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50 裸ん坊の眠り姫



 その時、僕の視線の先には素っ裸の美女が横たわっていた。

 その美女の名は、カミーラ・アリス・ルイーズという。

 彼女は、ゲームであるXXXサンペケにも主要キャラの一人として登場する悲運の王女である。


 つい先程、彼女はエルエルの超絶ネコパンチを食らって派手に吹っ飛ばされたのだった。

 そしてその衝撃によるものなのか、彼女は無防備に裸体をさらけ出したまま気絶している。


 幸い命に別状はないはずだ。

 彼女が身に着けた神器――エクス・クロスと同じ効果を持つそれによって、一度だけなら致命のダメージから逃れられることができるからだった。


「良かったよほんとに。ゲームと同じようにカミーラが神器を身に着けてくれていて」


 僕とカミーラ、その双方に危機が迫っていたあの状況で、僕が間一髪エルエルに「Go」を命じられたのは、彼女が神器を身に着けていると告白してくれたからだった。

 彼女が死ぬことはない――それが分かったからこそ、僕はヤンデレモードのエルエルを解き放つことができたのだ。


「……ふむ。しっかし神器完全破壊後のキャラの挙動については検証の必要があるな」


 数メートル先にいる全裸の美女を視界の端に入れながら、僕はそう呟く。

 先程の僕。そして現在のカミーラ。

 エクス・クロスが破壊されたと同時に無防備な姿で気絶してしまったことについて、僕は真剣に考えなければならない。


 決してゲームではないけれど、ゲームっぽい挙動を見せるこの世界。

 システムという名の世界の真理を把握しておかなければ、生きていくことは難しい。


 XXXサンペケというゲームにおいて、エクス・クロスが完全に破壊されたキャラについては、その後に二つの道が用意されていた。

 まず、どちらも素っ裸になることまでは変わらない。

 違いがあるのは神器が破壊されると同時に、意識を喪失するかしないかだ。


 イベントバトルで主人公に敗北したヒロイン達は、気絶してしまう者もいれば、そうでない者もいる。その差についての明確な理由は作中にて説明されていない。

 ゲームプレイヤー達も、特にその辺の事情にツッコミをいれる奴はいなかった。

 それは単に、シナリオライターが書くその後のHイベントの流れに左右されるものだと思っていたからだ。

 

 気絶したまま主人公に身体中をまさぐられるヒロイン。

 気絶せずに抵抗を試みるが、結局主人公に身体中をまさぐられるヒロイン。

 意識はあるけど抵抗する程の力が残ってないヒロインも身体中をチョメチョメされるし、最初は気絶しててチョメチョメされてたけど、途中で起きてチョメチョメされてることに気付いて抵抗するけど、チョメチョメされ続けているうちにまた気を失って、結局最後までチョメチョメをチョメチョメされ続けるヒロインもいる。


 世の男共の欲望を満たすために、彼女達は実に様々な状態で辱めを受けるのだ。

 まあ、僕は18禁バージョンをやったことがないから、チョメチョメが具体的にどういうものなのかは知らない。

 とにかく、イベントバトルで敗北したヒロイン達は、気絶したり、しなかったりするのだ。


 しかし、主人公の仲間となった後のヒロイン達は、バトルパートでエクス・クロスを完全破壊されたとしても、基本的に気絶するようなことはなくなる。

 原則として「もうだめ! 後はアンタに任せたから!」などというセリフを残して戦場マップから撤退するというパターンに固定されるのだ。

 

 XXXサンペケはシビアな難易度を誇るゲームではあるが、実はバトルパートでの死亡キャラロストというものは基本的に無い。

 仲間キャラが戦闘不能になっても、露わになった胸やお尻を隠しながら戦場を去っていくという演出が出るだけで、取り返しのつかない事態に陥ることは少ないのだ。

 それに一応、特殊なアイテムやスキルを使用することで戦場に復帰することも可能となっている。


 そんな中、主人公のエクス・クロスが完全破壊された時だけは話が違う。

 彼に残された道は気絶だけだった。エクス・クロスの“HP”ともいえる“神力”がゼロになった瞬間、彼は気絶状態に陥る。

 致命のダメージに対して一度は耐えるといっても、その後戦場の真っただ中で気絶してしまえば、それは死と同義だと言えた。


 ゲーム内では、気絶状態のキャラが一発でも攻撃を受ければ死んでしまうという仕様になっている。

 主人公の死――それはつまりゲームオーバーを意味していた。


 幾人かの仲間キャラを戦場から撤退させることになろうとも、それは避けなければならない事態である。

 XXXサンペケのバトルパートにおける主人公は、チェスでいうところのキング、将棋でいうところの王将という位置づけがなされているのだ。


 時に他のキャラを犠牲にしなければ勝つことができないというギリギリのゲームバランスは、もしかしたらXXXサンペケというゲームが一代ムーブメントを起こした最大の要因なのかもしれない。


「ゲームであればセーブデータをロードすればいいだけだ。でも、残念ながらこの世界はゲームであってゲームじゃない」


 幸いと言っていいのか分からないが、僕に“主人公補正”は付いていない……と思う。

 この世界の主人公は別にいるのだから、それはある意味当然のことだろう。

 だからこそ、僕にはエクス・クロスが破壊された際に必ず気絶するという仕様が適用されていないようだった。

 これまで何度かエクス・クロスを砕かれることはあったけれど、おぼろげな記憶によれば気絶せずに済んだことの方が多いくらいだ。


「でも、検証は必須だ。一度でも危機的状況下で素っ裸のまま気絶しちまえば簡単に死んじゃう。せっかくダブルクロスっていうレア能力を持っているのに、一個でもエクス・クロスを破壊されたら気絶ってんじゃ、それを生かすこともできないもんな」


 自分の死という切実な事柄に身震いしながら、僕は地面に落ちていた十字架を拾い上げる。

 幸いなことに、エルエルに砕かれたエクス・クロスは【黒槍霊樹ミストルティン】だけだ。


 僕は淡く光り輝く十字架を握りしめたまま、小さく「神器開放」と呟く。

 瞬間、光が辺りを照らし、そして僕の身体に【逢愛勇弐アイラブユートゥー】が装着された。


「さて、そんでカミーラをどうにかしなきゃな」


 エクス・クロスの装着を終えた僕は、視線の先に横たわる彼女に近づく。

 するとエルエルが僕の隣にピッタリとくっついてきた。


「にーちゃ、ゆだんするな」


「大丈夫だよ、エルエル。ほら、僕はもうエクス・クロスを身に着けてるだろ。矢で射られたくらいじゃ死なないさ」


 そう言って僕はエルエルをなだめる。

 彼女の頭を優しく撫でてやると、先程までのヤンデレオーラが少しずつ消えていった。

 ハイライト少な目だった瞳にも、今は冷静さが戻ってきているように見える。


 それでも、カミーラを起こす前に、まずはエルエルを説得する必要があるようだ。

 僕は必死に、そして時間をかけて、この子猫のご機嫌を整えることにしたのだった。




「僕が見たくてたまらなかった光景の一つが、今ここにあるわけだ」


 エルエルの説得も済ませた後で、僕は横たわるカミーラを見下ろす。

 肉付きの少ないスレンダー(というより貧相)な身体は、まるで少女のそれである。


 しかし僕は、彼女が立派な大人の女性であることを知っている。

 設定上の彼女の年齢は21歳。美女と美少女を分けるファクターが年齢だけにあるとすれば、カミーラ・アリス・ルイーズはおそらく美女にカテゴリーされる存在なのだ。


「パソコンのディスプレイ越しじゃなくて、本物の女の子の裸……」


 仰向けになって倒れているため、カミーラの胸の左右に存在する桜色の突起が露わになっていた。

 内心では悪いと思いながらも、僕はゲームでは決して見ることが叶わなかった乙女の乳首を凝視する。

 うっすらピンクに色づくそれは、ぷっくり尖るようにして自己の存在を主張していた。

 

「5……4……3……」


「なんだ、にーちゃ? なんの“かうんとだうん”だ?」


 僕はエルエルの言葉に耳を貸さず、そしてカミーラのピンク乳首から目を離さないままに、魔法鞄マジックバッグの口に手を突っ込んだ。


「2……1……」


 ゼロ、という言葉と同時に魔法鞄から手を引き抜く。

 鞄の中から大きなパイル地のタオルを取り出し、それをカミーラの身体の上にかぶせてやった。

 そうして僕は、彼女の乳首にサヨナラを告げたのだ。


「名残惜しい……けど、これが僕のルール」


 5秒ルール。エロゲの世界という無法の荒野において守るべき絶対遵守の掟。

 僕は、自身の中に潜む欲望と倫理観を天秤にかけた末に『5秒までなら女の子の裸を見つめていい』という自分ルールを設けていた。

 

 XXXサンペケとは、本来おバカでどエロなゲームである。

 エロゲであるXXXサンペケでは、女の子が目の前で裸になれば、その後にやることなど一つしかなかった。

 すなわち“H”する。これだけだ。


 この世界の元となったエロゲの趣旨からすれば、僕には彼女のオッパイを揉むくらいの権利が存在していたかもしれない。

 ただし一度でもその選択をすれば、僕は堕落の一途を辿ることになるだろう。

 健康優良童貞男子が、たった一度でも女の子の柔肌を経験してしまえば、後はおぼれるようにその行為にのみ執着するようになると聞いている。

 とある週刊誌の童貞特集号にそう書かれていたから間違いない。


 5秒ルールとは、その堕落から自分自身を守るために作られた掟だった。

 明文化されているわけでもない。自分が自分を律するためだけに生まれた自分だけの法。それが今も、僕自身の正義を守り続けてくれている。


「……でも、あとちょっとだけ見てもいいよね。……二秒。そう、あと二秒だけ!」


「やっぱりそいつは、エルエルからにーちゃをうばうてき……か」


 気付くと、かぶせたタオルの端っこを握る僕を、エルエルが闇堕ち一歩手前な目で見つめていた。

 やばい。僕が命の危機を脱したことで、エルエルも一度は冷静になったはずなのに、それが水の泡になってしまう。

 カミーラは決して悪くないということを、必死になって説得したことが全て無駄になってしまうじゃないか。


「ちがう、ちがう! 敵じゃない! この娘は敵じゃないから!」


「でもにーちゃはいま、はーれむをつくろうとする目をしてた。そいつはやっぱり、エルエルからにーちゃをうばおうとするてきのような気がする」


「ちがう! ちがうよ、エルエル! 僕はハーレムなんか作る気ないから!」


「ほんとか?」


「ほんと、ほんと。だからこの娘の命を狙わないように。……えっと、それとだな。その……あー、僕は簡単に人を殺すとか言う子は好きじゃない」


 少しだけ言いよどみながらも、僕はまっすぐエルエルの瞳を見つめながらそう言う。

 すると彼女は、今にも泣きだしそうな顔になった。


「……わかった。エルエル、もうそんなこと言わない。だからにーちゃ、エルエルをきらいにならないで……」


 そう言い終わった後で、エルエルはうつむく。

 そしてうつむいた姿勢のままで、彼女は僕に近づいてきた。


 彼女が僕の方に両手を伸ばす。

 エルエルは、遠慮がちに僕の上着の袖を握った。

 母親にきつく叱られた幼児が、それでもなお母親を求めるように……彼女は僕に縋りついてくる。

 そんな彼女の小さな頭を、僕はできうる限りの優しさをもって撫でた。

 

「エルエル。さっきは本当にありがとう。エルエルが必死になって僕を守ろうとしてくれたことは分かってるから。そのことについては、ほんと……すごく感謝してる」


 僕の言葉に、エルエルの頭上にある猫耳がピクピクと激しく動く。おしりにある尻尾もピンと立っていた。

 彼女の顔を見ると、まだ全てに納得はしていないようではあったが、その頬は確実に緩んでいる。少しはご機嫌を直してくれたみたいだった。

 

 こちらが何の気なしに放った言葉でも、彼女は簡単に傷ついたり笑ったりする――というか、僕が何も言わなくても、エルエルは勝手に気分を乱高下させたりするのだ。

 女心と秋の空――いや、女心は猫の眼というべきか。

 移ろいやすい子猫ちゃんの乙女心。すでにエルエルの瞳から、ヤンデレチックな闇はきれいに消えていた。

今ならカミーラを起こしても問題ないだろう、と僕は思う。


「さて、そろそろカミーラを起こさないとな。こんな場所にほっぽって帰っちゃう訳にはいかないし」


 色々と悶着はあったものの、そうして僕は裸ん坊の眠り姫を起こすことにしたのだった。




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