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第21話 戦闘!能力者!

「金か? 俺は金なんてこれっぽっちも持ってないぞ?」


「それももう確認済みだ。このご時世、町中を一銭も持たずに、況して本当に何も持たずに歩いてるなんて……お前こそ何者だ? ここらじゃ見ねえ格好だし、まさか貧民街の出身か?」


 貧民街? どこだそれ? アルレキアじゃない場所か?


「そんな所知らねぇな」


「なら、いいんだ……」


 そう言うと男が急に立ち上がりブロック石から飛び降りた。


「選べ! 今すぐ死ぬか? 奴隷として売られるか?」


 こいつ、人攫いの連中か! 不味い……もう少し時間を稼がないと……。


「最近、黒髪の少女を見なかったか?」


「何だその質問? 今は他人より自分の身の心配をした方がいいと思うぜ? なんて俺の言うことじゃねぇな」


「探してるんだ。もし会えるなら俺はどうなったっていいさ」


「ほぉ、大した度胸だ。お前、ロックだぜ。気に入った! 俺の名前はノット! 冥土の土産に覚えときな!」


 その時、手首を縛っていたロープが解けタクトが素早く立ち上がった。ノットに向かって身構える。しかし、男は余裕そうな顔で笑っている。


 ここから逃げる道はあいつの後ろに一本だけ! 何とか隙を突いて逃げ出すしかない!


「なるほどな……ふむふむ。お前は能力者じゃねぇな! 仮に能力者だったとしても戦闘向きの異能じゃねぇ!」


「いきなり何言ってんだ?」


「てめぇのことだよ。もしもお前が戦闘向きの異能を持った能力者ならわざわざこんな時間を掛けて、己の身を危険に晒してまでロープを切るような真似はしないってことだ」


 そ、そうか! こいつ! わざと俺の手元にガラスの破片を置いておいて俺を試してやがったのか!


「今頃気付いたって顔だな? 鈍い鈍い」


「お前! 一体何が目的なんだ!」


「俺の目的か? これだよ……」


 ノットがタクトに向かって拳を構えた。どうやら遣り合うつもりらしい。


「ほら! 来いよ!」


 挑発されたタクトが勢い良くノットに殴り掛かる。しかし、ノットはそれを軽々と躱した。


「そんな鈍い拳じゃいつまで経っても俺には当てられないぜ?」


「くそぉ!」


 何度も殴り掛かるがタクトの拳が悉く当たらないのも無理はない。何故なら、今日という今日まで毎日自堕落な生活を送って来た彼には実戦経験と言えるものがまるでなかったのだ。現実世界ではそれが当然のことだが、この世界ではそうはいかない。この時タクトはこの世界に来て初めて己の無力さを痛感し、そして何より今自分が戦っている相手との実力差を禍々と見せつけられていた。


 息を切らせたタクトが苦しそうに立っている。それに対してタクトの拳を全て軽々と躱した上でノットは余裕の表情のままステップを踏んでいる。


「舐めやがって……はぁ……はぁ」


「もう終いか? ったくロックじゃねぇな」


「何がロックだ? ふざけるな!」


 その言葉を聞いた瞬間、ノットの目つきが変わった。


「ふざけるなだ? てめぇこそロックをバカにすんじゃねぇぞ!」


「ただの殴り合いで何がロックなんだよ!」


 次の瞬間、ノットの右ストレートがタクトの顔面に炸裂した。殴り飛ばされた勢いでタクトが後方へ倒れる。


「うぅ……」


「もういっぺん言ってみろ。次は殺すぞ」


 顔の左半分を大きく腫れ上がらせたタクトがふらふらと立ち上がりノットに向かって拳を構える。


「まだだ……」


「そう来なくっちゃな」


 無理だ……俺じゃこいつには勝てない……何とかして後ろに回って逃げないと。


 タクトがノットとの間合いを保ったまま少しずつ、しかし確実に壁を伝うようにして出口に近づく。


「逃すわけねぇだろ?」


 ノットが行く先を塞ぐかのようにタクトの前に立ちはだかる。次の瞬間、タクトが素早くポケット隠し持っていたガラスの破片をノットに向かって突き立てた。はずだった……。


 え……。


 一瞬にしてノットの姿が消えた。咄嗟の判断で危険を感じたタクトが両手を使って体を防御する。


 ドンッ!


 目の前が真っ白に変わる。それ程までに凄まじい衝撃がタクトの体を支配した。例えるなら車に轢かれた時のような、そんな想像を絶する衝撃だ。そして、タクトの体が軽く宙に舞う。その時タクトはスローモーションな感覚でその場の光景を見ていた。そこには回し蹴りのポーズを取ったノットが立っている。


 蹴り? 今のは蹴りだったのか? 俺には何も見えなかったぞ? まさか……。


 音を立ててタクトが地面に倒れる。その腹部には痛々しいまでにノットの蹴りの跡がくっきりと残っていた。


「うぇ……」


 タクトが口から血塊を吐き出した。勿論、彼は今までこんなに大量の血など見たことがなかった。地面に広がる真っ赤な血を見たタクトが混乱と激痛で叫び声を上げる。


「はぁはぁはぁはぁ……うわぁーー!」


 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 何だよこれ! 全部俺の血かよ! 一体どうなってんだよ!


「あ〜あ、てめぇが脅かすからつい本気出しちまったじゃねぇか」


 何食わぬ顔でノットがタクトに歩み寄る。


「はぁ……はぁ……能力者?」


「ご明察! 俺は能力者だ。まさか俺の蹴りを瞬時に防いで命を取り留めるとはな。お前、ロックだぜ」


 ノットが不気味な笑みでウインクをした。


「俺の速度に反応できた褒美だ。お前に俺の異能を特別教えてやるぜ。俺の異能は高速移動! その名も独走者(マッハランナー)! どうだ? なかなかイカしてるだろ?」


 タクトの意識が徐々に遠退いていく。


 高速移動の異能? そんなのありかよ? どの道この傷じゃもう逃げられない……最後にイロハに会いたかったな……。オリヴィアにはまだまだ返しきれない借りがあるし。エレナのやつはいつもうるさくて生意気で、だけど本当は人一倍辛い思いをして来て。最後くらい優しくしてやればよかったかもな。マキナ、俺のためにまた手料理を作ってくれるって張り切ってたけど、どうやらもう食べてやれないみたいだ。……ごめんな……ごめん……皆んな。


 ――タクトの瞳から一筋の涙が溢れた。



 ――タクト



 その時、タクトの中から聞き覚えもない、しかしどこか懐かしいような声が聞こえる。


 誰? 誰なんだ? イロハなのか? いや、違う!



 この声は……。



「うあぁあぁぁーーーー!」


 次の瞬間、路地裏に響き渡る程の大きな叫び声と共にタクトが立ち上がる。

 その眼には確かに微かな光が宿っていた。


「まだ死んでなかったのか? お前、やっぱりロックだぜ」


 朦朧とする意識の中でタクトはそれでも勇敢に拳を構える。ノットもそれに応えるように構え返す。


「来な!」


 ノットが声を上げる。しかし、タクトは微動だにしない。


「てめぇ立ったまま気絶してんのか? だったらそのまま立往生させてやらぁ!」


「はっ!」


 前と同様にノットの右ストレートがタクトの顔面を直撃した。ところが、今度はタクトが倒れない。それどころか多少怯んだ様子は見せたものの、すぐに上体を立て直すとノットの右腕を両手で固く掴んだ。


「……捕まえたぞ! クソ野郎ぉ!」


「てめぇ!」


 タクトが大きく腫れ上がり鼻血と吐血で真っ赤に染まった顔でノットに笑顔を向ける。


 この男の異能は確かに高速移動。俺の目ではその動きを捉えることすら出来なかった。普通に殴り合ったところでこっちの攻撃は全て簡単に避けられてしまう。何より一番警戒しなければいけないのはあの常人離れした脚力から繰り出される蹴り。あれをもう一度食らったら今度こそ確実に死ぬ。でも……。


「お前の異能には大きな欠点がある!」


「何だと!」


 タクトのその言葉をノットが驚いた表情を浮かべる。


「お前の高速移動は確かに速い! でも、お前自身の拳は大して普通の人間とそう変わりない! それはお前の異能が己の体の全てを高速移動させているからではなく、お前の走る速度だけを高速化しているからだ! つまり、一時的な脚力以外は無能の俺と何も変わりねぇってことなんだよ! 己の足に絶対の自信を持ち、その足に頼り過ぎた! その結果、拳が疎かになった! それがお前の欠点だー!」


「黙れぇ!」


 ガンッ!


 ノットが脇腹に蹴りを入れようとしたその時。ノットの頭を両手で掴んだタクトの全力のヘッドバットが直撃した。


「ぐはぁ! てめぇのロックなヘッド、俺のハートに響いたぜ……」


「痛ってぇ……」


 二人が同時に地面に仰向けに倒れ込んだ。


 どうだ、俺のとっておきは? ってか俺、勝ったのか……。


 苦しそうに呼吸をしながらタクトが目を見開く。すると、倒れたタクトの前に同じく倒れたはずのノットが額から血を流し不気味な笑みを浮かべて立っていた。


「おいおい、嘘だろ……」


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