ため息
はぁ…。
外に出た途端、大きなため息が漏れた。この家に来てからずっと気を張っていたから、疲れが溜まっていたのかもしれない。
「それにしても、随分深い森」
辺りをぐるりと見回してみるが、どこを見ても、木、木、木。少し前まで自分がいた街のような、人々の笑い声や愉快な音楽の賑やかさなど全くない。耳を澄ましても、聞こえるのは木のざわめきだけ。
何となしに、傍にあった大木にもたれかかってみる。思えば、こんな風に一人きりになるのも何日かぶりだった。少し体を休めつつ、改めてゆっくりと、この数日間に起きた出来事を思い返してみた。
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「ねぇ!聞いた?」
「聞いた?…って、何を?」
目を見開いて、楽しそうに訪ねてきたのは近所に住む友達の「イリス」だ。私とは違って活発的な性格で、友人の幅が広く耳が早い。
その広い情報網を活かして、いつもこんな風に街の噂話を拾っては、どこか自慢気に話してくれる。
「ふふふ、今回はシーラの好きそうな話題よ」
「私の好きそうな話?」
すると、今まで並んで海沿いを歩いていたイリスが突然足を止める。つられて私も立ち止まった。
「…今ね、この街に東の魔道士が来てるんだって…!」
「え!!?」
思わず大きな声が出た。けれど、それもそのはず。魔道士といえば、世界にほんの数人しかいない魔法のスペシャリストだ。ただの魔法使いと違うのが、国に正式に認められた一つの職であり、毎年莫大なお金が貰えるということと、国境を自由に行き来できること、さらには一国の王と並ぶほどの権力を持っているということだ。
「ねぇ、それ情報源は確かなの?東の魔道士様って、ほとんど街に現れないのよ。その姿を誰も見たことがないくらい」
するとイリスは、にやりと口角を上げる。
「それがね、さっき広場の方で、いかにもらしい黒いコートを着た男の人が、馬車に轢かれそうになった子供を助けた…っていう話を聞いたの!」
「も、もしかして魔法を使ったの?どんな!?」
無意識にイリスの肩を掴み、催促するようにぐらぐらと揺さぶっていた。
「お、落ち着いて…!そこまでは、流石に…分から、ないわ」
彼女の赤い短髪が激しく揺れていることに気が付き、ようやく手を離した。少し間を置いて息が整うと、イリスは呆れたようにため息をついた。
「あんた、本当に魔法好きよね…。一体何がそんなに良いのよ」
「え、何って…、だって魔法って素敵だと思わない?さっきの話もそうだけど、困っている人を助けたり、街を発展させたり、国のために新しい研究をしたり。しかも、移動の時には箒で空を飛んで、暇な時にはお花や猫とおしゃべりして、それからお「分かった分かった、もういいわ。この話を持ちだした私が悪かった」
途中で私の話を遮り、イリスは再び歩きだした。慌てて、追いかけようと足を踏み出した瞬間、反対方向へ歩いていた人と軽くぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
反射的に謝り、そして顔を上げた…その瞬間、体がギッと硬直してしまった。私がぶつかった相手は、黒いコートを着て、フードを深く被った、とても背の高い男の人だった。
心臓がばくばくと鳴る。確証なんてないけれど、何となくそう感じてしまった。
「魔道士…!?」
そう呟くと、相手は驚いたような顔(フードでよく見えないが)をして、サッと踵を返して走り出した。
「あっ!待って!」
私も夢中で駆け出した。後ろでイリスの叫ぶ声が聞こえたが構ってはいられない。別に、特に追いかける理由は無いのだが、逃げられると何となく追いかけたくなってしまうのが人間というか。
そんなことを考えて夢中で走っていると、気が付かない内に人通りの少ない地域まで来てしまった。
「…はぁ、…はぁ。見失っちゃった…」
辺りを見渡すが、さっきの人はおろか、人影など一つも見当たらなかった。小さくため息をつき、諦めて帰ろうとしたその時。大変なことに気が付いた。
「…あれ?……ここ、どこ?」




