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「こちら悠人。幸太、そちらの状況を報告せよ」
「こちら幸太。現在Yチームを観察中。目立った動きなし。どうぞ」
「悠人了解。秀一、拠点に攻めてくる者はいないか? どうぞ」
「こちら秀一。現在周囲に人影なし。どうぞ」
「悠人了解」
健吾チームの指揮を執る悠人は、体勢低くトランシーバーを片手に味方との通信を取っていた。敵チームのスパイが発覚した日、健吾が子供達全員に持たせたものがこのトランシーバーだった。それを活かし健吾チームは全員バラバラの位置から各チームの状況を把握し逐一報告を行う。他のチームが団体で押し寄せる戦法とは真逆の個別戦。この戦法は個人の力が必要となる。そのため何かあればすぐに仲間に知らせるのだ。
そんななか、リーダーを務める悠人の元に新しい情報が入る。
「こちら勇一郎。Mチームに動きあり。全員拠点に戻っている模様。どうぞ」
「こちら悠人。勇一郎、Mチームの拠点は視認可能か? どうぞ」
「こちら勇一郎。Mチーム拠点を目視。高さはないが横に広い拠点が確認可能。その天辺にフラッグが見える。どうぞ」
「こちら悠人。勇一郎、隙を見てフラッグを奪取できるか? どうぞ」
「こちら勇一郎。正直今はきつい。全員が集まってるからな。せめて三人ぐらいなら見込みあり。しかし命令なら従うぜ。どうぞ」
チーム内で一番血気盛んな勇一郎が不敵な笑い声を漏らす。
「こちら悠人。勇一郎、悪いがまだしばらく待機してくれ」
勇一郎との交信を終えて悠人が、ふうっと溜息を吐く。
リーダーも結構疲れるんだな、と今更ながら実感してくる。見えないのに情報だけは来るものだから、頭の中でイメージを描いて整理しなくてはならない。情報が更新されればその都度イメージを描き直してそれを自分が考え得る最高のイメージへと近づけていく。難しいな、と悠人は素直に思った。
でも楽しい。やり甲斐はある。やりたいイメージも思い浮かぶ。
頭脳明晰な秀一には自分達の拠点を任せられるし、好奇心旺盛な幸太は偵察が似合っている。血の気の多めな勇一郎には同じく血の気の多い道彦チームを見張らせて、陸と翔の双子のコンビにはまだ謎の多い鋼一チームを見てもらっている。ちなみにMチームは道彦チームの略で、Yチームは優希チームの略。最後にKチームが鋼一チームの略だ。
「こちら陸と翔。悠人、応答せよ」
悠人の元へ新たな情報が入った。
「こちら悠人。陸、どうぞ」
「こちら陸。たった今Kチームの拠点を確認した」
今まで不明だったKチームの拠点の情報。それは今までで一番新鮮な情報に他ならない。
見つかったのか!
悠人が心の中で早鐘を打つ。
「外観は小さな建物に見える。その他に入り口らしき穴と見張りが一名と犬が一匹見える。どうぞ」
「こちら悠人。陸と翔よくやった」
「ただし問題がある」
悠人の言葉が全部でていない内に翔が言葉を挿む。
「フラッグが見当たらない。どうやら建物の中にあるらしい。しかしその建物が問題なんだ」
「どういうことだ?」
「Kチームの拠点内部はミラーハウスなんだ」
ミラーハウス。名前の通り、鏡でできた迷宮のことだ。差し詰め、立体迷宮といったところか。
陸の報告を受けて悠人は困ったような顔をする。それもそのはず。ミラーハウスではいくら内部が狭くても自分の居場所さえも不安定になる。しかもそこにフラッグがあるとなれば尚更だ。仮にフラッグが鏡に映ったとして、実際にはどれほどの距離と曲がり角を隔てて見えているかが分からない。
「しかもそれだけじゃない。犬の鳴き声が聞こえてくるんだ」
「見張り一人と犬が一匹居るんだろ?」
「いや見張りの方じゃなくてミラーハウスの中から聞こえてくるんだよ。凄く獰猛そうな鳴き声だよ」
獰猛と聞いてさっきのドーベルマンを思い出す。
文字通りの番犬か。
この拠点を作った鋼一とかいう大人は相当な犬好きなのだろうか。俺は猫の方が好きだけどな、などと場違いなことを考えたところで悠人は思考を切り替える。
ともかくこれで情報は出揃った。
あとはこの情報を元に行動するのみである。
「こちら秀一。悠人聞こえますか?」
突然、秀一の声が聞こえて悠人は身体をビクッと震わせる。まるで何か良くないことが起こったような慌ただしい声だった。
「こちら悠人。秀一、どうぞ」
「こちら秀一。悠人、まずいことになりました。Kチームが僕達の拠点に攻めてきました。どうぞ」
「こちら悠人。秀一、何人確認できる?」
「こちら秀一。六人と六匹です。どうぞ」
ということはKチームの殆ど全員が押し寄せてきたということだ。
このままではさすがにまずい。
「こちら勇一郎。悠人、俺が戻ろうか?」
通信の内容を聞きつけて勇一郎が申し出る。
その申し出は嬉しい。しかし悠人には別の考えがあった。
「こちら悠人。勇一郎はそのまま待機してくれ。拠点には陸と翔に向かってもらう」
そして一大決心するようにはっきりと言葉にする。
「“アレ”を使うぞ」
悠人の“アレ”という単語に全メンバーがいよいよかと気合いを入れる。
「勇一郎了解」
「陸と翔も承知!」
初めての行動。そして初めての敵チームとの交戦。だというのに、メンバーの表情は緊張よりもむしろ楽しそうな余裕が窺える。まるで待ってましたと云わんばかりの笑顔。
そしてそれはリーダーを務める悠人も同様だった。