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第37話 悪辣な騎士

 商人の朝は早い。日が昇ってまだ間もないにも関わらず、アルレキアの町中では人々がまるで町全体を駆け巡る血液のように絶え間なく道を行き交い、無数の足音とどこか遠くから聞こえる鳥の囀りが通りに響き渡っていた。

 その通りの両脇では所狭しと軒を連ねた屋台が品物を並べながら、今か今かと朝の来客に備えている。

 そんな日常的な風景の続く町中を五人は浮かない顔で人混みに紛れながら進んでいた。ローブを脱ぎ、すっかり町人の身なりに姿を変えたシャンとバラの二人の跡を追うようにしてタクトが進む。その後ろにエレナとマキナの二人も続く。


 それにしてもバラとシャンのやつら、どこからどう見ても普通に町の子供にしか見えねぇ〜。


 二人の後ろ姿を見ていたタクトが何かに気が付いたのか、周囲の目を警戒しながらバラたちの元へ歩み寄った。


「そう言えば、お前らって指名手配されてるんだよな? こんなに堂々と変装もせずに顔を晒して歩いてて大丈夫なのか?」


 タクトが二人を心配するのも無理はない。なぜなら、先程から通りを進むに従って街角の至る所に騎士団の制服を着た者たちが明らかに周囲に目を光らせた様子で警邏(けいら)している。


「はい、問題ありません」

「ええ、大丈夫よ」


 タクトの問いかけにバラとシャンの二人が息の合った返事で答えた。


「木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中です。堂々としていれば、案外すぐにはバレないものです」

「騎士団にも少なからず私たちの情報は耳に入っているのだろうけれど、顔まで知ってる団員はそう多くないはずよ。でも、さすがに検問の突破は難しいわね」


 バラやシャンの言葉から分かるようにタクトたちは予め騎士団との接触を極力避けた道を進んでいた。思ったように進めないことは煩わしい限りだが、騎士団との衝突ともなれば、オリヴィア救出どころの話ではなくなってしまう。


 通りから細い路地裏を抜け、アルレキアの西部、町一つを東西に横断するかのように伸びた大通りに出かかった時だった。先頭で何かに気が付いたシャンが咄嗟に腕を上げ、バラとタクトの行く手を塞ぐ。突如、五人の間に緊張が走る。


「この先は無理だわ。一旦引き返しましょう」


 振り返ったシャンが小声で呟くように言った。シャンの言葉に何かを察した様子のバラが頷く。その隣、タクトが不意に聞き返す。


「どうして!?」


「アルレキアの西大通りは王都や国中とアルレキアを結ぶ重要な交通網の一つ。言ってしまえば、この町の生命線のようなもの。私たちが迂闊(うかつ)だった。奴らがここを放っておく訳がなかったのに……」


「どういう意味だよ? だって大聖堂とかいう場所はこの先なんだろ? さっぱり分かんねぇよ!」


 状況が理解出来ず質問攻めの一方なタクトにシャンとバラの二人は何とも言えない様子で眉をひそめる。何も語らない二人に痺れを切らしたタクトは、そんな二人を横目に見ながら一人、大通りに飛び出した。


 朝日に照らされ、反射的に閉じられた目を徐に開くとそこにはタクトが思いもしなかった光景が広がっていた。大通りの中央を隊列をなした騎士団と思しき制服姿の大軍が埋め尽くしている。しかし、その姿はタクトの知る騎士団とはどこかかけ離れたものだ。傷や汚れの目立つ制服、軽装備ではありながら実用性を考慮された鎧を身に付け、全員が腰や背中に武器という武器を所持していた。


「何だよ、これ? 軍隊?」


「栄光の騎士団第5番隊よ」


 目の前の光景に呆気に取られたタクトの背後からシャンが小さく声をかけた。


「5番隊?」


 確かテミスさんが率いているのは6番隊のはずじゃ? じゃあ、この隊は一体?


「騎士団第5番隊。6番隊が町の治安を維持することを目的とするなら、5番隊は能力者との戦闘を目的とした軍隊みたいなものです。隊員のほとんどは戦闘に特化したタイプの異能の持ち主で、その中には元傭兵も含まれているらしいです。そして、何より5番隊は騎士団の中でも悪辣なことで有名なんです。大金さえ払えば、どんな汚い仕事ですら正義の大義名分のもと執行する。僕たちの仲間も過去に5番隊に殺されたことがあります」


 タクトがその声に振り返ると、少年の目には微かに輝く水滴と、その輝きとは対照的なまでの憎しみと言う名の闇に満ちた瞳が顔を覗かせていた。


「とにかく、ここはもうダメよ。他の道を通りましょう」


「他って、大通りを通らずに南側に行く道があるってのか?」


「残念だけど、それはないわ。一旦、町の東側に回ってから南側に向かうか、町の中心部を抜ける道のどちらかしか。町の外側を回る方法もなくはないけど……」


「クソ、どいつもこいつも邪魔ばっかしやがって!」


 足早に来た道を引き返し、タクトたちは細い路地を町の東へ向けて走り出した。朱色のレンガの壁と壁の間をすり抜けるように進む。そんな中、神妙な面持ちだったバラとシャンが口を開く。


「やっぱり、おかしいです」

「ええ、おかしいわ」


 二人の声を聞いたタクトが不思議そうに聞き返す。


「おかしいって何が?」


「5番隊の動向ですよ。メモリアの異能が町を襲ったのは昨日の早朝。5番隊がアルレキアに到着したのが昨日の夜から今日の早朝の間だと仮定しても、いくらなんでも早過ぎます。そもそも5番隊は6番隊とは違い支部を持ちません。それ故に有事の際以外は王都の本部に滞在しているはずなんです。でも今はアルレキアにいる。もしメモリアの一件が原因で出兵されたとしても、あれだけの大軍を率いるともなれば移動だけで数日はかかるはずなのに……」


「それって騎士団はあなたたちがこの町に来ることも異能が町を襲うことも、前もって知っていたってことなの?」


 タクトの後方、どこか頑なに口を閉ざしていたエレナの傍らから、同じく無言に徹していたマキナが口を開いた。しかし、バラとシャンの二人はその問いかけに対し首を横に振る。


「それは分かりません」

「それは分からないわ」


 二人は一度だけ顔を見合わせると、視線を前方へ向けた。


「仮にそうだったとしても、今になって僕たちを始末するためだけに5番隊をわざわざ派遣するとは考えにくいです。それが僕たちが出せる今の見解です。それにアルレキアにはそもそも6番隊、それもあのテミスがいます」


 バラの言葉を聞いた直後、タクトの脳内に昨日の光景が鮮明に蘇る。



 ――やめろ。



 残酷なまでに青く輝く剣先が、白く細い少女の首筋を音も立てず風を斬るかの如く、いとも容易く切り裂くと目の前の光景が鮮やかな赤へと染まる。


 タクトはただ声も出せず、何かに(ほだ)されたようにその場に崩れる。


 ――やめてくれ。


 あなたを殺す。


 ――違う。


 殺してやる。


 ――違う違う違う違う違う、俺はただ……。



「タクト!? 急にどうしたの? 大丈夫? どこか悪いの?」


 悪夢のような光景から一変、マキナの声にタクトが我に帰る。額からは汗が滲み、呼吸も荒い、無意識のうちに伸びた手はタクトすら知らぬ間に自身の首筋を押さえつけていた。心配した様子でバラとシャンの二人も足を止め後ろを振り返る。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫なの?」


「あぁ、悪いな心配かけちまって。もう大丈夫だ。先を急ごう」


 タクトが額の汗を払うと、再び五人が走り出す。


 そうだ、騎士団がA.E.S.の襲撃を知っていたなら、なんでテミスさんは異能が町を襲う前に発動を止めようとしなかったんだ? でも、だったら5番隊がアルレキアにいるのは何故なんだ。クソ、俺には何も分かんねぇ。それでも今、俺がやるべきことは変わらない。俺は、いや、俺たちはオリヴィアを助ける。


 ――こんな俺でも、こんな俺だから。



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