第20話 ジュニア
朝食を済ませるとタクトは何かと理由をつけて仕事をオリヴィアたちに押し付けすぐに自室へとこもった。っというのも、とてもじゃないが立って何かをできる状態ではなかったからだ。マキナの手料理が想像以上にタクトの体を苦しめていた。
「うぅ〜苦しい……吐きそう……」
そんな彼だがマキナが手を痛めてまで作っくれた料理を吐く訳にはいかないと、必死にベッドの上で耐え忍ぶ。
――それから耐えること数時間。
やっと落ち着いたタクトは部屋を出て、オリヴィアたちを探し始めた。
オリヴィアとエレナの二人は箒を片手に広間で掃除をしていた。オリヴィアももうすっかり元気になったみたいだ。二人が広間に入って来たタクトに気付く。
「やっと起きて来ましたか!」
「タクトもこれからは食べ過ぎに気を付けますの」
「あぁ、悪い悪い。そう言えば、マキナは一緒じゃないのか?」
「マキナならさっき一人で町に出掛けましたの」
「何でも、新しく料理に使う調味料を買いに行くとか。誰かさんのせいで張り切って出て行きましたよ?」
げっ! こっちはやっと落ち着いてきたところだって言うのにマキナのやつ早速夕食まで作るとか言い出すつもりじゃ……。
「何でマキナを一人で町に行かせたんだよ? そもそもそんな金を持ってないだろ? お前らだって一人で出歩くのは彼程危険だって言ってたろ?」
「それはタクトの場合の話ですの。彼女は仮にも能力者ですわ。どんな異能にせよ、能力者である以上は自分の身は自分で守れるだけの術を身に付けていると考えるべきですの。それにマキナを止める理由を私たちの口から直接彼女に言える訳ないじゃありませんの……」
オリヴィアが困り果てた表情をタクトに向けた。
あ、あのオリヴィアですらマキナの手料理には敵わなかったってことか……。
「お金ならありますよ! 昨日タクトが服を買うはずだった分です!」
しかも、俺の服代かよー!
「夕方までには帰ると言っていましたわ。私たちもここの掃除を終えたら町に行きますの。タクトはどうしますの?」
「勿論、行くに決まってるだろ! 俺は妹を探さないと……」
ついでにマキナを見つけたら何とか言って止めさせないとな!
それからタクトは二人が掃除が終えるのを待って、いつものようにアルレキアの町に向けて出発した。
俺がこの世界に来てからもう3日目だ。最初はただただ訳が分からなくて行く当てもなく町を歩いていただけだった。それでもいつの間にか俺の周りにはこいつらがいて、生活する家があって、毎日飯を食って、現実と何も変わらない生活を送っている。アルレキアの町に向かうこの道も何となくではあるが見慣れてきた気がする。今の俺の生きる目標はイロハに会うこと、それだけ。買い物に洗濯に掃除、俺はこの世界で一体何をしているのだろうか。この世界は俺に一体何を望んでいるのだろうか……。
そんなくだらないことを考えながらタクトがいつものように町へ向かう。
三人がアルレキアの町に到着した。そこにはやはり見慣れた騒がしい光景が広がっている。そして何やらタクトの傍らでは先程からエレナが落ち着きなくオリヴィアを見ている。
「さぁ、さぁ、オリヴィア行きましょう!」
「分かりましたわ」
「そんなに急いでどこに行くんだ?」
エレナが決めポーズを取って答えた。
「決まってるじゃないですか! あの包帯を買いに行くんですよ! さっきの掃除の分でお小遣いが貯まりましたからね!」
「まだ諦めてなかったのかよ! ってか俺はお小遣いなんてもらってないぞ!」
「エレナのお小遣いをどう使おうとエレナの勝手ですわ。タクトのお小遣いでしたら前借りという形で服代に回させてもらいましたの」
「え、あれって買ってくれるって話じゃなかったのか!」
「そんなこと一言も言ってませんわ」
ん? 待てよ、俺の服代って確か……。
「それってマキナが持ってる金じゃねぇか!」
は、早くマキナを止めないと俺の金がよく分からない調味料にされる!
「では行きましょう!」
エレナを先頭に三人が真っ直ぐ薬屋へ向かう。その間もタクトは辺りに目を光らせる。
イロハでもマキナでも今ならどっちでもいいから見つかってくれ〜!
そんな思いも虚しく見つかる訳もない。すぐに三人は薬屋に到着した。お目当てにしていた包帯を手に入れたエレナが浮かれた様子でオリヴィアと会話をしている。その時だった。
ペチッ!
誰かが後ろからタクトの右足首に蹴りを入れた。しかし、全然痛くもない。かなり蹴りの力が弱いようだ。タクトが振り返るとそこには一人の幼女が立っていた。その小さな体とは不釣り合いな大きなとんがり帽子、地面に引き摺る程伸びた長い丈のマント。見覚えのある格好に良く似た姿をした茶髪の幼女だ。
「ばっちい!」
目の前の幼女がタクトの顔を指出してそう言った。
「あ?」
「ばっちい!」
「何だお前? 迷子か?」
タクトが膝を折って目線の高さを合わせる。すると幼女はタクトの顔をじっと見つめたまま黙っている。
「どっから来た? 俺に何か用か?」
その時、幼女が突然タクトの顔面に渾身の頭突きを食らわせた。
「痛ってぇ……何すんだコラ!」
「ま、マスター!」
怒鳴られた幼女が今にも泣き出しそうな顔でエレナの元へ駆け寄り、彼女の足に抱き付いた。
「おぉ! ジュニアじゃないですか! 元気にしてましたか?」
「まあ、お久し振りですの。いつ見ても可愛らしいですわ」
「ジュニア? その子、お前らの知り合いなのか?」
「ええ、私の愛くるしい一番弟子! ライトニングジュニアです!」
「エレナに憧れる近所の子供ですわ」
なるほど、道理でエレナの格好に似てると思った訳だ。
「ばっちい!」
幼女がまたもタクトの顔を指差して言う。
「違いますよ。あれはタクトと言って私たちの奴隷です!」
「どれー?」
「やめろ! 教育に悪いだろ!」
「何ですか? 私はただ厳然たる事実をありのままに教えているだけです!」
「だったらもう少しは言葉を考えろよ……」
エレナとオリヴィアがタクトを余所目にライトニングジュニアと呼ばれる幼女を可愛がり始めた。
「おい、お前らまだ買い物の途中じゃなかったのか?」
「やきもちですか? 嫉妬ですか? 今は師弟水入らずの時間ですよ! タクトはどっか行っててください!」
「今から各自聞き込みの時間にしますの」
「そうかよ……」
二人のいい加減な態度に見兼ねたタクトは道の脇、細い路地の入り口にある段差にタクトが腰を下ろした。空を見上げて一息つく。エレナとオリヴィアは相変わらずジュニアと戯れている。微笑ましいと言えば微笑ましい。
「ったくあいつらときたら。このペースじゃイロハは勿論、マキナすら見つからな……」
ドンッ!
え、何だよこれ……。
その時、鈍器のような物で後頭部を強打されたタクトが気を失い倒れた。
「タクトはどこに行ったですか?」
「あら? いつの間にそんなに遠くへ?」
エレナとオリヴィアの二人が気付いた頃にはもう既にそこにタクトの姿はなかった……。
うぅ……痛てぇ……。
頭の内側から鈍い痛みが走る。タクトが目覚めると見たこともない場所に横たわっていた。四方が薄汚れた石壁に囲まれ、地面には雑草が生い茂っている。どうやら、どこかの路地裏から通ずる空き地のようだ。
「よう、やっとお目覚めときたか」
タクトが声のする方へ目を向ける。そこには積み上げられたブロック石の上で一人の男が踏ん反り返ったように座っていた。剃り込みの入ったオレンジ色の髪、黒のタンクトップ姿、耳にはピアス、見るからにガラの悪い男だ。歳はタクトと同じくらいだろうか。
「誰だお前?」
「おいおい、人に名前を聞く時はまず自分から名乗るもんだぜ?」
ん……腕が動かない!
「おっと! 手ならとっくに縛らせてもらったぜ。抵抗されると厄介だからな」
タクトは後ろで両手首をロープで固く縛られていた。
こ、こいつ……物盗りか?
「俺は櫻見奏人。お前は誰だ?」
「くっくっくっ……」
名前を告げるタクトの様子を見ていた男が不気味に笑う。
「何がおかしい!」
「てめぇバカなのか? こんな状況で正直に名乗る訳ねぇだろ?」
何なんだよ! こいつ! ……痛っ。
その時タクトの指先に鋭い痛みが走った。
これは……ガラスの破片か?
尖った何かを手に取ったタクトが男に気付かれないようにして手首を縛っているロープを切り始めた。
よし! このまま何とか時間を稼げれば……。




