第23話 描く力
コンッコンッ。
誰かがタクトの部屋のドアをノックした。その音を聞いたタクトが目を開く。すっかり外は暗くなっている。ベッド傍らには明かりの灯ったランプが置かれていた。たぶん寝ている間にマキナが置いてくれたのだろう。
「は〜い」
「タクト、入りますの」
その声と共にドアが開く。夕食を乗せた台車を押しているオリヴィアと何やら不機嫌そうな顔をしたエレナが一緒に部屋に入って来た。
「夕食をお持ちしましたの」
オリヴィアが夕食をテーブルに並べ始めた。一方、エレナは不満げにタクトへ歩み寄る。
「よう、エレナ。お前の包帯のお陰で大分痛みも和らいで助かってるよ。本当にありがとな」
「何ですか? 嫌味ですか? 人が折角様子を見に来てあげたというのに一言目がそれですか?」
「何でそうなるんだよ? 俺は感謝してるんだぜ?」
エレナの態度に困った様子でタクトが助けを求めるようにオリヴィアを見る。仕方がなさそうにオリヴィアが口を開く。
「エレナは買ったばかりの包帯をマキナに取られて不機嫌になってますの。それも全てタクトのせいですわ」
「マキナは快く貸してくれたって言ってたぞ?」
「そんな訳ないじゃないですか! あの時はマキナに頼まれて断れなかっただけです!」
「分かった分かった。傷が治ったらすぐに返すからそれでいいだろ?」
「いい訳ないですよ! 弁償です! タクトには新しい物を買って来てもらいます!」
「はぁ? 俺はまだ一銭もオリヴィアからは貰ってないんだぞ?」
「あら、また前借りという形を取りますの?」
「おい! それって要するに俺の只働き期間が延長されるだけだろ! 勘弁してくれよ! まぁ、毎日食事と寝床があるだけでマシってもんか……」
その時、タクトが気付く。部屋の入り口、ドアの片隅に座敷わらしのような少女がこちらをじっと見つめながら立っている。
「おい、あれ誰だよ?」
その声にオリヴィアが顔を上げた。
「あぁ、あれはイズコですの」
「この家ってマジで座敷わらしがいるのか。やっぱり豪邸はすげぇんだな」
「誰が座敷わらしじゃ!」
「喋った!」
イズコがゆっくりとタクトの寝ているベッドへと歩み寄る。
「紹介しますわ。絵師のイズコですの。今晩私の家に泊まることになりましたの」
オリヴィアの周りって変な奴ばっかり集まるのか? いや、俺が言えたことじゃないけど。
「儂はイチマツイズコ。絵師をやっておる者じゃ。殿方がこの屋敷の主人か?」
イチマツイズコ! 和名! この世界もいるのか!
「いや、俺は……」
「名前はタクト。私たちの執事ですの。主に雑用を担当していますわ」
し、執事! 奴隷よりマシだけどいきなりランクアップし過ぎじゃね?
「何じゃ、主人ではないのか。まぁ、主人たるものこのような醜い姿はしておらんか」
ちょっと失礼過ぎませんか! この人! オリヴィアで普段から免疫をつけて置いてよかったぜ。
「あんたはどこから来たんだ? 何で和名なんだ? もしかして日本を知ってるのか?」
「はぁ、質問が多い執事じゃの。儂は放浪をしておる身。故郷などとうに忘れた。この名はペンネームじゃ。本名も忘れてしもうた。最後のにほんとやらは知らんの」
何だ……日本とは関係ないのか……。
「では、私たちはそろそろ行きますの」
そう言うとオリヴィアとエレナがドアへ向かう。その時、タクトが最後の質問を尋ねる。
「絵師ってどんな絵を描いてるんだ? スケッチブックとか持ってなさそうだし……壁とか看板とかに絵を描いてるのか?」
それを聞いたイズコが顎に手を当て誇らしげに笑った。
「お主、なかなかいい勘をしておるの。折角じゃ一宿一飯の恩もある。ここで儂の絵を披露しよう!」
え、今ここで? そういうのって時間かかるんじゃないの?
その言葉に素早くオリヴィアとエレナもベッドに腰を下ろしイズコの絵を鑑賞する気満々の様子だ。
「では、オリヴィア殿」
「何ですの?」
「儂の斜め前に立ってはもらえぬか? モデルにするのじゃ」
「まあ」
オリヴィアが嬉しそうにイズコの斜め前に立った。タクトも何とか上体を起こしベッドの真横に立ったオリヴィアを見る。
「では、いざ!」
掛け声と共にイズコが腰から数本の筆を取り出した。すると、目にも留まらぬ速さでその筆を振るう。次の瞬間、オリヴィアの横にもう一人のオリヴィアが現れた。
「え……」
「何ですか……」
タクトとエレナが信じられないものを見たように目を擦る。
「ほれ、お主。触ってみ」
イズコがタクトに声を掛けた。
触るって……オリヴィアに?
タクトは言われるがまま手を伸ばしオリヴィアの頭に手を置いて撫でる。
めっちゃさらさらしてる!
「何をしてますの? タクト?」
「え?」
「私は本物ですの」
「あ……すまん……」
タクトはすぐに本物のオリヴィアの頭から手を離しもう一人のオリヴィアに触れた。その瞬間、触れたはずのオリヴィアの姿が一瞬にしてまるで煙のように消えてなくなってしまった。
「え……」
これって……間違いない……。
「異能か?」
「左様、三次元に立体的な絵を描く。これが儂の異能、三次元に勝る二次元じゃ!」
な、何だって! それならマキナを描いて欲しかった! 確かにすごいけど……一体この異能何に使うんだ?
「この異能と儂の腕があれば本物と絵を見分けるのは困難を極めるじゃろう。描いたものは何であれ絵じゃ。動かすことは出来んし触れれば容易く消えてなくなる。芸術とは誠、儚きものよ」
そう言うとイズコが三人に向かってドヤ顔を決める。
「まあ、能力者でしたの!」
「それ何の意味があるんだ?」
「我が最強の異能、駆け抜ける閃光に比べれば大した敵ではありませんね!」
エレナがイズコのドヤ顔にいつもの決めポーズを返す。
今回ばかりはエレナの言う通りだ。
「ほぉ、エレナ殿も能力者であったか。その名から察するに異能はおそらく電撃かその類いじゃな?」
はっきり言って図星! まぁ、大体名前でバレるような異能を堂々と告げてるからな。
イズコとエレナの視線がぶつかる。
「面白い。ここは一つ儂と勝負をせんか?」
「勝負ですか? いいですよ? それで何の勝負ですか?」
「簡単な勝負じゃ。互いに異能を使い相手に参ったと言わせた者の勝ち。勿論本気で命を取り合う訳ではない。戯れじゃ。どうじゃ?」
「いいですよ! 受けて立ちます!」
「お前ら! ここは俺の部屋だぞ! やるなら勝手に外でやれよ!」
「エレナ! タクトの言う通りですの!」
エレナが自信に満ちた顔で振り返ると頷いた。
「大丈夫です。攻撃能力もない能力者を前に私は異能は使いません」
って言いながら初日に無能の俺に対して異能全開だったけどな。そんなことより、エレナの言う通りだ。イズコの異能の攻撃能力はゼロに等しい。それなのに自分からこんな勝負を仕掛けるなんて……何か勝算でもあるのか?
お互いの目を見つめたままエレナとイズコが部屋の中央へと移動する。オリヴィアは心配そうな顔でエレナだけを見ている。
「では、そろそろ始めようかの?」
「私はいつでもいいですよ?」
暫し、夜の静寂が部屋を包む。
「推して参る!」




