第27話 復讐の子供たち
闇雲に探しても何も見つからない。考えろ考えるんだ。もし俺がこの異常事態を起こした犯人だったとしたらまずどうする? 俺だったらまず騎士団に見つかるのは避けたい。人目につかない場所に隠れるだろう。それから? ……分からない。何故、町全域を巻き込んで無差別に年齢を変える必要があるんだ? ただの悪戯にしては度が過ぎる。かと言って異能を使った暴動にしては地味じゃないか? 確かに町中が混乱しているのは事実。でも逆に人がいないこの町で今行動を起こせば間違いなく騎士団に気付かれる。今のところ町のどこかで騒ぎが起きている様子もない。じゃあ、これは一体何が目的なんだ?
タクトが大通りから脇、細い路地裏に入った。迷うことなく迷路のような道を進む。
俺はこの世界に来てからいつも路地裏に入れば何かが起こる。鬼が出るか蛇が出るか今回もそれに賭けるしかない……。
暫く走ると息を切らせたタクトが足を止め休憩をする。額の汗を腕で拭き取ると顔を上げた。黒く厚い雲がずっしりと町の空に広がっている。もう、どのくらい町の中を走り続けたことだろう。こんなに走ったのはタクトにとって何年振りのことになるか、それは本人すら覚えていない程だ。
ガシャン!
何かが倒れる物音に慌ててタクトが振り返る。そこには一匹の黒猫が金色の瞳をじっとこちらに向けて立っていた。「ミャ〜」と鳴き声を上げながら尻尾を振る。
「何だ猫か……やっぱり今回ばかりは路地裏作戦もダメか」
タクトが諦めたような顔で再び前方に視線を向けた。次の瞬間、息を呑む。目の前の路地の行く手を塞ぐように灰色ががったローブ姿の何者かが立っていた。身長はそれ程高くない。フードが邪魔で顔までは見えないが橙色の長いが垂れているのが見える。おそらく少女だ。それもオリヴィアやエレナと同じくらいだろう。
「作戦成功ってか……」
すると突然、ローブ姿の少女がタクトの顔面目掛けて素早く隠し持っていた小型のナイフを投げつけた。
「おいっ!」
咄嗟にタクトが体を逸らす。小型のナイフはタクトの頬を軽く掠めるとこのまま後方へ落下した。何かに気付いたタクトが体を逸らした姿勢まま両手をゆっくりと上げる。後方から同じくローブ姿の二人がタクトの脇腹と背中に短剣を突き付けていたのだ。身長は高くない。どうやら、こっちの二人も子供のようだ。
最初の一人は俺の視線を引きつけて置くための囮だったのか。その隙に二人が後ろから俺を狙っていたんだ。こいつら戦闘に慣れている。不味いな、このままじゃ……。
タクトの元へ橙色の髪を垂らしたローブ姿の少女が詰め寄る。他の二人は変わらず短剣を突き付けたままだ。
「お前ら……」
声を出したその時、容赦無くローブ姿の少女がタクトの腹部に膝蹴りを入れた。タクトがその場に倒れ込む。しかし、無抵抗に関わらずローブ姿の少女はその後もタクトの体を蹴り続ける。意識が朦朧として来たタクトの頭をローブ姿の少女が踏み付けた。その時、短剣を突き付けていたローブ姿の一人が口を開く。
「もうやめて! このままじゃ死んじゃうよ!」
「死んだらいいんだよ! こんな奴!」
「でも、まだ決まった訳じゃ!」
「こいつには私の異能が効いてない。こいつは……」
少年と少女が何か言い争ってる声を最後にタクトは意識を失った。
冷たい地面の上で横たわった状態のタクトが目を覚ます。目の前が見えない。どうやら目隠しをされているようだ。さらに手首を後ろで拘束され指一本動かすことすら出来ない。
「おい! 誰か! いないのか!」
「いるよ。皆いる」
タクトの声と聞き覚えのない少女らしき低い声が辺り一帯に反響する。
「ここはどこだ! お前らは何なんだ!」
「うるさいんだよ、騒ぐな。メモリア、目隠しを外してやれ」
誰かがタクトの髪を引っ張って体を起こすと目隠しを外した。タクトが目をしょぼつかせながら辺りを見渡す。そこはいくつもの石材が積み重ねられ建てられた何かの建物のようだ。薄暗く広い部屋の中、ひび割れた天井の隙間と壁に空いている四角い穴から光が差し込み部屋の中を照らし出す。タクトの周りを囲むようにガラクタが山積みにされていた。その上に同じローブ姿の六人がそれぞれ座っている。やはり、全員子供のようだ。タクトの斜め後方では橙色の髪を垂らしたローブ姿の少女がタクトを見張るように立っていた。どうやら、この少女の名前はメモリアと言うらしい。
「ようこそ、クソ野郎」
その声と共にタクトの正面、一番高い山の頂上に座っていたローブ姿の子供がフードを脱いだ。燃え上がる炎のように鮮やかな赤色の逆立った髪をした少女だ。少女は悪意に満ち溢れた赤い瞳をタクトに向ける。少女の目を見た瞬間、タクトは体が妙な熱気に包まれるのを感じた。さっきから聞こえていた声の主はこいつのようだ。
「お前らは一体何なんだ!」
「私たちは正義だ。間違った者たち、罪深き者たちを終わらせる。それが私たちだ」
赤い髪の少女はタクトの目をじっと見つめたまま答えた。
正義? こいつは何を言ってるんだ?
「お前は災厄の天使たちか?」
今度は赤い髪の少女がタクトの目を見つめたまま問う。
「違う! 俺をそんな奴らと一緒にするな!」
「嘘よ!」
タクトの返答を聞いたメモリアが声を荒らげながらフードを脱いだ。橙色の長い髪、涙ぐんだ大きな瞳が敵意をむき出しにしてタクトを睨みつける。
「嘘じゃない!」
「嘘よ! だって、あなたには私の異能が効いてないじゃない! あなたは人間じゃない! 悪魔よ!」
取り乱したメモリアがタクトの顔を殴った。タクトが仰向けに倒れるとその上に跨り、さらに拳を振りかざす。
「もしもあなたが普通の人間なら私の異能で年齢が変わってるはずなのに、あなたからはそれを感知出来ない。あなたが災厄の天使たちと関係があることはもう明白なんだから! あいつらは人間じゃないから!」
少女は瞳から涙が零れ落ちるとタクトに向かって拳を振り下ろす。しかし、タクトは怯まずに話を続けた。
「お前が異能を使った犯人か……」
「そうよ! これが私の異能、老若変化! 奴らがその町に現れるって情報を聞いてから一ヶ月間、この日のために町全体に異能を施した! 全てはあなたたちを捕らえるために!」
そうか、何となく分かって来たぞ。こいつらは災厄の天使たちを見つけ出すためにこの町に異能をかけた。その結果、異能の影響を受けなかった者たちが災厄の天使たちである可能性が高いからだ。全ては奴らを見つけ出すために。ここにいる連中もおそらくは全員、エレナと同じ境遇の持ち主ってことか。だったら、俺たちが争う必要なんてどこにもないだろ。
「俺は災厄の天使たちなんかじゃない! 寧ろそいつらを探してるくらいだ!」
「そんなこと信じられる訳ないでしょ! だったら、どうしてあなたには私の異能が効かないの! 私は絶対に騙されない! 私はあなたたちを許さない! 私のお父さんとお母さんを返してよ! この手であなたを殺す! 殺してやる!」
少女は泣きながらタクトに馬乗りになって殴り続けた。それを周りで見ている連中は微動だにしない。ただ一人を除いては……。




