2
俺の記憶にある宮川鈴音という女の子は、兄とは違い臆病で常にオドオドしていて一緒に行動するときもみんなの後ろについていくような女の子だった。年齢がみんなより一歳年下だったからというのはあったかもしれない。鈴音はみんなにとっても妹のような存在だった。
――――だというのに。
「本日集まってくれたことに感謝の意を伝えます!」
開口一番。
昔見た面影を吹き飛ばすほどの大きな声で女は叫んだ。
こいつ、本当にあの宮川鈴音か?
みんなの後をとことこと付いてきたいつもオドオドしている女の子。小動物のようなイメージだったけど、今目の前にいるこの女はネコ科の肉食獣を思わせる鋭い目をしている。もしかしたら俺が記憶違いしているのだろうか。
「す、鈴音ちゃん、どうしちゃったの?」
健吾が自分の記憶に疑いを抱いていると、道彦が不安げにヒソヒソと話しかけてきた。
「なあ道彦。鈴音っていつもあんなだったか?」
「何言ってんの! 鈴音ちゃんっていったらいつも小動物みたいにオドオドしてた子だよ!」
「ありがとう道彦」
俺の記憶は間違っていない。
「あ、あんた。本当に鈴音……?」
それまで口を開いてこなかった小野原優希が恐る恐る宮川鈴音に問い掛ける。しかし鈴音はそれには答えず、
「今日ここに集まっていただいた理由は他でもありません!」
と開口一番と同様、唐突に台詞を繋いだ。
「ここ“拠点一”は我々が最初に築き上げた秘密基地です。幼少の頃のコミュニティを形にした一番最初の場所、この地点が我々のルーツなのです!」
「……な、なにあれ? っていうか我々って誰のことよ」
今度は優希が怪訝な表情でヒソヒソと話しかけてきた。
「さあな。軍隊映画の影響でも受けたんじゃないのか」
そう思うとなんだか演説を聴いている気分になってきた。さしずめ鈴音は教官ってところか。
「故にこの場所、この景観はそのまま次の世代に伝えていかなければなりません! よってここに第一回拠点製作大会を宣言します!」
「「「はっ?」」」
三人が同時に声を合わせる。
てか文脈おかしくね?
「ごめん、もう一回言ってもらえる?」
「この場所、この景観を次の世代に伝えるために第一回拠点製作大会を実行します!」
「どうしよう健吾。二回聞いたのにさっぱり分からない……」
「安心しろよ。道彦だけじゃない」
というか鈴音さん。さりげなく文章変えてきたな。宣言と実行じゃ意味が全然違う。
「質問なんだけど」と優希が挙手する。
「その拠点とやらを作って何するわけ?」
「戦争です」
「「「はっ?」」」
独裁者か。
「正確に伝えると、我々大人が拠点を作り、次の世代たる子供達がその拠点を使って戦います」
「ああ。つまりレクリエーションなわけ?」
「いえ戦争です」
きっぱりと鈴音は断言する。
「鈴音ちゃん、随分過激になったね……」
「あいつ何かあったのか」
健吾と道彦がヒソヒソと話す。
「そもそもどうして戦う必要があるのか知りたいんだけど」と再び優希が問いかける。
「それは子供達が望んだことです」
「それはまた、どうして?」
「私はあるとき子供達の争いの場に遭遇してしまいました。喧嘩の原因は些細なことでしたがその喧嘩のやり方が問題でした。力ある者が力ない者を一方的に叩く。まるで弱肉強食の世界です! 最近の子供達はちゃんとした喧嘩の方法も知らないのです。これは問題だと私は思いました。故に私は子供達にちゃんとした決着のつけ方を教えることにしました」
「……それ子供の喧嘩に大人が割り込んだだけじゃない?」
「いいえ。これは由々しき問題なのです。喧嘩とは怒りだけをぶつければそれでいいというものではありません。ちゃんとお互いが納得する必要があります。そのやり方を教えてあげたい、そしてその行く末を見守りたい、それが私の望むところです」
鈴音の真剣な様に三人は言葉を失った。
本気で子供のことを考えているのだろう。ならば仕方ないという気持ちもある。そこまで言うのならこの話に乗ってみようと三人は心の中で決意する。
「そういうわけでここにその子供達を呼んできました!」
そういう鈴音の背後に複数の子供達が集まってくる。その数、10、20、24――。
「ちょっと待て」
思わず健吾がストップをかける。
「喧嘩って一対一じゃないのか?」
「違います。全員で27名います」
「多すぎだろ……。すると14対13で喧嘩しているのか」
「いいえ。7対7対7対6です」
「四勢力!?」
どれだけ複雑な喧嘩なんだ。
「おい。俺の甥っ子達も居るぞ!」と道彦が驚愕する。
「確かにこれは戦争だな」
それもここまで複雑に入り組んでいるとちっとやそっとの話し合いぐらいでは何も解決しない。
しかも子供達の期待に満ちた視線――これは後戻りもできそうにない。
「あなたたちにはそれぞれのチームを受け持ってもらいます。あくまでこの子達が戦う拠点作り、があなたたち仕事です。戦いに参加することではありませんのでそのつもりでいてください」
誰も戦ったりしねーよ、と健吾が内心突っ込みを入れる。
「うん? 四チームあるってことは最後の一つは鈴音が受け持つのか?」
「あくまで仮ですが私が受け持ちます。ですが私は公平な立場にありたいのでいずれ正式にチームを受け持つ者を探し出します」
ちゃっかり自分自身を第三者扱いする鈴音。
「では子供達をお願いします」
鈴音の言葉で子供達がそれぞれ大人の元へと駆け寄る。
道彦の甥っ子達は当然道彦の元へ、優希の元には女の子のチームが集まった。
「よろしくお願いします!」
口々にそんな言葉が飛び交う。
「ああ。よろしく」
若干戸惑いながらも健吾は子供達一人一人に挨拶していく。
「うん? 悠人も居たのか」
「健吾兄ちゃんよろしく!」
一際元気の良い子供が健吾へと笑みを向ける。慣れ親しんだ者に対する笑顔。それもそのはず悠人と呼ばれた少年は健吾の近所に住む子供だ。小さい頃からの付き合いであるため自然笑みも溢れる。
知っている子供もいるとなっては無様な姿は見せられないな、と健吾は内心溜息を吐く。
大変なことになったものだ。