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第33話 招かれざる客

 目で合図を送るとマキナが何かを察したように頷いた。後方ではエレナが固唾を呑んでタクトの頼りないはずの背中を見つめている。すると意を決したタクトが突如走り出した。タクトの接近を確認したオリヴィアが次の攻撃に備え両腕の刃を構える。

 オリヴィアの右手に握られたナイフがタクトの体目掛けて突き立てられるが、タクトはそれを咄嗟の判断でギリギリに躱すとオリヴィアの右腕を掴んだ。


「引きこもりのシミュレーション能力なめんなよ!」


 すかさずタクトに向けられたオリヴィアの左の刃を、またも突然どこからともなく現れたマキナが止める。


 ナイスだぜ! マキナ!


「オリヴィアには悪いけど許してくれ!」


 次の瞬間、タクトの渾身の蹴りがオリヴィアの細い体に直撃した。ところがオリヴィアの体は微動だにしない。その時、辺り一帯に何か床に落ちたような金属音が鳴り響く。


 何だよ……これ!?


 いち早く音の正体に気付いたのは、やはりタクトだった。月明かりを反射しキラキラと輝いた金属がオリヴィアの足下を囲むように散乱している。蹴りの衝撃を受けスカートの中から果物ナイフ、アイスピック、鋸に釘、大量の金属類が転がり落ちたのだ。

 目の前の状況に気を取られ遅れを取ったタクトの隙を突き、オリヴィアは素早く両手に持っていたナイフを手放すとタクトの腕を掴みマキナに向けて投げ飛ばした。


「きゃ!」


「何!?」


 軽々と投げ飛ばされたタクトをマキナが受け止めるようにして二人が床に転がる。二人の決死の猛攻を目の当たりにしていたエレナがすぐさま二人の元へ駆け寄った。


「二人とも大丈夫ですか!」


「うぅ……私は大丈夫……」


 一体何がどうなってるんだ? 蹴りが全く効いてない? いや、確かに蹴りは効いているはず……。オリヴィアの体が重かった? それにあの床に散乱した凶器の山は? まさか全部オリヴィアが隠し持っていた護身用の武器だってのか? おいおい、冗談じゃないぞ。明らかにあの小さい体に隠し切れる体積を超えてんだろ。


 いや、それ以前にだ……。


 タクトがオリヴィアを睨みつけ、ゆっくりとその場に立ち上がる。その傍らではエレナの手を借りながらマキナが立っていた。


「なぁ、エレナ。実はオリヴィアって俺のこと投げ飛ばせるくらい力持ちだったりするか? 俺知らなかったよ」


「何言ってるんですか。そんな訳ないじゃないですか」


 エレナは淡々と素っ気なく、なりより冷静に答えた。タクトは肩を回す動作を見せると大きく一度だけため息を吐いた。


 やっぱりか。つまり、今のオリヴィアはオリヴィア自身の力だけで戦ってる訳じゃないってことになる。ナイフさえ奪い取れば、あとは何とか押さえ込めると踏んでいたってのに。これじゃ、エレナが本気を出して戦っても勝てるかどうか分かんねぇじゃねぇか。何よりオリヴィアのあの悪趣味な大量の護身武器が鎧の役割を果たして、完全に俺たちにとっては裏目に出てる。まさか全部奪い取るまで本体にはダメージを与えられないとか、どこぞのRPG紛いなこと言うんじゃねぇよな?


「タクト、もう十分です! 一度この場を離れて体勢を立て直しましょう! 逃げるんです! でないとこのままではタクトまでただでは済みませんよ!」


 エレナの必死な呼びかけにタクトは何かを悟ったような顔で振り返ると、鼻をすすり笑みをこぼした。


「俺さ、昔からこれ一度でいいから言ってみたかったんだ……」


「何を言ってるんですか……タクト?」


「ここは俺に任せてエレナはマキナを連れて逃げてくれ。俺なら大丈夫だ。時間を稼いだら俺も後から必ずお前らを追うって」


「タクト一人で何が出来るって言うんですか!」


「私の怪我なら心配しなくていいわよ? 傷もそんなに深くないし、私もまだ戦えるから……だから……」


「あぁ、確かに俺は一人じゃ何も出来ない。文字通り無能だ。でも、ここでオリヴィアを見捨てることも俺には出来ない。だから、お前らだけでも早く逃げてくれよ……。これ以上、俺をカッコ悪くさせないでくれよ」


「タクト……」


 タクトが儚げに二人に向けて笑顔を繕うが月明かりが雲に遮られ、その顔は二人の少女の瞳に届くことはなかった。どこまでも果てしなく続く廊下を深夜の静寂と暗闇だけが包み込む。


 オリヴィアには返しても返しきれない恩がある。きっとあの日、オリヴィアとエレナの二人に出会わなかったら、オリヴィアが声をかけてくれなかったら、俺は今頃路地裏で野垂れ死にか、人攫いに売られてどの道バッドエンドだったと思う。だから、俺は俺を助けてくれたオリヴィアを見捨てない。見捨てられない。見捨てられる訳ねぇだろ。


 静寂と暗闇の中、呆れたように言葉を発したのはエレナだった。


「バカですね……。なら一つだけ約束です! 絶対に何があっても死なないでくださいね、タクト! もしオリヴィアを人殺しにしたら、その時はこの私が許しませんよ!」


「エレナ? 私はまだ……」


「いいえ、行きますよ……マキナ」


 エレナがマキナの腕を強引に引き肩を貸すと、二人は廊下の先へ続く闇の中へ駆けて行った。そんな二人の姿も完全に消え、闇に満ちた廊下に響く足音が遠ざかったのを確認するとタクトが構える。


「さて、カッコよく決まったことだし。そろそろ……ってあれ?」


 再び窓から月明かりが差し込むと同時にまたも何か落ちたような金属音が鳴り響く。タクトが前方に目を向けるとオリヴィアが両手を広げ、これまでとは一転した不敵な笑みを浮かべながらタクトを見下した目で睨みつけていた。


「おいおい、今度は何だってんだよ?」


「無能の分際で仲間を逃すどころか、自ら仲間に殺される道を選ぶなんて、どうかしてるとしか言いようがないね」


 これまでは無表情と沈黙を保ってきたオリヴィアが手の平を返したかのように流暢に口を開き始めた。


 オリヴィアの声。いや、でも明らかにいつもと口調が違う。今のオリヴィアは中身まで完全に別人ってことか。


「喋れるなら最初から話し合いで解決してもらえると、こっちも大助かりだったんだけどな」


「それもそうか。まぁ、お前が仲間を逃したお陰でこちらとしては周りの連中を始末する手間が省けた訳だ」


 やっぱり、初めから俺一人が標的だったってことか。


「A.E.S.か?」


「あぁ、そうだ。もっともその名前はお前らが勝手にそう呼んでいるだけだがな」


 タクトの問いかけを嘲笑うようにオリヴィアが答える。


「で? お前らが俺に一体何の用だ? 仲間の敵討ちってか?」


「ま、それも一理あると言いたいところだが、メモリアの墓があったって話は既にシャンとバラの二人から聞いた。あの騎士団の女が作ったとは到底考えられない。つまり、あの場にいた残りの人間。お前が墓を作ったことは明白な訳だ。そして、何よりさっきからのお前の無能っぷり。どうやら本当に災厄の天使たち(フェイリアチルドレン)とは関係がなさそうだ」


「だから、違うって言ってんだろうが!」


「そうムキになるなよ。お前と言う人間に少し興味が湧いただけさ。お前は他の人間たちとは根本的に何かが違う。俺の勘がそう言ってる」


 こいつ何言ってんだ? まさか俺が異世界から来た存在だって気付いたってのか? いや、今は俺のことはどうでもいい……。


 タクトが勢いよく真っ直ぐにオリヴィアを指差す。


「どうせならそう言う言葉は直接オリヴィア本人の口から、しかも、もっと思いを込めて好意的に言って欲しかったぜ! お前が他人の体を乗っ取ってまで俺をストーキングするような変態だってことはよ〜く分かった! さっさとオリヴィアの体から出て行きやがれこのストーカー野郎!」


「心外だ。そんなに仲間が大事か? なら、自力で取り返してみろよ」


 オリヴィアは長い青髪をかきあげると嘲笑うかのようにタクトの顔を見る。


「あぁ、言われなくてもそうしてやるよ」


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