第2話 異能キタコレ
「そこの三人! 何をしている!」
金髪の少女の手が輝きだした丁度その時、誰かが後ろから三人を呼び止めた。その声を聞いたのか、金髪の少女の手から輝きが消える。
目の前で起きた原因不明の発光現象に対する僅かながらの好奇心とそれに勝る安堵がタクトの心を支配した。
「チッ……邪魔が入りましたか。騎士団め」
二人の少女の後方から一人の女がこちらに向かってゆっくりと近づいて来る。年齢は二十代前半と言ったところか。銀色の長い髪、赤のラインと金のボタンが目につく白を基調とした服装。胸にはいくつかの勲章が付いている。どうやら何かの制服姿のようだ。腰には剣を所持している。どこか近寄り難い雰囲気をした女だ。
「お前たちはここで何をしている?」
銀髪の女が足を止め手を腰に当てると、その場にいる三人に向かって問う。
この機会を逃せば、頭のおかしな少女たちからどんな目に遭わせられるか分かったものではない。そう思ったタクトが助けを求めようとしたその時だった。
「た、助けてくださーい!」
金髪の少女が急に手の平を返したかのような弱々しい態度で悲鳴を上げると、銀髪の女の元へ駆け寄る。すると、すかさず青髪の少女も予め手を打っていたかのように悲鳴を上げた。
「こ、この男が私たちを無理やり路地裏に連れ込んで、あんなことやこんなことをしようとしましたの!」
二人の少女がタクトを真っ直ぐに指差す。その様子を見たタクトはただ目の前の状況に唖然としている。いや、いきなり過ぎる展開にもはや何も言えるような状況ではなかった。
「変質者です! 捕まえてください!」
それを聞いた銀髪の女が鋭い目つきでタクトを睨みつける。
「ほぉ、貴様変質者か? 女を敵に回すとはいい度胸をしているな?」
「ち、違う! 俺はそんなことしてない!」
や、やばい! ハメられた!
瞬間、タクトの頭の中が真っ白になる。
結果的にひとまず頭のおかしな少女たちから命は救われたが、何やらそれ以上にヤバい状況になってきた。
「言い訳なら後でじっくり聞いてやる。もっとも、その頃貴様は牢屋の中だがな。大変だったな。お前たちはもう行っていいぞ」
そう言われると少女たちは颯爽と細い路地へ姿を消した。その場に残されたのは銀髪の女とタクトの二人のみ。何とも言い難い不穏な空気が漂う。
「あ、あの……」
「いいからついて来い」
銀髪の女の圧力に圧倒されたタクトは言われるがまま黙って後をついて行く。これではまるで警察官に補導される高校生そのものだ。
そのまま二人は細い路地裏を抜け大通りに出た。タクトが意を決して口を開く。
「あの……俺、本当に何もやってません!」
「分かっている」
タクトの予想に反した返答を女は振り返りもせずに言った。あまりにも平然過ぎる女の態度に思わずタクト自身が聞き返す。
「え? 信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、やっていないのだろ?」
疑いが晴れたのは何よりだが、事実とは似つかわしくない現状にタクトは自らの顔を指差し、女に尋ねる。
「じゃあ、俺は?」
「私はお前を捕まえる気などない。生憎仕事柄か相手の目や体の動きを見れば、そいつが嘘をついているかどうか私には分かるのだ。そして、私はそんな自分の目に絶対の自信持っている。お前は嘘をついていない。よって私が今ここでお前を捕まえる理由はない。さっさとどこへでも行け」
無愛想を通り越し、あまりにも自分に対し無頓着な女にタクトは目を見開き、思わずツッコミを入れた。
「じゃあ、何でついて来させたんだよ!」
「特に理由はない。手錠かけた訳でもないのだ。そのうち勝手にいなくなると思ってな」
「な、なんて人だ! でも、どこかに行けって言われても今の俺には帰る場所とかないんで……」
「なら牢屋にでも泊まるつもりか?」
女の明らかに冗談としか思えない本気の発言にタクトが顔をしかめながら答える。
「いえ、お断りします。野宿の方がマシなんで」
「変わった奴だな」
不意に何かを思い出したタクトが口を開く。
「それより、さっきからすげぇ気になってたことがあるんですけど聞いていいですか?」
「悪いが年齢、体重、スリーサイズ、恋人の有無など重要な個人情報については一切話すつもりはないぞ?」
「違いますよ!」
「うむ、ならいいだろう。私に聞きたいこととはなんだ?」
「さっき金髪の子の手がいきなり光ったやつって、やっぱり魔法なんですよね?」
突然、前を歩いていた女が銀色の髪を揺らし振り返った。
「お前は何も知らないのか? 変わった奴め。魔法などこの世のどこにもある訳ないだろ」
「じゃあ、あれは……」
「異能だ」
「いのう?」
「そうだ、異能だ。人ならざる力、それが異能」
「人……ならざる力。す、すげぇ! その力ってやっぱり俺にもあったり?」
女の話を聞いてテンションの上がったタクトが自分の顔を指差し聞き返す。その様子を見た銀髪の女が呆れた顔で話を続けた。
「何だ? 本当に何も知らないのか? なら、少しばかり異能について教えてやろう。人ならざる力、異能。簡単に言ってしまえば超能力みたいなものだ。誰がいつ、どこで、なぜ、どんな能力を発現させるのか。それは未だよく分かっていない。つまり、誰しもが能力者になる可能性を秘めている。勿論、お前もその例外ではない」
「よっしゃー! キタコレー! 異世界召喚された俺にはとんでもない異能を秘めてるって訳だ!」
目を輝かせながらタクトはその場で大きくガッツポーズを決めると拳を高く掲げた。
「お前はそんなに能力者になりたいのか?」
「当たり前じゃないすか! この俺の異能が目覚めれば、世界を救う可能性だってあるんですよ!」
「ほぉ、それは頼もしいな。しかし能力者はいいものではないぞ?」
「へ?」
女の予想外の言葉にタクトは首を傾げる。
「お前のためだ。長話になるが能力者とこの国の歴史について話そう。今から約五百年ほど昔、人々が争うことなく平和に暮らしていた頃の時代だ。そんなある時、突如世界各地で超能力を持った能力者たちが現れ始めた。それが後の異能だ。異能の力に対して人の力だけでは到底太刀打ちできない。そして、異能を使えばいとも容易く人の命を奪うことができる。するとこの世界は激変した。何が起きたかは火を見るよりも明らかだろう。戦争だ。能力者たちはお互いの異能を怖れ、殺し合いを始めた。だが、一番悲惨だったのは能力を持たない非能力者たち。つまり、一般人だった。罪もない多くの人々が戦争の犠牲となった。やがて戦争が終結する。しかし、非能力者たちにとって本当の地獄はここからだった」
女の言う、地獄。それが何を指すのかはタクトもすぐに理解出来た。異能、それは簡単に言ってしまえばこの世界において人々を救うものではなかったと言うことなのだろう。
「強力な異能を持った能力者たちによって支配された世界で、能力を持たない非能力者たちは奴隷として扱われた。非能力者と言うだけで人権など無かったのだ。中には少なからず異能に目覚めて反乱を起こした者もいたようだが。この国ではそんな暗黒時代が今からつい二百年ほど前まで当たり前のように続いていた。そして、今から二百年ほど前だ。平和な世界を再び築き上げるべく、ある能力者集団が立ち上がった。彼らの名前は栄光の騎士団。彼らの血の滲むような努力によって世界には再び平穏が訪れた。それから栄光の騎士団は、平和、自由、正義の象徴とされ今も国の運営のもと日々、人々の平和を維持しているという訳だ。そして、この私はその栄光の騎士団の一員なのだ!」
長話を終えると女はタクトに向かって、これ以上にないドヤ顔をして見せた。
「いやそれ、最後の方ただの自慢じゃねぇか!」
「ふん! 驚いたか?」
「その服装を見てれば何となく察しはつきましたよ」
「これだから勘のいいガキは嫌いだ!」
「どこの錬金術師だよ!」
「まぁ、他にも複雑な事情があってな非能力者の中には能力者を良く思っていない輩も少なくないのが現状だ。しかし、私自身能力者であることに誇りを持っている」
「そう言えば、騎士団の一員ってことは能力者なんですよね? どんな異能を持ってるんですか?」
「それは重大な個人情報だ。言えん。それに能力者は無闇に自らの異能について喋ったりはしないものだ」
タクトが不満そうな顔で目の前の女を睨む。
「皮肉なものだな。能力者を嫌う者たちが今ではその能力者たちに守られていると言うのだから」
「でもそれって今の時代は平和ってことですよね? いいことじゃないすか?」
「いや、そうとも言い切れない……」
その時、タクトは見た。女の表情が事態の深刻さを物語っていたのだ。
「あの惨劇さえ無ければ……」