22 シリアス・プロブレム
新展開突入いたしました。
これからもご愛読よろしくお願いいたします。
僕は今、アダールの街を離れている。
イライザから与えられた課題の一つである「商人護衛クエスト」を遂行中なのだ。
行き先は『王都アラゴニア』だ。そこはアラゴン王国の首都である。
もちろんXXX本編にも登場する一大都市であり、ゲーム中ではその街で起こるイベントも用意されていた。
ただしそれはゲーム主人公が騎士団に入団した後の、それに関連するイベントであるため、今の僕には関係ないだろう。
アダールの街と王都アラゴニアは、街道で繋がれている。
道は「神樹の森」を迂回するようにして敷かれており、その道程はだいたい片道三日程度とのことだった。
「よう、ルーキー。調子はどうだい?」
商品が積まれた馬車の後方を歩く僕に、一人の冒険者がそう尋ねてくる。
歳はおそらく三十前後、無精髭を生やした剣士風の男。彼の名前は……ええと……カイル、だったっけ?
「いやー調子なんて言われても……護衛なんて初めての任務ですから、先輩方に迷惑かけないように必死ですよ」
とりあえず、僕は無難にそう返しておく。
いかんな。仕事前の自己紹介は済ませているのに、名前を失念するなど失礼極まりない。
ゲーム中に登場したキャラ等については、ほぼ完璧に頭に入っているのだけれど、それとは逆に、この世界で新しく仕入れることとなった知識にはしばしば欠けが生じる。
なぜなら、憶えなくてはならない事柄が多すぎるのだ。
「任務……ねぇ。しゃべりも堅っ苦しいし……アレか? お前さんはどっかで騎士見習いでもしてたのか?」
「騎士見習いって……僕なんかが、爵位持ちの家の生まれなわけないじゃないですか」
「ほーん。その割には言葉遣いっつーの? それがオレ達とだいぶチゲぇんだよなぁ……」
男はそう言って自分の無精髭を撫でた。どうもなにやら思案するような顔をしている。
彼は僕のことを、騎士爵の家に生まれた人間ではないか、と誤解しているようだった。
ここ中央大陸の西側にある多くの国では、騎士というのは貴族の一員として考えられている。騎士という爵位を持った者として数えられるのだ。
騎士爵は一代のみに適用されるものではなく、その長子へとも引き継がれる。
ゲームの主人公も、その騎士爵を持つ家の長男として生まれた貴族の一人だった。
「カイル、あんまり過去のことを詮索すんな」
その声は前方から飛んできた。
馬車の前を歩き、周囲を警戒する女性の冒険者。その彼女が発したものだ。
彼女は無精髭の男――やっぱりカイルで名前あってた――に一瞥をくれ、そしてその後、僕に向かって微笑んだ。
面倒くさい話をせずに済んだ僕は、彼女に向かって会釈を返す。
すると彼女はまた薄く笑みを浮かべてから、再び前方の警戒へと意識を戻した。
「おっかねーの。我が事ながら、よくもあんなこえー女と連れ添っちまったもんだ、と思うぜ」
カイルは首を竦めながらそう言った。
自己紹介の時に聞いた話だが、彼と女性――ヘレナは、長年のパートナーであるとのことだった。
今回のクエストだけでなく、彼らは基本的に二人で仕事をこなしているらしい。
この「商人護衛クエスト」を遂行しているギルド員の数は全部で四人だ。
僕とカイル、彼のパートナーであるヘレナ、そして――
「森の方角から、十数体の中型四足獣の足音。各員気をつけてください。あまり音を立てないように」
小さく、しかし鋭い声が飛んだ。それは一人の少女が発した声だった。
蜂蜜色の長い金髪をスミレ色のリボンで結わえ、ボーンチャイナを思わせる温かみのある白い肌をしている。
身に纏った冒険者服は、夕闇に溶け込みそうな深い紫だった。
彼女が護衛を任された最後の一人。
その名をヴィオレッタと名乗る小柄な少女。いや、少女と言っても僕と歳は変わらないらしいのだが……若干胸の辺りの発育が不十分なせいで、そうは見えない。
「向こうも気が付きましたね……。会敵します、皆さん馬車の前へ! 荷には傷一つ付けさせてはいけません!」
ヴィオレッタはそう言うと、自分の立ち位置を馬車の側面へと移動させる。
街道と森の間に立ちふさがり、敵を馬車に近づけさせないようにするつもりだ。
僕も瞬時に神器解放を済ませて【黒槍霊樹】を身に纏う。あらかじめ自分の身から離しておいた剣を再び手に取って、彼女の隣に並び立った。
「それが、あなたの……」
ヴィオレッタはちらりと僕を横目に見て、そんな呟きを漏らした。
その表情に少し険があるのを見て、僕は「なんだかなぁ……」という気持ちになる。
僕はどうやら彼女にあまり良く思われていない。
一応、その理由は分かっている。分かってはいるが、割りとどうしようもないのでとりあえず放置している。
「来たぞ! ……へっ、なんてこたねぇ。ただの犬っころの群れだぜ!」
「油断すんなっ! カイル!」
森の中から現れたのは、十数匹の狼だった。
ゲームでいうところの、フォレスト・ウルフという敵だ。
僕もすでに何度か戦っている。たしかにそれほど強くない敵だ。
ただ、こうして群れをなして獰猛な牙を並べられると、ちょっと怖い。油断してると…………ちびりそうだ。
「カイルさん、ヘレナさん、後衛は任せました。私とアキトさんで切込みます!」
そっかぁ、僕らが前衛なのかー。やだなー。
僕はそんな風に思ったのだが、ヴィオレッタがそう言うのならしょうがない。彼女はこの隊のリーダーなのだ。
彼女の冒険者ランクはC。僕らの中では一番上である。
「いきます!」
その一言で僕を置き去りにし、ヴィオレッタは狼の群れへと突っ込んだ。
彼女が手にした二本の大振りなナイフ。それがフォレスト・ウルフの目を抉る。
白刃が煌めく度に、狼の口から悲鳴が上がった。
僕も遅ればせながら駆け足で突っこむ。
こちらに背を向けていた狼に向かって、すれ違いざまに長剣を振りぬいた。
相手の肋骨ごと、体内の主要機関を根こそぎ切り裂く。
……うう、いやな手応え。
ある程度慣れてきてはいたものの、哺乳類を相手にするのはやはり苦手だ。蛇などを殺す時とは違う、罪悪感が僕を苛む。
どっちも命には変わりないのにね。僕は自己中な奴なのだ。
その戦闘はすぐに終わった。
僕が三匹のフォレスト・ウルフを倒した時、すでにヴィオレッタは十匹以上を屠っていた。
エクス・クロスを持たず、それでも彼女の強さは【黒槍霊樹】を纏った僕の上をいく。彼女は天賦の才をその身に宿しているのだ。
彼女は狼を一匹も後ろに通すことなく、全てを一撃で葬り去っていた。
戦闘後の後始末を終えて、馬車はまたゆっくりと動き出す。
本日の野営予定地は、まだまだ先にあった。
腰まである長い蜂蜜色の金髪を、スミレ色の大きなリボンで一つにしている。
そのヴィオレッタの後ろ姿を見ながら、僕は馬車の後ろをついていくのだった。
◇ ◇ ◇
本日の野営地で、その夜、僕は火の番をしながらゲームのことを考えていた。
ゲームというのは、もちろんXXXのことだ。
僕がこの世界に来てから、あと少しで一ヶ月が経とうとしている。
少しずつ心と身体を鍛えてきた僕は、そろそろこのゲームの“ストーリー”と、どう向き合うのかも考えなくてはならない。
「ストーリーなー。このゲームってかなりエグいイベントも多いし……そこらへんをどう消化していくかだよなぁ……」
だから僕は、ある程度の暇を見つける度に、こうしてゲーム内のイベントについて考えることにしているのだ。
「主人公に丸投げしちまえばいいんだけど……そうすっと、かわいそうな結末を迎える奴らも多いし……」
伝説的な人気を博したゲームであるXXXにも、やはり不人気イベントや不人気キャラというものが存在する。
例えばゲーム序盤に起きるイベントの一つで『湖畔に佇む少女』というものがあった。
ざっとあらすじを説明してしまうと、ある日主人公はギルドから命ぜられたお使いでリリシュカ湖という小さな湖を訪れる。
その湖の湖畔に建てられた掘っ立て小屋には、一人の少女がいた。
彼女はある“しきたり”によって、生まれた村から追い出されてしまっていたのだ。
それを不憫に思った主人公は、水辺から離れた場所でしか得ることができない食料や薬草などを集め、それを彼女に渡す。
すると彼女はそのお礼にと、一匹の魚を釣り上げて主人公に渡した。
それこそが、現在遂行中のお使いクエストの、目標となっているアイテムだった。
それを手にした主人公はその後、ある意味エッチなゲームの本旨とも言える“一夜のイベント”をこなしてから、湖畔を後にするのだ。
まぁ、話に短絡的な部分はあるものの、ここまではいい。
問題となるのは、去り際に主人公が少女と交わした約束だった。
このイベントの最後に、主人公は彼女に向かって「いつか君が村に戻れるようにしてみせる」というセリフを発するのだ。しかし……。
このゲームの正史エンディングやら、裏ボスの撃破、さらに隠し要素をもやり切った一部のプレイヤーは思う。
――アレ? そういやあの『湖畔に佇む少女』との約束は? と。
XXXの全てをやり切ったという廃人系プレイヤー達ですら、ゲーム序盤で交わされた約束がどうなったかを知らない。
18禁版XXX攻略wikiにも載ってないし、掲示板上でもその後の展開を語れる者は現れなかった。
そうなのだ。実はこのゲームには、このイベントのその後の顛末が未収録となっていたのだ。というよりも開発陣としては、最初からそんなものを作る気はなかったのだろう。
なにしろ少女は村から追い出されたという設定なのに、その湖の近辺には該当しそうな村が存在しなかったのだから。
結局あのイベントは、お使いクエストに付随された“ごほうび的単発Hイベント”の一つでしかなかったのだった。
――だったら、意味深なセリフを残すんじゃねぇよ!
――約束だけして放置とか、もっとかわいそうなんですけど!!
――あの娘は、今日も一人待ち続けているんだ……永遠に……。
一時期この話題で、XXX掲示板は荒れに荒れた。
その結果、僕もプレイしたことがあるR15版に、彼女のその後が収録されることになる。
XXX非公式アンケートにて、後味の悪いイベント・ワースト10に入っていた本イベントも、そうしてその汚名を雪ぐことになったのだった。
後味の悪いイベントは他にもけっこうある。
すごく礼儀正しくカワイイ女の子が、実は極悪非道な手口で主人公を罠にはめる『蜂蜜色の髪を持つ小悪魔』というイベントや、宗教戦争の影で残酷な結末を迎えることとなる貴族の子弟の恋を描いた『聖地に咲く悲恋の華』というイベント。
あと宗教関係といえば、忘れてはいけないのが極悪エピソード『外伝・偽りの聖女』だ。
それはあるリアルイベントの会場にて、XXXのファンディスクとして無料配布されたものなのだが、XXXファンをして「ファンディスクの名を借りた拷問」、「これのせいで宗教が信じられなくなった」、「神は死んだ」、「黒の章は実在した」……などなどといった阿鼻叫喚を巻き起こした問題作だった。
僕は、このゲームに描かれた厳しくシリアスな一面を思い出す。
その時ぶるりと身体が震えたのは、初春の夜の寒さのせいだけではなかったはずだ。
「……この世界は醜く苛烈だ。それを頭に入れておかないと大変なことになる」
それがこの世界の全てでないことは分かっていたけれど、現実の厳しさを思い出した僕の震えは、その晩なかなか治まることがなかった……。
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