第3話 残酷な天使
「惨劇って? 何があったんですか?」
タクトが神妙な面持ちで尋ねる。
「いくら知らないと言え。それを私に聞くのは不謹慎と言うものだ」
女の体は怒りで小刻みに震えている。その目はタクトが今までに見たことがない程の憎悪に満ちていた。
すぐに平常心を取り戻した女は話しを続ける。
「だがまぁ、今は子供でも知っていることだ。教えてやる。今から丁度十年前になる。奴らが現れた……」
「奴ら?」
「詳しいことは分からない。ある日突然、どこからともなく現れた能力者集団だ。奴らは何の前触れもなく現れ、各地で大量虐殺を行なった。能力者、非能力者、大人から子供まで見境なく多くの人間の命を奪ったのだ。まるで大昔の戦争さながらにな。そして奴らは消えた。またしても突然だ! 奴らは人間じゃない! 騎士団だけでなく全ての機関や組織が全力で奴らの行方を捜索したにも関わらず、何一つ情報が掴めなかった。そんな中、奇跡的に生存者が見つかった。しかも複数名だ。これで奴らの正体が分かると誰もがそう思った。生存者の半分以上はまともに話が出来る状態ではなかったが、それでも数名から証言を得ることが出来た。そして、当時その証言を聞いた誰もがその内容に耳を疑った。何故だか分かるか?」
女の問い対し検討もつかないタクトは黙って首を横に振る。それを見た女は当然と言った顔で頷いた。
「生存者たちは皆口を揃えてこう言った『奴らは全員子供だった』と。騎士団ですら手も足も出なかった奴らがだぞ? 全員子供だったと言うのだ。もはや呆れるしかなかった。構成員、目的、異能、全てが未だ謎。栄光の騎士団発足以来、史上最悪の惨劇となった。そうして奴らはこう呼ばれた、災厄の天使たち。奴らが次に現れた時、この世界は終わるかもしれない。今この国の人々はいつまた奴らが現れるかもしれない恐怖に怯えて生きている。もし生きていれば私やお前と同じくらいの年齢だろう……」
女の話に少し間難しい顔を浮かべたタクトだが、すぐにいつもの顔に戻ると胸の前で手を打った。
「なるほど! じゃあ、俺がそいつらを何とかすれば、この世界はハッピーエンドって訳だ! いいじゃんいいじゃん、なんか異世界ファンタジーっぽくなってきたー!」
「随分と簡単に言ってくれるな。お前のような奴にどうにかできる相手なら私たちも苦労はしてないさ。全く、お前はどこまでも変わった奴だな」
タクトが目を向けるとさっきまでの表情が嘘のように女は笑っていた。
「さて、長話も大概にしなくてはな。そろそろ私は戻らねばならない」
「戻るってどこに?」
銀髪の女は大通りの遥か先に見える巨大な白い建物を指差した。左右対称に太い柱が何本も聳え立った宮殿のような建物だ。
「あれって?」
「あれこそ栄光の騎士団アルレキア支部だ」
「アルレキア? あれが支部? 本部じゃなくて?」
「何を言っているアルレキアはこの町の名前だ。まぁ、支部と言っても主に国の東全域を治めているがな」
「へぇ〜警察署とは訳が違うってことか……」
銀髪の女は再び体をタクトに向ける。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったな。私の名前はテミス。栄光の騎士団6番隊隊長を務めている」
名前を告げるとテミスはタクトに向けて右手を差し出した。どうやら握手のようだ。挨拶代わりと言ったところか。
「何だ偉い人だったんすか。俺は櫻見奏人って言います」
タクトは驚く素振りも見せずテミスと握手を交わした。
「うむ、では私はこれで」
「あの……いろいろ、ありがとうございました」
「礼には及ばん」
そう言うとテミスは支部に向かって歩いて行った。その後ろ姿を見ていたタクトが思い出したかのように声を出す。
「って違う!」
タクトはすぐさま走ってテミスの後を追う。
「テミスさん! 待って!」
名前を呼ばれたテミスが足を止めて振り返る。
「なんだ? またお前か」
「あの、この辺りにタダで泊めてくれる場所とかってあったりしませんか?」
「そんなことを私に聞くな」
タクトの質問に素っ気ない態度でテミスが答える。
「じゃあ、せめて今日一日生き抜くだけのお金って借していただけたり?」
タクトはテミスに向かって両手を合わせ頭を下げる。それを見たテミスは小さくため息をついた。
「悪いがそれは私の管轄外だ」
「そこをなんとか! 俺今困ってるんです。すぐには無理でもどうにかして必ず返しますから。困ってる人を助けるのが騎士団の役目なんですよね?」
その言葉を聞いたテミスはそっとタクトの肩に手を置く。
「いいか、よく聞け。助けてやりたいのはやまやまだが、貧困でその日その日を生きることさへままならない者たちがこの国には数え切れない程いるのが現状だ。だからと言って、それらを全て救おうとすればこの国は忽ち立ち行かなくなる。国を守る立場である私がお前一人だけを私情で優遇する訳にはいかないのだ。許せ……」
タクトはその時、理解した。勝負には必ず勝者と敗者が存在するように、この国にも富裕層や貧困層が存在する。それは現代日本でも同じことが言える。ただ、そこには大きく決定的な違いがあった。それは、この世界の上流階級の奴らは下層階級の者たちを社会的に助けようとはしない。なぜなら、自分たちの社会が多くの人々の犠牲の上に成り立っていることを理解し黙認しているからだ。そして、この世界での上下関係は金や権力だけではない何かもっと大きな力、おそらく異能の力が密接に関係しているに違いない。つまり、この世界は表向きは平和を装っていたとしても、実際は力を持った者たちに支配されているのと何ら変わりないということだ。
たとえ、それが事実だったとしても今のタクトにはそれだけのことを確かめる勇気がなかった。
「もし、お前がこの先異能に目覚めることがあれば騎士団に入団するといい。その時は私が歓迎しよう」
「優しいんですね……テミスさんは」
「ふん! 私を口説くには十年早いぞ。最後に忠告してやろう__悪目立ちは早死にのもとだ」
冗談交じりにそう言い残すとテミスはその場を立ち去った。