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1 終わる日常 ※イラスト有

読んでいただけると、とても嬉しいです。

ご評価いつでもお待ちしております。

挿絵(By みてみん) 


――その日、僕は足早に家に帰ったことをよく憶えている。




 通っていた高校を卒業したその日に、学友との最後の放課後を馴染みのラーメン屋で過ごした後のことだ。

 僕は学校から何駅か離れた場所で、ある一つのゲームを購入していた。



 ――そのゲームの名は、『エックス・エクス・クロス』――



 未知なる存在を意味するXに、過激さと極限を示すEX-treme、そして十字架のCross。

 このゲームの根幹を成す最重要アイテムの名が、そのままゲームタイトルに冠された戦略戦術戦闘シミュレーションRPG。

 後になってつけられた通称は『XXXサンペケ』。


 僕はそれを購入した後で、とにかく急いで家に帰ったのだ。

 急いだ理由? そんなの早くゲームをやりたいからに決っているでしょ。


 ……いや。家路を急いだ理由が、それだけじゃなかったことを素直に認めよう。

 僕は少し後ろめたかったのだ。それはすでに、あまり感じる必要のない後ろめたさではあったのだけれど……。


 この『エックス・エクス・クロス』というゲームには、長ったらしい“サブタイトル”が付いている。

 その正式な商品名は『エックス・エクス・クロス~~覇道を征く脱衣神剣継承者☆お前はもう脱いでいる~~』だ。


 ……すでにお分かりの方もいるかもしれない。

 そう、このゲームはアダルトで18歳未満禁止な、いわゆるところの“えっちぃゲーム”である。


 このゲームの世界の実力者は、大抵が『エックス・エクス・クロス』という神器を持っていた。

 この神器は普段は小さな十字架の形をしているのだが、その持ち主が求めることによって真の姿を解放し、武具となって持ち主に装着される。

 それは例えば「鎧と剣」、「魔導衣と杖」、「マイクロビキニとビーチパラソル(みたいな槍)」といった具合だ。


 ゲームの主人公は、目の前に立ちふさがる数々の敵キャラ(おもに美少女)と死闘を繰り広げ、そしてそれを打ち倒していく。

 エックス・エクス・クロスはその特性として、装着者が致命的なダメージを受けても、一度だけならそれを相殺することができた。

 ただし、その持ち主の身代わりとなって砕け散ってしまうのだ。


 砕けたエックス・エクス・クロスは、再びその力を取り戻すまでは、元の小さな十字架に戻ってしまう。

 ちなみにこの際、元に着ていた衣服はどこにいってしまったのかは分からない。

 ゲームの公式は、これについての設定の言及を避けているため、僕に聞かれても答えることはできない。


 そんなわけで、死闘に敗れた敵キャラは、装着しているエックス・エクス・クロスを砕かれる。それはそのまま、その場で“すっぽんぽん”になることをも意味していた。

 戦いに勝ったゲームの主人公は、丸裸になった美少女達と、そこからアダルティックな展開へともつれこんでいく。

 それが、このゲームの軸となっているのだ。


 ――『エックス・エクス・クロス』とは、そんな愛すべきバカエロゲーなのである。




 卒業式を終え、友人との語らいを終えたあとで、僕は駅のトイレで私服に着替えてから、由緒正しき電脳とオタクの聖地に降り立った。


 そこでドキドキしながら件のゲームを購入し、ドキドキしながら再度学生服を身に付け、ドキドキしながら帰りの電車に乗り、ドキドキしながらコンビニでお菓子を買い、ドキドキしながら家まで早足で帰った。


 自室でパッケージを開ける時の興奮といったら……それはもう分かる人にだけ分かってもらえればいいのだけれど、なんていうの? そりゃアレだよ。胸がドキドキだよ。


 我が事ながら、なんて語彙に乏しい男だと思うのだけれど、その時は本当に胸が高鳴ったんだ。ドキドキ――っていうか、ドックンドックン?

 ホント、心音が外に聞こえるんじゃないかってくらいだった。


 まずはその無駄に大きい外箱を(マジであらゆる角度からじっくりと)眺め、次いで説明書のペラい冊子にも隅々にまで目を通す。

 それから一度トイレに行って用を足し、冷蔵庫にストックしてあったコーラを一本持ってきた。そしてパソコンを目の前にして――


「うっし準備完了! さぁ! 僕はもう、いつでもいけるぜ!」


 ――この世界を統べる何者かに対して、僕はそう高らかに宣言した。

 18歳の誕生日を迎えても、自分が高校生という枠組みから外れるまでは購入を我慢したのだ。もう誰にも文句は言わせない。


 僕は最初、三年も前に発売されたこのゲームの“新品”を手に入れるのは、一応それなりに骨を折ることになるのだろうと思っていた。

 しかしながら、ネットという大海をちょちょいと航海すれば、いまだに新品の取り扱いをしている店舗を探すのには、それほど苦労することもなかった。

 そしていざ実際にその店舗へ向かう際にも、自分の住む場所が幸いしてくれた。

 自分が都会に住んでいて、そして通っていた高校が“聖地”に近くて良かった、と心の底から思う。でなければこの財宝探しの旅は、こうまで首尾よく進むことはなかっただろう。


 まぁ、いいさ。それほど労せず手に入れた物であっても、このゲームは僕にとっては間違いなく貴重なお宝なのだ。

 中古ではなく、新品。僕がわざわざそれにこだわったことも、分かる人には分かってもらえると思う。


「さてさて、フヒヒ、ウヒョー!」


 思わず僕の口から、これまでの人生で初めての、気持ち悪い叫びが飛び出した。

 そんな自分に少しびっくりしながらも、それも仕方のない事さ、と自嘲気味の笑みを漏らす。


 なにしろ僕は三年も待ったのだ。

 この『エックス・エクス・クロス』というゲームは、ある大手アダルトゲーム会社によって世に産み落とされた、十年に一度の傑作だった。


 その評判は発売前から(まぁ、世間的には一部の)ユーザーの間で声高に叫ばれ、ゲームシステムの紹介や、ビジュアルが公開される度に、その期待度を上げに上げていったほどだった。

 発売後も決してその前評判を裏切ることはなく、むしろ実際にプレイする前には分からなかった奥深い要素と、重厚なストーリーが更なる評判を呼び、一年前には家庭用ゲーム機にてR15版が発売されている。


 無論、僕はそのR15版を手に入れている。

 当然ながらHなシーンはカットされていたし、パンチラですら滅多に拝めないレベルに規制がかかっていたけれど、ゲーム自体は評判に違わない傑作であった。

 ちなみにHな描写なしに、うまく原作版とのストーリーをつなげていた点で、さらにこのゲームの評価が上がったらしい。


 僕はR15版を(それはもう光学ディスクが擦り切れるほどに)プレイしたことはあっても、オリジナルである18禁版についてはプレイ画面を見たことすらない。


 三年前に18禁版が発売されて以降、かのゲームはネット上で伝説的な評価を獲得し、そしてそれは連日その方面のネット掲示板を賑わせた。

 当時の僕は、お子ちゃまな自分の立場に歯噛みしながらも、それをたまにこっそりと眺めたものだ。


 ある理由から、僕はこのゲームのアダルトな部分に全くと言っていいほど触れることができなかった。

 それは家庭の事情に関係している……というか、僕の母親はコンピュータ関係の技術者なのだ。

 彼女のスキルにかかれば、僕のウェブ閲覧履歴は言うに及ばず、キーボード入力の詳細すら筒抜けになってしまう。

 なんでもキーロガーとか何とかとか他にも色々な手段を使っているらしいのだが、とにかく僕はパソコンやらスマホに関して彼女に一切隠し事ができない。


 だから、これまでは我慢する他なかったのだ。

 しかし、これからは違う。


 先日、母は僕に対してこう語った。


秋人あきと。まずはこれまで普通の親として以上に、アンタのことを見張ってきたことを謝る。ごめんね。アンタは年頃の男の子としては、ずいぶんまっとうに自らを自制する力があることをアタシも認める。高校卒業したら、本格的にアンタももう一人前だ。だからこれからは過保護だった部分を改めることにするよ』


 それはこれまで母が行ってきた、子供に対する(ある意味)過剰な監視も止める、という宣言に他ならない。

 だから、これからは僕が18歳未満禁止なアダルティックなゲームをやっても、それが母にバレることもないし、万一それが母の目に触れたとしても、彼女はそれを当たり前の権利として認めてくれるだろう。


 ……まぁ、その万一のケースが生じたら、僕はきっと死にたくなるのだろうけど。


 とにかく、遂に僕はこの伝説的なゲームである『エックス・エクス・クロス』のオリジナルバージョンをプレイすることができるのだ。

 これまで見ることのできなかった美少女達のあられもない姿――っていうか、“ち”の“く”の“び”を見たりとか、真夜中のプロレスだとか、R15版では一部カットされていたシリアスでバイオレンスなストーリーにも触れることができるわけだ。


「フヒ、フヒヒ、ウヒョー!」


 またもや奇声を発しながら、僕はパソコンを起ち上げた。

 光学ディスクが、フィィィィンと小気味の良い音を立てて回転する。

 ゲームデータのインストールを促すウィンドウが現れ、僕は迷うことなくそれをクリックした。


「インストール中にも、プレイヤーを飽きさせない演出があるらしいんだよなー」


 僕はそう独り言を呟きながら、じっとパソコンモニターを睨んでいた。

 画面の右側からカワイイ女の子のキャラが現れ、その娘が画面越しの僕に向かって手招きをする。


 かーわいいなー。フヒ、フヒヒ。ウヒョー!

 僕の頭の中で、三度目となる気持ちの悪いセリフが発せられた。




 ――僕のそれまでの日常が終わったのは、ちょうどその瞬間だったということを、僕は今もよく憶えている。


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