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5 神器解放

 XXXは、「エックス・エクス・クロス」であったり、ゲームの通称としての「サンペケ」であったりするのですが、ルビをふらないと自分でも「バツバツバツ」と読んでいて、ぞっとします。

「ウウッ、グスッ……ヒック、ヴヴヴゥ……」


 最低だ。十八にもなってこんな風に人前で泣くなんて。

 それも美少女の前でだぞ。まあ自称アイドルの痛い娘ではあるけど。


「ね~ね~、秋人クン☆ アリーシャちゃんファンクラブの会員証を作ってみたんだけど、どうかなぁ♪ エヘヘ❤」


 さすがアリーシャちゃんはアイドルだ。その精神構造は、凡人とは一味違うらしい。

 普通、ここまで凹んでいる人間に対して、あんな風に脳天気に話しかけられるであろうか。アリーシャちゃん、まじパネェ。まじウゼェ。


 僕の心は、一方ではこみ上げる殺意を覚えながら、もう一方では冷静な分析を開始する。

 自称アイドルアリーシャちゃんの正体は、このゲーム世界における神樹の女神アリーシャなのだ。

 ゲームの中では結構な強キャラだった彼女だし、仮にそうでなくとも、この世界における唯一の繋がりを、そう簡単に捨てていいはずがない。


「グスッ……」


 結局、僕は彼女に助けを乞うしかないのだ。

 こみ上げる涙を拭い、僕はアリーシャちゃんに向き直る。


「わ、ひどい顔☆ ティッシュ使う?」


「うん。ありがと」


 基本的には元の世界における中近世風の時代設定がなされている『XXXサンペケ』の世界だが、なぜかティシュが普通に存在したりする。

 このアリーシャちゃんというキャラの言動も、これが正しくゲームであった頃から、ある意味で世界観をぶち壊すような代物ばかりなのだ。


 そして、それはゲームが現実となってしまった今も、正確に再現されているようだった。

 いったいこのゲームのシナリオライターは、どんな気持ちでこの世界観を作り上げたのだろう。


 しかし、今更そんなことを考えてもしょうがないことだ。だって『XXXサンペケ』は、お馬鹿なエロエロゲーなのだ。

 それを忠実に再現したこの世界は、まさに混沌渦巻く修羅の世界なのだ。

 僕の中にある常識は、もはや一切通じることがないのであろう。


 あ、そう思ったらまた泣けてきた。

 グスグスッ、チーーーン!


「うんうん、ちゃんとチーンできたね☆ エライぞ❤ ティシュはまだあるから、遠慮せずに使ってね♪」


 やめろ。心細さマックスになっている今の僕に、母性あふれるセリフは特攻三倍だ。

 下手をすると、一発で惚れてしまう。というか、もう半分堕ちている。

 くそっ! この小悪魔系アイドルめ。……いや、女神だったっけか。


 この自称アイドルは、普段は完全なアホの子のくせに、これがゲームであった頃から、たまにこういった面倒見の良い一面を覗かせることがあった。

 そのギャップにやられた奴らは、結構な数で存在する。

 彼らは『アリーシャちゃん親衛隊』みたいな名前の、非公式ファンクラブを作っていた。


 つまりアリーシャちゃんは、時空を超えてまさしく彼らのアイドルとなっていたのだ。

 そう考えるとスゲーなコイツ、駄女神のくせに。


 ただその親衛隊は、あまりネット掲示板上でのお行儀がよろしくなかった。

 そのため、アリーシャちゃんというキャラまでを巻き添えにして、『XXXサンペケ』の世界の鼻つまみ者になったというオチが存在している。

 そこら辺は、さすが駄女神だと思う。信者もダメ野郎の集まりだったのだ。


 今となってはこのキャラは、ネット掲示板のXXXサンペケ板でのオモチャとなっている。

 このキャラを「アリーシャ」と呼び捨てにする書き込みがあった時だけ、「アリーシャちゃん」だろが! というツッコミが入るだけの、完全なる“ネタキャラ”と化しているのだった。


 いちおう今の僕も、このアリーシャというキャラだけは、軽々しく呼び捨てにすることに抵抗を感じることがある。腹立つことさえ言われなきゃ、ね。


 ……はぁ。まさしく閑話休題、だ。


「んで、会員証がなんだって?」


 やっと涙とバイバイし、僕は再度アリーシャちゃんに向き直った。

 そして彼女の手に握られた物を見て、思わず絶句する。


「うんうん☆ コレ、会員番号No.1の会員証だよっ❤」


 彼女が差し出してきた物。それは小さな十字架の形をしていた。


「かっ、会員証って、これ!」


「う~ん、他に適当な物がなかったしね~♪ せっかくのNo.1だから、ちょっと特別製なんだゾ❤ キャハッ☆」


 十字架――それは白銀を思わせる金属で出来ており、それ自体が仄かに光を放っている。

 精緻な装飾が刻まれたそれを、僕は何度も見たことがあった。

 ゲーム画面の中で、設定資料集の中で、ウェブ画像の中で……。


 未知なる存在を意味するXに、過激さと極限を示すEX-treme、そして十字架のCross。

 つまりは、十字架を模して作られた人智を超えた究極の秘宝。



 ――神器『エックス・エクス・クロス』――



 白銀に輝く十字架の真ん中に、マジックのようなもので「No.1」と書かれていたのが、その神器が放つ神秘性を台無しにしていたけど……。

 間違いなくこれは、僕がこの世界を生き抜くための大きな力になるはずだった。


「これね、襟の部分で留められるようになってるから☆ えっと、んしょ……」


 アリーシャちゃんは、そう言って僕の学生服の襟にソレを付けてくれる。

 母校の襟章が付いていた部分に、その小さな十字架はぴたりと収まった。

 ……ちなみに元々付いていた僕の襟章は、卒業式後に欲しいという人がいたのであげてしまっていた。


「すっげぇ! ちょ、マジで!?」


 おそらく僕は、これまでの人生の中で一番興奮している。

 よもや実際にXXXエックス・エクス・クロスを身に着ける日がくるなんて。

 ライダーベルトをプレゼントされた五歳児よりも、僕は今喜びを爆発させているはずだ。


「うんうん、似合ってるよ❤」


「さっそく『神器解放じんぎかいほう』してみてもいいでしょうか?」


 僕がそう尋ねると、彼女は笑顔で頷く。

 ヤバい、思わず敬語になってしまった。さっきからアリーシャちゃん株が爆上げだ。毎秒ストップ高になっている。


 神器解放――それは十字架形態をとっていたXXXエックス・エクス・クロスの真の姿を解放することだ。

 剣、槍、斧、弓、鎧、マント、魔導衣、ドレス……e.t.c.

 真の姿には、様々な武具の中から攻・防一つずつが設定されている。


 そしてそれらの武具は特殊な能力を秘めていた。

 その異能は、時に敵を討ち、そして時に持ち主を守るのだ。


 圧倒的なダメージを受けると、その真の姿は破壊され、一時的に十字架形態に戻ってしまう。

 しかしゲームの設定上、どんなに物凄い一撃を受けても、必ず一度だけはそれを相殺し、持ち主の命を守るというXXXエックス・エクス・クロス


 たぶんこの設定は『衣服破壊』というサービスシーンを演出するためというより、主人公が美少女キャラに向かって全力攻撃できるようにするための“ある種の言い訳”として考え出されたものだったのではないだろうか?


 いずれにしても、その設定のおかげで、僕が命を落とす確率はこれでグッと減る。

 武具に宿るスキルとか魔法よりも、そのセーフティ機能こそが何よりも心強く感じられた。


 さあ、ごちゃごちゃとした御託はここまでだ。

 僕は、ゲーム内で繰り広げられた主人公たちの神器装着シーンを思い出す。

 そしてそれに少しだけ気恥ずかしさを覚えながらも、僕は叫んだ。



「――神器解放!!――」



 瞬間、まっ白な光が僕を包んだ――。



 そのうち適当な理由をつけて、神器については「エクス・クロス」という呼び名で良いようにしたいと想います。

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