第24話 何度寝
イズコがまた掛け声と共に腰から数本の筆を取り出し、振るう。すると、瞬く間にイズコの周りがレンガの壁に囲まれた。どうやら、姿を隠したようだ。
「閉じこもってどうするつもりですか! 時間稼ぎは見え見えですよ!」
エレナがテーブルの上に置いてあった花瓶から花を素早く一輪だけ抜き取るとレンガの壁へ向かって投げた。
こうして見ていると普段は気付かないがエレナの動きの良さが分かる。それなりの実戦経験があるのだろう。
エレナの投げた花が描かれただけのレンガの壁を軽々と貫通し壁が一斉に煙のように消えた。しかし、そこにイズコの姿はない。
「な、何故ですか!」
次の瞬間、エレナの後ろから突如現れたイズコが右手で鞘に入ったままのナイフをエレナの首元に突き付けた。
「勝負ありじゃの」
「まだです!」
ナイフに怯まずエレナがイズコの腹部目掛けて肘打ちを食らわせる。すると、イズコの右手に持っていたナイフが煙のように消えた。イズコはそのまま腹部を押さえ床に倒れ込む。
一体、今の一瞬に何があったんだ?
「詰めが甘かったですねイズコ! 例え脅しだったとしても本物のナイフを使うべきです!」
「うぐぇ……あの片時で儂の絵を見抜くとは……」
え、だから何があったんだよ?
状況が理解出来ない様子のタクトを見兼ねてオリヴィアが歩み寄る。
「この勝負はエレナの勝ちですの」
「それは見れば分かるよ。でも、どうやってイズコはエレナの後ろに移動したんだ?」
「私の位置からは全て丸見えでしたわ。まず最初にイズコはレンガの壁を描き自らの姿をエレナから隠しましたの。そして、次にその壁の後方から素早く脱出して部屋の背景と全く同じ絵を描きながらエレナとタクトには気付かれぬように後方へ回り込みましたの。最後は左手で右手にナイフの絵を描いてそれをエレナの首元に突き付けただけですわ。これで種明かしはお終いですの」
「なるほど! 描くことができるのは人や物だけじゃなくて見ている景色そのものも可能ってことか」
「さ……左様じゃ……これが儂の戦術」
タクトの声を聞いたイズコが苦しそうに腹部を押さえながら立ち上がる。
「どうですか! これが私の実力です!」
勝利したエレナが決めポーズを取りオリヴィアとハイタッチをした。
「まぁ、俺は最初から別にどっちが勝っても良かったけどな」
寧ろ、エレナが勝ったことによっていつもよりさらに調子に乗ってしまったところがなんかムカつく! イズコには悪いがエレナにあの肘打ちの強さを覚えさせてしまったのは他でもない俺なのだ。
イズコが覚束ない足取りでタクトの元へ向かう。ベッドに腰を下ろし一息つくとイズコはタクトの頭に手を伸ばし勢い良く髪の毛を数本纏めて引き抜いた。
「痛って! 何すんだよ!」
「黒髪が珍しくての。明日までこの髪少し借りるぞ……」
「借りるって……別に返さなくていいけど……何に使うんだ?」
「それは明日まで秘密じゃ」
げっ! 何か変なことに使われたりしなければいいんだが……。
「それでは私たちはそろそろ行きますの。暫くしたら食器を取りにまた来ますわ」
「了解」
それから三人が部屋を出て行った。急に祭りの後の静けさような静寂がタクト一人を襲う。しかし、引きこもっていた彼にとってその程度の孤独は寧ろ心地が良いものになっていた。テーブルの上の夕食に目を向ける。
「冷めないうちに食べるか」
…………って俺まだ立って歩けないのにどうやってテーブルまで行くんだよ! 見るだけの夕食か? 匂いだけでも楽しめってか! これじゃただの拷問じゃねぇか! オリヴィアのやつ、うっかりなのか、ドSなのか分かんねぇ所が怖ぇんだよ!
タクトが必死に手を伸ばすがテーブルには届かない。一度は諦めたが再びタクトが手を伸ばす。やはり、テーブルには届かない。手の届く範囲に長い棒状の物もない。
「立ち上がるしかねぇな……」
そう言うとタクトは引き摺るように足をベッドから下ろし力一杯立ち上がる。
あれ? 案外立てるんじゃね? タクトが立った! 感動の名シーンだ!
次の瞬間、タクトが頭から床に倒れた。
くそぉ、上手く足が進まねぇ……でもこのくらいならまだ立って歩ける!
その後、彼の夕食への熱意は十三回転んでも尽きることなく。結局、彼は夕食を残さず食べた。そして這うようにしてベッドへ戻る。
――四日目の朝。
タクトがいつものように目を覚ました。体中の骨がポキポキと音を立てる。体もほぼ日常生活を送れる程度には回復したようだ。ついでに彼の日常生活とは引きこもりの日常生活であり、仕事や家事などは全く行わず部屋から極力出ないことを前提としている。つまり、まだこの世界での日常生活を送れるレベルまでは達していない。
「これもエレナの包帯のお陰ってやつなのか……」
窓を開け朝日に照らされた庭園を眺める。顔を洗い、歯を磨く。やることがなくなったらベッドへ戻り二度寝する。
コンッ!コンッ!
誰かドアをノックした音でタクトが目覚める。どうやら本当に二度寝していたらしい。
「はいは〜い」
「タクト、朝食ですの」
昨晩同様、朝食を乗せた台車をオリヴィアが押して部屋へ入って来た。勿論エレナも一緒だ。台車の上には何やら五冊の本も乗っている。
「朝食はテーブルの上に置いておきますの。あとこれは部屋にこもっていても退屈な時に読めるように私からの細やかな気遣いですわ。私なりにタクトの趣味を考えて選んでみましたの」
「まぁ、タクトには少々難し過ぎて読めませんかね?」
エレナが明らかにバカにした表情でタクトを見下す。
「悪いんだけど……俺は本は……」
「お嫌いですの?」
「いや、嫌いじゃないんだけど…………俺この国の文字って読めないんだ」
そう言ってタクトが申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。それを聞いたオリヴィアとエレナがタクトに憐れみの目を向ける。
「そうでしたの……それは知りませんでしたわ……」
「今までバカにして悪かったですね……今度からタクトの前では難しい言葉は極力控えます……」
「何で二人して可哀想な奴を見る目で俺を見るんだ! 言っとくけどそこまでバカじゃねぇぞ!」
「写真や絵もありますから見て楽しむことぐらいできますの」
「そうですよ! 字が読めないくらい何ですか! 死ぬ訳ではありません!」
いや、お前らの中での俺の扱いが既に死んだよ?
それだけを言い残しオリヴィアとエレナが部屋を出て行った。
「ったく何なんだよ。あいつら」
朝食を食べ終え、置いて行った本に一通り目を通したがやっぱりタクトが読める訳もない。しかし、何か異能の話っぽいのは理解できた。やることがなくなったタクトは三度寝をする。
コンッ!コンッ!
誰かドアをノックした音でタクトが目覚める。どうやら本当に三度寝していたらしい。
「は〜い」
「入ってもいいかな?」
こ、この声は!
タクトが慌てて上体を起こすとドアを開けてマキナが部屋へ入って来た。その手には何かの本を一冊持っている。マキナがベッドの横の椅子に座る。
「体の調子はどう?」
「お陰様でかなり良くなった。明日には普通の生活に戻れそうだ」
「良かった。そんなタクトには……はい、これ」
マキナが笑顔でタクトの前に一冊の本を差し出した。
「タクト、部屋にずっと一人でいるから退屈してると思って持って来てあげたの。すっごく面白いお話だから読んでみて」
渋々、タクトが渡された本を手に取る。
「マキナ……俺……字は読めないんだ」
「え……」
それを聞いた瞬間、マキナが憐れみに似た目をタクトに向けた。
ま、マキナまでそんな目で俺を見るのかー!
「ごめんなさい。知らなかったの……だってタクトってほら、どこかしっかり者って言うか常識があるって言うかそういうイメージだったから……だから」
し、死んだ。俺は今、確実に死んだ……。
「じゃあ、今度時間があるとき私が文字教えてあげるね……」
い、生き返ったー! あのマキナとマンツーマン! 文字どころじゃなくなるぞ!
「オリヴィアたちはそろそろ町に出掛けるらしいけど、私はその辺で仕事してると思うから何かあったらすぐに声掛けてね。絶対無理しちゃダメだからね」
そう言い残すとマキナは小さく手を振りながらタクトの部屋を出て行った。
妙な胸の高鳴りを何とか抑え込むと、やることがなくなったタクトは四度寝をする。
コンッ!ココンッ!ココッコンッ!
何者かがドアをノックした音でタクトが目覚める。どうやら本当に四度寝していたらしい。
「はいはい〜」
「入るぞ」
ゆっくりとドアを開けてイズコがタクトの部屋へ入って来た。臆面もなくタクトの寝ているベッドの上に腰掛ける。
「今度はやっぱりお前か……で? 本でも置いて行くつもりか?」
「何を言っておる? 儂は本など持っておらん。じゃが、お主にちと話があってな……これで最後になるやもしれん」
イズコがじっとタクトの目を見つめる。




