行商人リンダ・キャメロン
暗い夜道で我は走っていた。
くそ、なんで街中にあんな魔人がいるんじゃ。
もう少し走れば大通りにでる。そこまで行けば……
「あう!」
ドタ!
なにかに躓き、我は転んでしまった。くそ、こんな時に……
足元を見ると異形のなにかに足をつかまれていた。
「ひぃ」
肌が浅黒く、口が耳まで裂けた異形の人、魔人が立ち上がり、我の頭に齧り付いてきた。
そこで我の意識は途切れた。
「あああああぁああぁあ!!」
気がつくと我は馬車の中にいた。外から馬の蹄の音が軽快に聞こえてくる。
……夢か、いや、あれは前世の記憶だな。
我はリンダ・キャメロン。アバタール王国の行商人だ。今のこの体は8歳の幼女だが、我には前世の記憶がある。
前世の我もアバタール王国で商人をしていた。そして夜遅くまで商談をしていた帰り道、魔人に襲われ、命を落とした。
あの時は何故街中にあのような魔人がいるのかが分からなかった。しかし、今思えばあれは、街で消費された魔石が不法投棄され、空腹に負けてそれを口にした路上生活者の成れの果てだったのだろう。魔石は一定数以上を口にすれば人は魔人化してしまうが、極度の空腹時には甘露な味がすると言う。
「リンダ、そろそろ休憩所につくわよ。」
御者台からクリスの声が聞こえた。
道の休憩所で焚き火をしていると、狩りに行っていたリンダたちが獲物と共に1人の男を連れて帰って来た。それがマサルと我との出会いだった。
幼女の我が言うのもなんだが、[なんだこの男、ちっこくて、まるっこくて、可愛い。]と思ったのが、マサルに対する我の第一印象だった。今のこの体は幼女だが、我には前世の大人の女性だった頃の記憶もあるからの。
マサルはどうも異世界からの転移者らしい。SEなる職業だと言っていた。そしてマサルは驚くべきことに魔力検知器を、持っていたコンピューターなるものを使って魔力補充器に変えてしまった。
空の魔石に魔力が補充できるなどといった話は聞いたことがなかった。その発想すらなかった。
とにかく、空の魔石はできるだけ粉々に砕いて適切に処理しなければならない……がこれまでの常識だったのだ。そうしないと、不法投棄された魔石を口にした動物が魔獣化したり、人が魔人化したりする被害が出る。
しかし、マサルの技術があれば空の魔石を再利用できる。
我はマサルを雇うことにした。クリスを専属の護衛につける条件を言うとマサルは即答でキャメロン商会で働くことを承諾した。クリスに命を救われて、優しくされたことで、マサルはクリスに一目ぼれしたらしい。まったく、男とは単純な生き物じゃのう。
我は商業ギルドの1階ロビーにデイジーと共に降りてきた。受付にはジェニーがいた。
「ジェニー、ご馳走様。スパゲッティ、美味しかったぞ。」
デイジーが持っていた空の食器をカウンターにのせる。
「はい、お粗末さまでした。」
「それで、ジェニー、魔石の買取りをお願いしたいのじゃが、いいか?」
「ええ、いいわよ、いくつ? 魔力量は?」
「全部で712じゃ、魔力量はすべて満タンじゃ。」
「わかったわ、じゃあ、この箱の中に魔石を出してちょうだい。」
「ああ、デイジー。」
「あいよ。」
デイジーは持っていた魔法袋から魔石をとりだし、ジェニーの用意した箱の中にいれた。
「今の魔石の相場はどうなっておる?」
「今は満タンの魔石で1つ1万Gよ、712個すべて本当に満タンなら712万Gになるわね。いいかしら?」
「ああ、それで頼む。」
「はい、じゃあ、これが預り証ね。明日の昼までには検品しておくわ。」
「あと、ジェニー、空のクズ魔石があれば引き取りたいんじゃが?」
「あら、いいの? うちでもなかなか処理が追いつかなくて、いっぱい貯まってるんだけど……あげるのはいいけど処分費は出せないわよ?」
「いいのじゃ、ただで引き取るのじゃ。」
「わかったわ、裏の馬小屋の横の箱にいっぱい入ってるから、好きにもっていってちょうだい。くれぐれも不法投棄はしないでね?」
「ありがとうなのじゃ。勿論、不法投棄などせん。あと、検知器を30ほと買いたいんじゃが、あるかの?」
「ええ、丁度在庫が30ね。でも、リンダちゃん、いっぱいもってたんじゃなかったかしら?、」
「旅の途中で、箱ごと落として壊してしまったのじゃ。全部買わせてくれ。」
「あらあら、それは災難だったわねぇ。じゃあ、これ、ええと、1つ1000Gだから、30こで3万Gね。」
我はジェニーが出してきた支払い水晶にキャメロン商会のカードをかざす。
シャリーン! と軽快な音がして、支払いが完了した。
デイジーがジェニーから魔力検知器を受け取り、魔法袋にいれた。
商業ギルドの裏口から外に出ると、正面に馬小屋があり、中から、我の愛馬、イーグルとホークの鳴き声がかすかに聞こえた。興奮しておるようじゃが、近くに雌馬でもいるのかの?
馬小屋の横に一辺2メートルほどありそうな大きな箱があり、フタがされていた。近づいてフタを開けて中を見ると、様々な色の魔石がほぼ満杯に入っていた。
「よし、デイジー、全部、魔法袋に回収するぞ。」
「あいよ。」
嬉々として、クズ魔石を回収していた我たちの背後から近づく黒い影があった。
「ぐぁああ! 魔石よこせえええぇ!」
「ひぃ! 魔人?!」
耳まで裂けた口を開けて、我に襲いかかる異形の存在があった。
ガキン!
「お嬢、こっちに!」
デイジーが間に入り、魔人の牙をその長剣で受けた。
「はあああぁ!」
ザシュ!
「ぐぇえええ!」
デイジーの長剣が横一線に放たれ、魔人の腹を軽く切りつけて、血が流れた。
傷を負った魔人はその場から、逃げていった。




