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第1話 召喚にはご注意を。



 ――どうしてこんなことに。



 少年は一人街角で魂の抜けたような顔をしながら路上に座り込み、青い空を流れる雲をただ眺めていた。


「夢じゃねぇよな……」


 一度深呼吸をすると、少年は再び視線を街並みに戻す。やはり、そこには見たこともない光景が広がっている。


「どうなってんだよー!」


 見るからに現代日本ではないことは一目瞭然だ。建物は石材や木材が主流。ビルや車、電車などといった近代的な物は一つも見当たらない。どうやら文明は中世ヨーロッパといったところだろうか。広い通りを多くの人々や馬車が絶え間なく行き交っている。だか、驚く事はそれだけではない。茶髪を始め、金髪や銀髪、青い髪の者から赤い髪の者まで行き交う人々の頭髪は皆様々だ。ただ不思議な事に、その中で黒髪の者は少年を除き誰一人としていない。


「やっぱりこれって……異世界召喚ってやつか!」



 少年の名前は櫻見奏人(サクラミタクト)。年齢は17歳。彼のこれまでの生い立ちについて全てを説明すれば長くなるが一言で言うなら、高校三年生にして引きこもり、人生の何もかもを投げ捨てたような人間のクズである。黒髪に上下セットの群青色をしたジャージ姿。日本人男性としては歳相応の平均的な身長。これといった特徴もない。どこにでもいるごく普通の少年だ。


 そんな彼が何故、どうして、いつからこんな場所にいるのか。それは彼自身にも分からなかった。と言うのも彼には今に至るまで経緯や出来事に関する記憶が一切ないのである。確かに数時間前までは現実世界にいたはずの彼だが、気が付くと見たこともない町の真ん中でただ一人突っ立っていたのだ。


 タクトがこの世界に来て、まず最初にとった行動は携帯電話である。彼の所持品はポケットに入っていた携帯電話と財布の二つのみ。勿論のことながら携帯電話の電波は圏外で使い物にならなかった。しかし、画面に表示されていた時刻と太陽の位置から考えて時間はどうやら現実世界と然程変わらないようだ。


 次に彼がとった行動は聞き込みである。道行く人に話しかけた所まではよかったのだが、さすがに二年間も引きこもっていただけのことはある。上手く話をすることができなかった。それでも、どうやら不思議なことに言葉は通じるようだ。


 それからタクトは勇気を振り絞り財布に入っていた現金を使って近くでやっていた果物屋で買い物を試みた。ところが日本円を拒否されてしまった。それだけではない、通貨だけでなく文字もこの世界では異なることに気付かされた。異世界なのだから当たり前と言えば当たり前の話である。


 これらのことを踏まえると、タクトは今異世界でたった一人。しかも、文字も読めず現在地も不明。おまけに一文無しである。言葉が通じることだけは不幸中の幸いだが、引きこもりでコミュニケーション能力ゼロの彼にとって、その事実が逆に自らを窮地に追い込んでしまっていた。


 そうして行き場をなくしたタクトは街角で一人。途方に暮れながら雲をただ眺めていたのだ。


「こんな事になるならもっと異世界もののRPGとかやっとくべきだったかな〜。って言うか! 折角、異世界召喚されたってのに俺ってば何のチート能力もなしかよ! 現実でも異世界でも結局変わらないんだな……俺。あ〜腹減った〜。これからどうなるんだ?」


 途方に暮れながらもゆっくりと目を閉じて考える。すると、どこからか微かに水の流れる音が聞こえた。


「水の音? こっちからだ」


 タクトは引き寄せられるように音のする方に向かって走り出した。


「この先か」


 人気のない細い路地裏の前で足を止めた。どうやら水の音の正体はこの先にあるようだ。一瞬、躊躇う素振りを見せたがタクトは細い路地を進む。


 それからしばらく路地裏を進んでいると、急に開けた空間に辿り着いた。四方を石壁に囲まれ、頭上からは柔らかな光が差し込む。その空間の真ん中で大きな噴水から流れ出る水だけが躍動し音を立てている。


「すげぇ……」


 タクトが徐に噴水へ歩み寄る。水面を覗き込むと透き通った水にはくっきりとタクトの姿が映り込んでいた。どうやら飲めそうだ。彼が両手で水を掬い上げようとしたその時である。


「遂に見つけましたよ!」


 水の音だけが響き渡っていたその空間に突如何者かの声が響く。その声を聞いたタクトが慌てて後ろを振り返った。


 そこには中学生くらいの小柄な少女が一人立っていた。金髪でショートカット、黄色のミニスカートと革のブーツを履いている。それだけではない、手にはハーフフィンガー、ぼろぼろのマントを身に纏い、頭には大きな帽子をかぶっている。まるで魔法使いがお伽話の中の世界から飛び出して来たような、そんな姿をした八重歯が特徴的な可愛らしい少女だ。さすがに杖や箒までは持っていない。


「何だ? イベント発生か? えっと、どちら様?」


「忘れたとは言わせませんよ! 私はこの時のために……」


 そこまで言いかけると言葉に詰まったのか金髪の少女がその目に涙を浮かべる。


「父の! 母の! 弟の! そして誇り高き一族みんなの仇! あなたにはここで死んでもらいます!」


 余りにも突然の出来事でタクトは状況が理解出来ない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 人違いだ! そもそも俺はこの世界に来たばっかりなんだぞ!」


「何を訳の分からないことを! 大人しくしていれば苦しまずに逝かせてあげます!」


 突如、金髪の少女が右手で顔を覆い隠すと決めポーズを取った。


「我が名はライトニングマスター! 悪しき者よ! 我が雷の前に散るがいい!」


「エレナ? こんな所で何をしてますの?」


 ポーズを取っている金髪の少女の後ろからまた一人同じくらいの歳の少女が現れた。海のように青く透き通る腰まで伸びた長い髪。空色のドレスを着ている。見るからに大人しそうな顔をした、お嬢様風のこれまた可愛らしい少女だ。


「ようやく奴らの一人を見つけました! 今いいところなんです! 邪魔しないでください! それと私の名前はライトニングマスターです!」


 金髪の少女を青い髪の少女が慣れた様子であしらうとタクトに視線を移す。


「そんな事を言われましても私にとってのエレナはエレナですわ。それにしてもエレナが探していた復讐相手と言うのは、こんな死んだ魚のような目をした者の事だったんですの? 私たちが聞いていた情報とはかなり違うように見えますわ?」


 青髪の少女がタクトを見下した目で睨みつける。明らかに年下にも関わらずタクトは目の前の少女の妙な威圧感にたじろいでしまった。


「だ、だから! 人違いだって言ってるだろうが! 俺は何もしてないし! 何も知らない!」


 タクトの言葉を聞いた青い髪の少女が不意に視線を金髪の少女に戻す。


「やっぱり人違いじゃありませんの?」


「いや、情報の方が間違っていたのかも! だって、どう見ても怪しいじゃないですか! 見た事もない格好ですし、それに黒髪なんて普通じゃありませんよ!」


「確かに黒い髪は珍しいですの。でも怪しいからと言って即罰すると言うのは良くないですわ」


「疑わしきは罰するです!」


「それを言うなら疑わしきは罰せずですの。はぁ、エレナがそこまで言うのなら私がどうこうできる問題ではありませんわ。こんな街中で……死体を処理する人たちが可哀想ですの」


 その言葉を聞いた瞬間、タクトの背筋が凍る。


「おい! お前ら何なんだよ! 知らないって言ってんだろ! 異世界召喚されてまだ数時間しか経ってないってのに殺されんのかよ……」


 無慈悲な眼差しで見つめながら金髪の少女がタクトに問いかける。


「最後に言い残すことは?」


「いい加減にしろよお前ら!」


「我々一族への謝罪の言葉は?」


「だから知らないって言ってるだろ!」


 タクトの返答に金髪の少女の表情が曇る。


「…………死ね」


 そう一言だけ呟くと金髪の少女はタクトに向かって両手を伸ばす。次の瞬間、少女の両手が稲妻のように輝きだした。


「おい、嘘だろ……」



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