神見習い
「はぁ〜。ごめなさいねあの子が迷惑をかけて。」
理事長はトワイの顔を見て申し訳無さそうに言った。
「…そんなことより、彼女はなんであそこまで魂の神になることにこだわるんですか。」
トワイの気になっていた意見を理事長に聞くと彼女は少し微笑んで、手を組んだ。
「あの子ね。幼い頃、魂の神様に命を助けられたのよ。それからずっと彼に憧れているの。」
「そうですか。」
「貴方からしたら、少し複雑よね。」
理事長は困ったように笑うがトワイは特に気にすることもなかった。
「…別に。」
理事長はそう?と聞くと席を立ち上がった。
「手がかかる子だけど、これからもあの子をお願い…。」
そう言うと理事長は静かに深く頭を下げた。
「理事長、僕はこれで失礼します。」
彼はそう言って後ろのドアの方に体を向ける。
「それと最後に…手がかかるなんて思ったことはありませんよ。」
トワイは最後にそう言うと部屋を後にした。
理事長は顔を上げると既に誰もいない部屋を少し笑いながら眺めた。
「それは、どうも。」
トワイは理事長室から出た後ある場所に向かった。
たどり着いた先は屋上だった。そしてそこには案の定ディアもいた。膝を抱えて頭を伏せて落ちるぎりぎりの場所に座っていた。彼女の薄ピンクの髪色がゆらゆらと揺れていた。
「落ちるぞ。」
僕が遠くから声をかけると彼女はこちらを振り返った。
「うっさいわね。何で来たのよ…。」
「…別に、外の空気を吸いに来ただけだ。」
ディアに近づいて行くと彼女の横に腰を下ろした。足が少しブラブラと揺れて心地よい風が体に当たった。
「何であんたなのよ。私はどうせ恥さらしよ。」
「何でそう思うんだ?」
「逆にそう思わないの?一番負けたくない相手に憧れの役職を取られて、親に恥をかかせる。…本当嫌になるわ。」
おそらく彼女はただ必死だったのだろう。誰かに迷惑かけるつもりも、天井に穴を開けるつもりも無かった。
気持ちのコントロールも、武器の扱い方もだだ不器用なだけなのだ。
「お前は不器用なだけだ。攻撃の仕方も下手くそだし、何よりコントロールが出来てない。だから二百四回失敗したんだろう。」
ディアはトワイを見て少し不機嫌な顔をする。
「全然フォローになってないわ。慰めてるのか貶しているのか分からないわ。」
まるで語彙力がないと言われているような気がするが、それは紛れもない事実だと理解していた。
「それはそうだろうな。今のは事実を言ったまでだ。慰めも貶しもしてない。」
景色を眺めながらトワイは言った。彼の言い方はどこか距離を感じる言い回しだった。
「でも、貴方には少しは感謝してるわ…。ムカつくけど、私が失敗した二百四回分、全て最小限に被害を抑えてくれてたでしょ。」
ディアはこっちを向くと真剣な表情で言った。
少し照れた感じで言う彼女は初めて見る姿だった。
今思えば、そんなことを気にしていたのかと内心思いながら目をそらした。
「…別に、お前が野蛮じゃ無かったら被害自体でないがな。」
「…そうよね。でも貴方に一回でもいいから勝ってみたいのよ。ほら、もうすぐ卒業だし。」
そんな事を考えていたのか。なら手を抜いて一回でも勝たせてやればいいか、とは思えなかった。
いつもの僕ならそんなことを考えていただろう。
正直僕からしたらどうでもいいことだ。
でも彼女の真剣な眼差しを見たらそう言い切ることがどうしても出来なかった。
理由は簡単だ。そんな事をしたら彼女が一番悲しむ結果になると分かっているからだ。
まったく、いつからこんな感じになったんだろうと、自分に呆れた。
自身の青がかった黒い髪を片手で掴みながら、頭を悩ました。
「本気で相手をして欲しいなら、一回だけ付き合ってもいい。だが今のままでは僕には勝てない。だから、その一回はお前が勝てると思った時に使え。ただし学園の破壊はしないこと。」
トワイはそう言うと、立ち上がった。
ディアの瞳がどんどん輝いて行くのがわかる。
そのはずみでディアも立ち上がりこちらを見つめて言った。
「わかったわ。もしその時勝てたなら、私に魂の神の座を譲ってちょうだい。」
彼女は怯むことなくハッキリと僕に言った。
「いいだろう。だが僕に勝てなかったら大人しく諦めろ、いいな。」
「ええ、異存ないわ。」
納得した彼女を見て僕はその場を去った。
まるで用事が済んだように早々と歩きながらトワイは教室に入っていった。
説教の後はお互い教室に入り、来週行われる神見習い研修の話を聞いていた。
説明一
神見習い研修とは、神適性のある場所と自身の希望する場所に行き、実際に神の仕事の手伝いをすることを指す。
二
現在の神から指導を受け、実際に学ぶ。
それによって、適性と自己希望の場合を比べて進路を決める。
三
自己希望があるものは研修期間の半年を上手く使って自分で期間を決めること。
最低でもどちらかは滞在期間は一週間は受けること。
以上
この研修を終えると本格的に進路を決め卒業となる。しかし、神の役職希望が複数である時、各々の実力を持って勝負をしなければならない。
つまりさっきディアに持ちかけた話はこの事を指しているのだ。
双方がそれを理解しながら半年後に備えて準備をしなければならい。
トワイからすれば、適性通りに従って少しでも楽をしたいのが事実だ。
しかし、この学園にいる生徒は皆、神から生まれた存在だ。この神の世界では、学園は一つしか無い。と言うことは神の役職をつぐしか道は用意されていないのだ。
その現実に不満を抱えているのは事実だが
人と外れた道は茨城道と決まっている。だからこそトワイは用意されたレールを歩くのだ。
一方でディアは茨城道を半分歩いているようなものだった。
用意された適性を無視して、勝負を挑もうとしている。こちらからすれば迷惑の部類に入るが、彼女がもしその勝負に勝てたなら、僕は彼女に譲っても構わなと考えていた。
結果的にこの先の運命を変えるのも彼女次第と言うことだ。
だからこそ、彼女は僕を納得させるだけの証明をしなければならないのだ。