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 当日。

鈴音が鳴らしたピストルの音を合図に少年達が一斉に大声を上げて走り出す。

「へへっ、あれ俺が教えたんだ。大声出して他のチームをびびらせてやれってな」

 道彦が自信たっぷりに自慢する。

「うっわ、現代人にあるまじき野蛮行為ね」

「あれぐらいで怯むならその程度なんだよ。男なら声にびびらず立ち向かわなきゃな」

「同感だな。男なら声にびびらず立ち向かうべきだな」

 意外なことに道彦の言葉を肯定したのは鋼一だった。

「珍しい。どういうつもりなんだ?」

「なに。もうすぐ分かることだ」

 見れば道彦の部隊がもうじき他の部隊に接触しようというところだった。

「あれは!?」

 と驚愕したのは双眼鏡を覗き込む道彦だった。

「何どうしたの?」

 道彦の声色に不安なものを感じ取って優希が尋ねる。

「犬だ。犬がいる」

「犬?」

 道彦が言うように戦場には犬を引き連れた部隊があった。少年達がそれぞれリードを持ち犬を引き連れて向かってくる。

大声を上げて立ち向かっていった道彦の部隊の少年達は流石に戸惑ったように動きを止める。

「うわっ大型犬。てかドーベルマンもいるぞ!」

一斉に三人の視線が鋼一へと注がれる。

鋼一は、しれっと澄ました顔で視線をかわす。

「いやなんていうか。流石鋼一だわ」

 健吾が隠し切れないようにくっくっと笑う。

「いやいやいやいや! 流石も何もドーベルマンは反則だろ!」

「何を言う。ルールには抵触していない」

「人間のルールに抵触してるよ!」

「ええい。煩いやつだな。リードを付けているからセーフだ」

「セーフって自分で言う時点でダメなんだよ……」

 道彦は再び双眼鏡に視線を移す。

「おっ?」

 形勢不利かと思いきや、道彦の部隊は冷静を取り戻すと持っていたバックを開ける。そして徐に手にした水風船を一斉に鋼一の猟犬部隊へと投げつけた。

地面に撃ちつけられた水風船が次々に破裂し内部の水が犬の周りに飛び散る。いきなり冷水を浴びた犬達は怖がったようにビクッと身体を後退させる。

「素晴らしい。流石我が精鋭!」

 道彦がガッツポーズで自分のチームに賞賛を送る。

「なっ……」

 鋼一は予想外の展開に口を開いて固まる。

「道彦あれは卑怯だろう!」

「どの口が言う! というかあれは元々人間を想定した武器だ。相手が犬だったのは計算外だったが効き目はあったみたいだな。数はあるからな。どんどん行け!」

 しかし道彦の言葉どおりとはいかなかった。

確かに水に濡れて嫌がる犬もいればそうでない犬もいる。むしろ積極的に水を好む犬がいたのだ。そんな犬は水が詰まった風船がどこから投げられているのか理解していた。敵の少年兵がバックに手を伸ばした瞬間、その巨体で飛びつき少年のバックを制圧してしまう。

「あの大型犬か!」

「ふっ、ふはははははははははは!」

 鋼一が悪者のように顔を歪ませて笑う。

道彦が悔しそうに顔を歪ませる。

健吾が、楽しそうだなこいつら、と冷静に思う。

「うん?」

 とここで道彦が別の人物の来訪に気がつく。

道彦のチームと鋼一のチームが戦っている地点より少し離れた位置からキャップを被った一人の少年の姿が見える。

「どこのチームの子だ」

 見覚えのない風貌に道彦がキャップの少年に注視していると、少年は徐に何かを取り出す。一つはライター、そしてもう一つは、

「爆竹か!?」

 道彦の声と同時に背後の優希が、ふっ、と笑う。

キャップの少年は躊躇無く爆竹の導火線に点火する。そして火の点いた爆竹を大きく振りかぶった勢いで戦地へと投げ込んだ。

「うわっ、なんてことしやがるあのガキ」

 爆竹の存在を寸前まで知らない道彦チームと鋼一チームの間で、突如けたたましい爆音が響き渡る。

突然の出来事に、驚愕し呆気にとられる少年達。その多数は何が起こったのか理解出来ていない。そんな中、少数の少年達が主犯のキャップの少年に気づく。

キャップの少年に注目が集まる中、少年がキャップを取ってその素顔を見せる。

中性的な容姿の中に浮かぶ悪戯な笑顔。優希のチームのリーダー格、少年の格好をした少女。少女は少年達に背を向けて躊躇なく逃走する。

「よし。よくやった夏子」

 優希がそんな男装の少女を褒め称えた。

「なんてことさせんだよ、お前は」

 危ないものを見るような目付きで道彦が優希を非難する。

「夏子はそこいらの男子よりもよっぽど度胸あるのよ。それにちゃんと考えて行動してるし、問題ないでしょ」

 えー、という表情で道彦と鋼一が優希に視線を送る。「なんていうか優希は次元が違うぜ」と道彦がボソリと告げた。

 ともかくこれで状況は変化した。

さきほどまで戦っていた少年達はその矛先を一人少女へと変え、突撃する。怒りに我を忘れた少年達はさながら小鬼のように執拗に少女を追い続ける。

「一人の女の子相手に大袈裟ね」

「優希の仕込みじゃねーか!」

「だがまあ追いつくのは時間の問題だろう」

 鋼一が冷静に告げる。

「一人の少女の体力など高が知れている。男の体力には勝てないさ」

「鋼一……」

「なんだ?」

「そういうことは体力つけてから言った方が説得力あるぜ」

「……うるさい」

「ふふん。あんたらお馬鹿ね」

 得意気な表情で優希は告げた。

「あの子はそもそも走り続ける必要なんてないの。ていうか気づかない? 誘き寄せられているのよ、あんた等のチーム」

 あん? と道彦が怪訝な表情で優希を見る。しかしその表情が嘘ではないと知ると、再び双眼鏡を覗いて戦況を確認し始めた。

夏子が走っていく方向には拠点が見える。壁で囲い高く作った拠点は優希チームのものだ。その拠点の頂上に赤い旗印、フラッグが風に吹かれて靡いている。

「なんだ? あの子、自分の陣地を敵に晒すために逃げたのか?」

「そう思わせるのが私の作戦なのよ」

 優希の意味深な発言の直後、その意味はすぐ分かることとなる。

優希が製作した拠点は壁で覆いわざと高くした構造となっている。敵を厳選するための手法という意味ではそれも理解できるが、どういうわけか扉が複数それも全方位に設置している作りはその意味とは矛盾する。これでは多方面から敵が入ってきてすぐにフラッグを手にする者が現れてしまう。

そこが優希が考案した拠点製作のポイントだ。

まず少年同士の戦いを爆竹で中断し、矛先をこっちへと向ける。怒り心頭の少年達は少女を捕まえることに夢中で、拠点の矛盾点に気づかない。少年達は少女を捕らえる可能性を広げるため複数のドアから攻め入ることだろう。

まさに今少年達が複数のドアから突入する瞬間。

突如、複数の激しい音と共に少年達が落下した。何が起こったのか分からない少年達は目を白黒させて状況の理解に努める。周りはどこを見ても土の層だらけ。そして今自分達が居るのは地面の下。

つまり、落とし穴に嵌ったのだ。

「優希も鋼一も卑怯じゃねーか!」

「卑怯とは言うが、謀られたのは俺のチームも同じだ」

「うちは女子ばっかりなんだし、ここ、使わなきゃね」

 優希は頭を指でつつく仕草をする。

「けど、これで終わりじゃないよ」

 そう言うと、優希の拠点から複数の少女達が現れる。皆、手に竹刀を握りしめている姿が尋常ではない。

「おい、まさかだろ……」

「イエス。そのまさか」

 道彦の不安そうな声に対して優希が溌剌と言葉を返す。

そして少女達はその得物を地面の獲物達へと一斉に振り下ろした。

「痛っ! イタタっ!」

「なんで道彦が痛そうな声出してるわけ?」

「いや見てるだけで痛いってあれ! つーか、ひでえ! 人間の発想じゃねーよ!」

「ああ。あれはもう相手を人として見ていないな……」

 滅多打ちにされる自分のチームに深い同情をしながら、道彦と鋼一が情けない声を上げる。

「おーおー、優希のチームは徹底してるな」

「当然でしょ。これぐらいやっておかないと穴に落ちたぐらいじゃすぐに反撃してきそうだし。こうやってちゃんと心を折ってあげないとね。ポキッとさ」

「優希にとって少年の心は枝ぐらい脆いわけね」と道彦が嘆息する。

「ド・エス」と鋼一が遠い目で呟く。

「人をフランス人の名前みたいに言わないでもらえる?」

 かくして少女達の制裁を受けた少年達と犬は散り散りに去っていった。両チームとも諦めたわけではない。一先ず立て直しが必要と判断し、距離を取ることにしたのだ。

「優希の拠点は絶対防壁って感じだな」

「まあね。どっからでも来なさいよって感じ」

 最初の戦いを終えて、張り詰めた空気が和らいだところで大人達も各々休憩を取っていた。そこへ、

「やーほー」

 と暢気な声を出して現れたのは鈴音だった。

鈴音は熱でやられたのか少しばかり頬が赤くなっている。

「おす」「ういーす」「お疲れ」「ああ」

 と様々な挨拶を交わし、自分も会話へと参加するべく木陰へと入っていく。

「どう子供達は?」

「ああ。どこも元気だよ」

「特に女子とかな」

「道彦は一々女々しいのよ」

「へえ。優希のチームが有利なんだー」

「今のところはな」

「あんたさっきから一言余計」

「だが有利とはいえ防戦一方では勝負にはなるまい。フラッグを奪わないことには勝ちにはならないのだから」

「そこはこれからよ。体力と気力を削がれた男子共なんて最早敵じゃないからね」

「あめーよ。男のバイタリティなめんなよ」

「こっちも同じだ。あれぐらいで挫けるチームではない」

 優希、道彦、鋼一は三者とも自身のチームの勝利を信じている。そこに迷いや疑いはない。自分が育てたチームだという自負があり、そしてもしかしたら愛着もあるのかもしれない。

「ところで健吾のチームはどこにいるの?」

 鈴音の素朴な疑問で三人がハッとする。

四人の視線が健吾へと集中する。

「俺のチームはさっきから動いているよ。ただ目立つ場所には立たないように言ってある」

「どこに居るんだ?」

「さあな。詳しい場所は俺にも分からん」

 健吾が首を捻って否定を示すと、今度は鈴音が含みのある笑みを見せて健吾へと近寄る。

「健吾、何考えてるのかな-?」

「それは、これから分かることだろ」

 鈴音の質問に健吾がニヒルな笑みで返す。健吾の態度が読めず、道彦、優希、鋼一の三人は困ったように眉を八の字にしている。

 さあ。後半戦スタートだ。

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