ラスト悪ガキ
数十年前のこと。
私は親友二人と一緒に平屋の屋根に登っていた。
手には無数の武器弾薬。
そして、目の前には塀に囲まれた豪邸が見える。
ターゲットとなる悪の枢軸に襲撃をかけるため、友人宅の屋根伝いで此処まで移動して居たのである。
”
事の起こりは数日前。
近所にあった駄菓子屋での友人の一言だった。
「――アイツ生意気だから〆ようぜ」
その当時駄菓子屋と言う物は子供達の憩いの場であり、開かれた社交場でもあった。
社交場である以上、当然ソコにはルールという物が存在する。
不文律ではあるが、『他のグループには干渉しない、チクらない、こずかいをひけらかせない』などが合った。
これは今考えれば今の数倍人数が多い子供同士でトラブルを起こさない為の知恵だったのだろう。
そのルールの中でも小遣いをひけらかせる事は最大の悪とされていた。
そのような中、金持ちの屋敷に住むガキは事もあろうにゲーセンの機体の上に100円玉を山と積み上げたのである。
その数ざっと20枚。
金額にして2000円、自分の小遣い4ヶ月分以上の大金を。
――そして、人気の機体を独占し始めたのである。
親の経済力がモロに反映される小遣い。それをこれ見よがしに見せつけ、札束で頬をはり倒すような事をしよう物なら闇討ちカツ上げされても仕方なし。
さらにソイツは塾に通い成績を上げ先生から少々の素行の悪さは黙認されることを自覚して居たのであろう、見つかれば即補導される駄菓子屋で周りを気にすることなく堂々と遊び続けていた。
これには眉をひそめる周りの悪ガキ達。
駄菓子屋に不穏な空気が漂いはじめる。
「だねぇ……」
「やるか…」
反対する意見は出るはずもなく、自分も親友に短く返事を返す。
そして足早に友人宅に戻ると襲撃の作戦会議が開催される事となった。
悪ガキ3人である。 どいつもこいつも悪い頭をつき合わせ「あ~でもないこ~でも無い」と攻撃計画を練ること半日がかりでプランが練りあがり、そして必要となる物資の調達。
爆竹、月旅行という最安値ロケット花火に弾頭となる癇癪玉……、ざっと一月分の小遣いを叩いたでしょうか?
そして北朝鮮のミサイル開発のように国家財政を傾けてまで購入した資材で襲撃用の武器(兵器?)を作ること数日。
かくして万全の体制でXデイは来たのである。
”
標的までの距離は数十メートル。
(ランチャー射程距離ギリギリだなぁ)
ソンなことを考えながら隣をみると体力バカである親友の足下には投石用の石が山と積まれている。
どうやら屋敷への攻撃は投石で十分事足りるらしい。
もう一人の親友も、投石で事足りるらしく石を同じように集めていた。
山のような石を見て、細腕の投石もできぬ体力の劣る我が身を嘆いてもどうにも成るわけでない。
――だが、そのために自分の手元には文明の利器であるロケットランチャーならぬ10連装ロケット花火ランチャー、そして近接兵器として爆竹、さらには壁越しに攻撃できるように、かんしゃく玉を弾頭としたロケット弾まで用意しておいた訳である。
ISも真っ青な見事な武装体制である。
「懲罰を与える!」
親友が叫ぶと攻撃開始されました。
ライターで手持ちの兵器に素早く点火すると、照準を家に合わせ尽きるまで連続射出。
友人は石が尽きるまで投石で悪の枢軸に懲罰を与えています。
屋敷に吸い込まれてゆく無数のかせんに石つぶて。
そして、花火の爆音と石の当たる鈍い音。
続いて巻き起こる、悲痛な犬の鳴き声と家主の怒号。
「おまえ等何やっとるんじゃ!」
そして阿修羅の形相で飛び出してくる家の親父。
真っ赤な顔で倶風を巻いてコチラへと向かってきます。
振り返ることなく、ただ真っ直ぐに。
……だが自分らが居る隣家の屋根の上です。 3メートルはあろうかと言う高い塀に囲まれた屋敷からは遠回りしないと犬も家主もダイレクトに近寄ることは出来ません。
なのに親父は一直線に向かってきます。
(我が計画に狂い無し!)
ニヤリとする自分たち、――こちらの作戦勝ちです。
足下で悔しがる家主の男。
「おまえ等降りてこいや!」
降りろと言われて、降りるバカは居ません。
親友達と顔を見合わせ苦笑いです。
(こいつバカだな~っと)思いつつ。
そして3人頷くと撤収開始です。
(グルット高い壁に囲まれた家に住む不幸を呪え、はっはっはっ!)
と足下にきても何も出来ない住人を心でほくそ笑みながら自分達は屋根瓦を踏みしめ屋根づたいに悠々撤収。
「待てや。おまえ等ドコのくそがきか! 学校と名前言えや……」
家主がお決まりの捨てぜりふを吐くが勿論聞く奴はだれも居ません。
親や先生の言うことを聞かないから悪ガキであって聞く子は悪ガキになりません。
まるで時代劇の鼠小僧……否。 キャッツアイのような華麗な逃走劇です。
”
そして興奮さめやらるまま親友宅に戻り、ささやかな反省会。
FCゲーム片手にビールならぬ、30円の粉ジュースで先ほどの成果を語り合います。
口裏合わせも含め、家主の間抜けな行動を肴にまず一杯。
「くろねこ。アイツバカだよな~」
「だねぇ~」
「回り込んできたら良かったのになぁ」
カーテン隙間越しに猟犬のように犯人を捜す家主を横目に「うんうん」と親友の意見に相づちを打つ。
「でもさ、梯子持ってきたらヤバかったんじゃ?」
もう一人の親友がポツリ呟くと、友人がFCソフト(三国志)を指して言いました。
「そんときは、梯子を蹴り倒して『上屋抽梯』だろ?」
「なるほどねぇ~」
「うまい」
これには3人大爆笑。
本来の意味は梯子を外して自分たちが逃げれなくすると言う意味ですが、友人は『家主があがる梯子を蹴り倒してしまえ』と言う作戦のようでした。
――さすが体力バカです。
そして、それを信じる悪ガキ二人。
バカのてんこ盛りです。
数時間たち、執拗に自分達を探し回っていた家主も流石にあきらめたのでしょう。
ゲームが終わる深夜には居なくなっていました。
そしてめいめい帰宅。
こうして、自分達に間違った格言の引き出しが増えた一日となったのであった。(ついでに莫大な戦費で暫く小遣いなし地獄も…)
本来の上屋抽梯の意味を知ったのは数年後。
三国志のマンガを読んでからでした。
家主にとっては「バカヤロウ」と言いたくなるような事であろうが、世の中の理不尽に義憤を覚え、何か変えたいと行動したくなるのもこの時期では無いでしょうか?
下見をし、作戦を考え、必要な物を購入して作成し実行に移したのは今でも良い思い出となっています。
――後、戦争は莫大な戦費が掛かるということも身にしみた教訓となりました。
ただ困ったことに今でも梯子を見ると梯子を外す策を思い出します。
間違った「梯子を昇る敵は梯子を蹴り倒して落とせ」と言う意味と共に。