3 エックス・エクス・クロスというゲーム
はやく衣服破壊シーンを描けると良いのですが……
◇ ◇ ◇
「もーっ! なんかエッチな視線を感じるとは思ってたけど、パンツしか見てなかったってどーゆーことっ!」
「はあ、すいませんマジで。大人気アイドルのパンチラっていうか、ここまでパンモロなのを観察し続けていられるのなんて、人生でまたとない機会だと思ったものですから」
僕はそう言って謝る。
目の前で憤る“アイドル”に向けて、だ。
するとそのアイドルは、気色の悪いクネクネとした動きを見せながら、大げさに照れてみせる。
「え~、も~、大人気ってエヘヘ。そんなこと言われちゃったら~、アリーシャちゃん怒れなくなっちゃう❤」
目の前のアイドル。光り輝く大樹の中から現れた、その美少女の正体を僕は知っている。
彼女の名前は『神樹の女神 アリーシャ』。
ゲームであるエックス・エクス・クロスの、登場人物の一人だ。
神樹アルシャナの化身にして、創造と慈愛を司る美しき女神。
その理由についてゲーム内では描かれることがなかったが、彼女は異常なまでに“アイドル”という存在になることに憧れている。
このアリーシャという美少女女神は、ゲームの主人公が彼女を仲間にするイベントで、『アイドルってのは枕営業もこなせないとダメなんだぜ』とか言われただけで、簡単にその身体を委ねるくらいのダメっ娘ぶりを見せていた。
「しょーがない☆ アリーシャちゃんのパンツなんて、お宝もいいところだもんねっ♪ 今回だけは特別に、ゆるしちゃうんだからっ❤」
一人で異様な盛り上がりを見せるアイドル駄女神の前で、僕は必死に自らの身に起こった事態について考えていた。
(これはアレか? まじで異世界……っていうか、ゲームの世界に転移しちまったってことか? そんな妄想はしたことはあっても、それが実際に起こるとなると――)
――そう簡単には信じられない。というか信じたくない。
これが僕の夢でも妄想でもなく、はたまた心の病の産物でもなく、本当に実際の出来事だとしたら――
(――ちょっとピンチってレベルじゃねぇぞ!)
しかし、その残酷な仮説を裏付けるように、僕の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
(もしかして、さっき大樹を見た時の既視感って……)
僕は目の前の大樹をじっくり目に焼き付けてから、自分の頭の中の記憶野にアクセスする。
間違いない。これは『神樹アルシャナ』だ。
そりゃあ既視感も感じるはずだ。だって僕はテレビ画面(R15版は家庭用ゲーム機)越しに、この樹を何度も見ていたのだから。
(ああ、僕死んじゃうのかも)
異世界転移。そんな出来事を描く小説などには少し憧れてもいたし、しかもそれが自分の大好きな『XXX』の世界であることには、正直なところ少しだけ嬉しさも感じる。
しかしそれを手放しで喜べるほど、僕は無垢な人間じゃない。
当然のように主人公が活躍し、元の世界に戻る方法が存在して、そこに至るまでもキャッキャウフフな展開があったりする。
そんなハッピーエンドまでが確実に約束されているならいい。けど――
――この『エックス・エクス・クロス』というゲームは、そんなに甘い世界を描いたものではない。
このゲームの根幹を成すのは“美少女の衣服を破壊してエッチな展開に持ち込む”というバカバカしいものではある。
しかし、それに付随するストーリーは、人と魔の戦い、国家間の謀略、宗教戦争などなどといったシリアスな物を多分に含んでいた。
そして戦略戦術戦闘パートについては、ストーリー以上の奥深さを演出している。
数えきれない程の魔法やスキル、そして計略やら外交・内政コマンドが存在し、その難易度は折り紙つきだ。
主人公が持つ特異なエックス・エクス・クロスは非常に強力な神器ではあったが、その主人公自身は、あくまで“ただの実力者”として描かれており、わりと簡単に命を落とす。
数十回から、下手すれば数百回のゲームオーバーを覚悟しないとクリアは難しい。
それでも途中で投げ出す人間が少なかったというのは、このゲームがいかに優れていたかという一つの証拠となるのであろう。
人によっては「脱衣部分はオマケ。奥深いストーリーとバトルにこそ、このゲームの価値がある。泣けるし、燃える神展開があって、それでオマケとしての萌えがある」と評するくらいだった。
話が少しそれてしまった。
けど、僕が何を言いたいのかといえば、だ。
このゲームが現実となった場合、主人公は決して無敵で無双なチートキャラにはなれない、ということだ。
このゲームでご都合主義が発揮されるのは、あくまでエッチなパートだけに限られてくる。操作可能な戦闘パートは、プレイヤーの腕一本にかかってくるのだ。
普通の人である僕が、はたしてこの世界で生き残れるのだろうか。
(しかも何より心配なのが……)
ここに至って僕の心臓はドクンと跳ね上がる。
かなり絶望的な一つの事実と直面しなければならなかったからだ。
このゲーム、『エックス・エクス・クロス』のストーリーの始まりはこうだ。
――とある騎士の子として生まれたあなたは、ある日その家に伝わる一つの神器を受け継ぐこととなる。
それは『エックス・エクス・クロス』という名の神器の内の一つ。蒼い輝きを放つ、精霊銀で出来た十字架の付いた首飾りだ。
あなたが思い描く覇道を成すために、それは大いなる手助けとなるだろう。
そしてあなたは、まだ見ぬ仲間と冒険を夢見ながら、一路王都を目指した――
ダメだ……ダメだ、ダメだ、ダメだ。
僕はゲームの設定を必死に思い返してから絶望する。
このゲームの主人公は、由緒正しき騎士の家に生まれており、決して異世界からの転移者などではない。おまけにいえば転生者でもないのだ。
その他どんなに細かい設定を掘り返しても、このゲームに異世界転移の要素は皆無だった。
ゲーム内には、セーラー服やスクール水着を着たキャラがいたりと、現代日本を思わせるような文化が見え隠れすることはあるのだけれど、そこに異世界転移の影はない。
分かりやすく言うと、この世界に現代日本的アイテムや風習が存在しても、そこになぜそんな物が存在するのかといったことに関して、明確な理由付けは存在していないのだ。
例えば、セーラー服キャラがいても、それが実は異世界から来た女子高生(っていうか女子校生)であったりという設定とか、そこに住む全員がスク水を身に付けた幼女という種族の村があっても、その村を作ったのが実は日本からの異世界転移者であったりという設定だとか、そういった公式設定は存在していないのだ。
ゲームの主人公は元々この世界の住人である設定だし、他にも異世界転移者の存在を匂わせる設定なんてものはない。
つまりそれは、このゲームが原作設定を忠実に再現していた場合、世界間転移の術が存在しないという可能性が大きいことを示しているのだ。
ちなみに、こういった部分について、設定の作りこみが浅いと言う人間もいたのだが、それに対して制作会社は「二次創作の自由度を上げるために、あえて設定していません」といったコメントを出している。
「設定しとけよ! クソがっ!!」
思わず汚い言葉が出てしまった。
「わひゃっ!? なになに? いきなり大声出されたら、アリーシャちゃんビックリしちゃうかも☆」
いまだに僕の頭上でプカプカ浮いているウザキャラアイドル女神を、どうやら驚かせてしまったようだ。ゴメン。
僕は途方に暮れながら空を見上げる。
生い茂る樹々の枝に切り取られ、その空はとても小さなものでしかなかったのだけれど。
視界の端に映る縞々パンツを見て、僕は少しだけ元気になった――。
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