていない神殺しなど造作も無く殺せる。
「なぁ〜クソガキ。この中で首位をとっているのは確かにお前だ。でもな、例えそうだとしても、実際の所はわからない。傲慢な態度はいつか身を滅ぼすぞ。」
「何が言いたいの。」
強く睨み付ける黒鬼は悪義の神の胸ぐらを掴んだ。
「そのままの意味だよ。」
悪義の神はそう言うと私の手を胸ぐらから跳ね除けるように手で弾き、元の席に戻った。
「とりあえず、このまま何もしないわけにはいかない。速やかに殺神の討伐に取り掛かります。」
「黒鬼、誰を連れて行くんだ。」
裁きの神が声を上げた。
「私、一人で充分です。」
その回答を聞いて彼は好きにしろと言うように顔をそらした。
封印結界を打ち砕いたヒルダは森の中をさまよっていた。
もん何千年も経ったこの地は彼女が知っている姿では無かった。
そして今のヒルダは絶不調だっだ。
長年眠っていたせいか、力のコントロールが難しかったのだ。
恐らく、私が目覚めたことは知られているだろう。
ならばその先は既に見えている。
緩やかな川の上を歩きながら、澄んだ水に黒い色が浮かんだ。
空気や木々達は妙に静かになり少し警戒しながら、ヒルダは森を抜けた。
そして、目の前に広がる光景にヒルダは黒く、そして楽しそうに笑った。
「なるほど、私の行動を先読みしていたようだな。それと…」
後ろにも数人の気配。
最初から私の動きを読んでいたとは、わざわざ気づかれないために計画を立てて森を抜けたと言うのに。
ジロリと目だけを後ろに向けながら目の前の兵士達を見つめた。
封印の兵達か。
「いいだろう。練習台にしてやろう。」
ヒルダがそう言うと兵士達は構えて一斉に斬りかかった。
彼女は一人目の兵士の腕を捕まえて一気に引っ張った。
それに驚いた兵士は同様しながらされるがままだった。
タイミングを見計らって一気にもう片方の手で首を跳ね飛ばす。
その残酷さに一瞬動きを止めて兵達は怯えた声を上げながら、一歩一歩下がっていく。
どうやら、彼等は戦い慣れしてないようだ。
あの女が言った通り、つまらない世の中になったようだ。
ヒルダは心底興醒めしながら既に死んだ死体の腕を離す。
その死体から溢れた地は地面に飛び散り生々しい光景が作り上げられる。
すでに恐怖に支配された兵士達は逃げることすら出来ず、ヒルダが動くのを待つしか出来なかった。
「もういい、相手をする価値もない。」
ヒルダの音程は失望と冷めた声に変わり、どうでもいいと思いながら言う。
「…死ね。」
彼女はそう言うと周りを取り囲むように力は膨れ上がり、一気に爆発した。
その瞬間、空からでも分かる程に力は溢れて、強烈な爆発音と共に、空高くまで黒紫の炎は舞い上がった。