第28話 少女の覚悟
この前の戦闘の時に比べれば大した威力じゃないが、いくら少女相手とは言えこのままじゃ殴り殺されるのも時間の問題だ。何とかして誤解を解かないと。でも、どうすれば……俺にはこの子の異能が効いてない? 一体、何故なんだ?
その時、ガラクタの上で一人のローブ姿の子供が立ち上がった。
「そ、その人は災厄の天使たちではないと思います!」
この声は、タクトが気を失う直前に言い争っていた少年の声だ。
いいぞ! 少年! その調子だ!
「バラは黙ってて!」
「す、すいませんでした……」
メモリアに怒鳴られたローブ姿の少年が素早くその場に座った。再び少女がタクトを殴る。
もう少し頑張って欲しかったけど無理みたいだ。くそぉ、他に方法が……。
「その通りだ。そいつは災厄の天使たちではない!」
その時、部屋中にタクトの聞き覚えのある声が響く。ローブ姿の子供たちが一斉に立ち上がり周囲を警戒する。
この声は……。
タクトの後方、物陰から一人の少女が現れた。銀色の長い髪、白の制服。間違いない、テミスだ。
「騎士団!」
赤い髪の少女の叫び声と共に部屋全体が燃えるような熱気に包まれる。
「テミスさん! どうしてここに!」
「半信半疑ではあったが暫くお前の後を尾行させてもらった。勿論、私一人でな。ここへ来たのも私だけだ。だが勘違いをするな、これは私一人でここにいる全員を相手に出来ると言う意味だ。ここにいる七名、A.E.S.で間違いないな?」
テミスの言葉に赤い髪の少女が怒りと憎しみに満ちた表情を浮かべる。
「その名前で呼ばれるのは業腹だ! 私たちはお前らの実験体じゃない! 私たちは人間だ! 生きているんだ! 私たちはお前ら騎士団を絶対に許さない!」
「決まりだ」
テミスが腰の剣に手をかける。次の瞬間、目にも留まらぬ速さでタクトに馬乗りになっていた少女を蹴り飛ばし、倒れた少女の首元に青く輝いた剣先を突きつけた。
「大人しく私の言うことに従ってもらおう。立て、人質が先に死んでどうする」
テミスは苦しむメモリアを無理矢理立たせるとローブ姿の子供たちに見せつけた。ところが、赤い髪の少女は勿論、誰も少女を目の前にして助けようとしない。
人質? 何言ってんだよテミスさん?
「お前がこいつらを率いている首謀者か?」
テミスが赤い髪の少女に問う。
「私はフレア! こいつらのリーダーだ!」
「リーダーか。なら仲間が目の前で苦しみながら死ぬ姿は見たくないだろう? 無駄な抵抗はやめて今すぐ全員投降しろ!」
「嫌だと言ったら?」
テミスが不敵な笑みを浮かべながらメモリアの腿に躊躇なく剣を突き刺した。少女の痛々しい悲鳴が部屋中に響く。
テミス……さん……。
「話は聞かせてもらった。お前が今回の騒動を起こした能力者だな? 今すぐこのふざけた異能を解け!」
テミスがメモリアに命令する。しかし、メモリアには命令を受け入れる様子はない。すると、テミスは腿から剣を抜き取り首元に突きつける。
「次はないぞ。異能を今すぐに解け」
流石にメモリアも限界を迎えたのか額から汗を流し苦しそうな表情を浮かべる。
「解くな!」
その様子を見たフレアが声を上げたその時。テミスの体が光に包まれたかと思うと一瞬にして元の姿に戻った。
「メモリア! 何を!」
「どの道、私の異能は24時間しか効果が持続出来ない。それに私が死ねばすぐに解けてしまう……」
「賢明な判断だな」
元の体を取り戻したテミスが勝ち誇った笑みを浮かべる。それは少なくともタクトの知るテミスではなかった。
「さぁ、投降してもらおうか?」
「残念だよ……メモリア」
「フレア……」
次の瞬間、人質の少女を置き去りにしてローブ姿の六人が一斉に各方向へ散った。
こいつら……仲間を見捨てたのか?
一度舌打ちをすると剣先を喉に押し付けテミスがメモリアを問いただす。
「お前の仲間はどこへ行った?」
「知らない」
「嘘だな! 私に嘘は通じないぞ。これ以上痛い思いをしたくなければ正直に話すことだ」
仲間に見捨てられたと言うのに少女の瞳には覚悟を決めたような強い意志が宿っていた。少女はテミスを睨みつけ歯を噛み締めると大声を上げた。
「私たちは絶対にお前らなんかに屈しない! たとえ最後の一人になったとしても! お前らを皆殺しにしてやる! 私たちこそ本物の正義だ!」
少女の言葉を聞き終えたその時、剣先がメモリアの首を切り裂いた。テミスの制服とタクトの顔に鮮やかな赤い血が飛び散る。ついさっきまで生きた少女だったモノがただの肉塊のようにその場に崩れ落ちた。タクトの前を大量の血が流れる。
タクトは目の前で起きた光景をすぐに受け入れることが出来なかった。何故なら、彼はこの時初めて人が死ぬ瞬間を見てしまったからだ。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……何だよ……何で……殺した……テミスさんが……そんな……違う……うあぉーーー!
「な、なん、何でだよーーー!」
平然とした顔でテミスがタクトに視線を向ける。
「これが私の仕事だからだ。そして、私が取れる最善だ」
最善? 何言ってんだこの人? 人を一人殺して、平気な顔して、何が最善だって言うんだよ!
「人を殺すののどこが最善なんだよ! 言われた通り異能だって解いただろ! ここまでやることなかっただろ! こんなのあんまりだ……」
「こいつらには殺処分命令が出ている。私が支部へ連れて帰ったところで拷問の末に処分されるだけだ」
「そいつらが一体何をしたって言うんだよ! 何であんたらはそんな簡単に人を殺せるんだよ! その子はまだ子供だったんだぞ!」
「いい加減にしろ!」
タクトの態度を見兼ねたテミスが怒鳴り声を上げた。
「私だって出来るものなら殺したくはなかった! しかし、そうする他ないのだ。これが我々の正義だ。お前だってあのまま殴り殺されるつもりはなかったのだろ! 敵に同情などするな!」
正義って何だよ! 邪魔な人間を殺して、力で世界を支配するのが正義なのかよ! 違うだろ……。
テミスが少女を斬った剣でタクトの腕を縛っていたロープを切る。すぐさま、タクトが斬られた少女に駆け寄り抱え上げた。既に息をしていない。永い眠りについたばかりの少女のまつ毛にはキラキラと輝く水滴が付いていた。タクトが血で真っ赤に染まった手を伸ばし、指先で優しく水滴を掬い上げる。水滴は赤く染まるとそのまま少女の頬に落ちた。
静寂の中、タクトの言葉にならない叫びだけがどこまでも響く。
暫くして落ち着きを取り戻したタクトは少女の体をそっと抱きかかえるように立ち上がった。その姿をすぐ近くで見ていたテミスが静かに問う。
「どうするつもりだ?」
「決まってるじゃないですか。お墓を作ってあげるんです」
そう答えるとタクトはゆっくりと、しかし力強く、建物の外へ向かって歩き出した。その後ろを周囲に警戒しながらテミスが行く。




