第2章その1: 光の学校
あたしは教室を飛び出した。
廊下に出た瞬間、何かにつまずいた。思いっきりよろけて、とっさに目を閉じる。壁に頭をぶつけた。
「……痛っ」
ぶつけたところが、じんじんする。
その痛みに、安心した。
あたしはちゃんと生きている。まともな感覚がある。
カッターが太ももに刺さって笑ったり、膝から下がなくなってるのに普通に行動できたりしない。
あたしは、大丈夫。
よし。
気合いを入れて目を開けると、目の前に太い針のようなものが飛び出ていた。その針と、周囲の壁が赤黒く染まっている。
なにこれ。
よろけた方向があと数cmずれていたら頭に刺さっていたに違いない。もし刺さっていたら、教室のみんなの仲間入りしてたんだろうか。
教室のドアを開けるのは嫌だったので、ドアの窓から針が飛び出ている壁の反対側を覗く。
釘だ。
何かのプリントが、画鋲じゃなくて20 cmはありそうな特大の釘で壁に張られている。それが壁を突き抜けて、廊下側に飛び出ていたのだ。
足元には、掃除に使うホウキが転がっていた。
『整理整頓。道具は正しく使いましょう』
生活指導だか、技術家庭の授業だかで聞いた標語を思い出した。
ホウキだけじゃない。廊下を見渡すと、バケツや雑巾、教科書ノートに体操着、カバンに靴、果てはどこが壊れたのか判らないガレキまで、雑多なモノが散乱していた。床が見えてる所の方が少ない。まるで大きい地震があった直後みたいな感じだ。
誓って言うけどアナと別れた時は普通の学校で、廊下はキレイだった。釘も飛び出てなんかなかったはず。
それともう一つ、気付いたことがある。
白い。
廊下が、ごみごみしてるのに、全体的に白いのだ。モノがなければ病院みたい、って思っただろう。いつもの学校は、ベージュの壁にグレーのロッカー、ごく薄いオレンジの床、あちこちに貼られた色とりどりのポスターやらシールやらでもっと色が溢れていたはずだ。
だからこそ、時々ある赤黒いシミが目立っている。それが何だかは、考えたくない。
教室と反対側の壁は、ロッカーが並んでいて、高い位置に明かり取りの窓が付いている。その向こうも、白い。
濃い霧が出てるのか、隣にあるはずの体育館どころか、すぐ横に生えてるはずの木さえ見えない。
一体、何が起きたの?
十数分後、あたしはジャージに着替えてガレキの山と化した廊下と向かい合っていた。
夏服のまま、ガレキを乗り越えるのは無謀だ。長袖のジャージなら、釘みたいなのは無理としても、ザラザラだったり、トゲがあったりするガレキを乗り越えられるだろう。あとは赤黒く染まったところに直接触らなくて済む。
足元はバッシュだ。正直かなりもったいないけど、靴底がペラペラな中靴よりマシだ。
背負ったカバンには、ロッカーに入れてたチョコレートとぶ厚めの教科書と資料集が入っている。食料と、盾の代わりだ。使いようによってはシートにもなるだろう。
手袋とヘルメットも欲しいところだけど、無い物は仕方ない。
校門に近い方の廊下は、ガレキが山になっていてとても越えられそうになかった。ジャージが入っていたロッカーがギリギリ山の手前で助かった。ロッカーの扉は、何かが激しくぶつかったみたいにベッコリ凹んでいた。開けるのになかなか苦労した。
教室からは出た時と変わらないざわめきが聞こえるけど、廊下に人気はない。
このまま進めば、教室が並んでて、端っこに階段がある。階段を上って2階に上がれば、2年生の教室と、渡り廊下がある。渡り廊下を通れば、職員室とか、音楽室とか化学室みたいな特殊教室がある建物に行ける。そっちに行けば、出口がある。
それか、2階からなら、教室棟の出口に行けるかもしれない。そうだ、2-Bに行って、アナの様子を見なきゃ。ケガしてたら、助けなきゃ。
よし、目標決定。
幸いにも、A組は教室棟の出口から遠いけど、階段のすぐ横だ。足元に注意していれば、すぐ階段に行ける。
注意していても、移動はキツかった。足場にしたガレキの山が崩れかけたり、濡れた雑巾で滑ったりする。いつもの10倍以上の時間をかけて、階段の前になんとか到着した。
到着した、けど。
「……どういうこと」
階段はある。
但し、下方向の。
1年の教室は1階だ。2年が2階、3年が3階。地下はない。少なくとも、昨日まではそうだったはずだ。
なのに、今目の前にある階段は下方向だけで、上に向かう階段はなかった。
踊り場が見えるだけで、階段の先は見えない。窓もない。ただ白い壁と、廊下と同じように学校用具とガレキが散らばっているだけだ。
それでも、戻ったところであるのはガレキの山と、さっきの教室だ。教室の窓から出る手もないわけではないけど、教室には戻りたくない。
あたしは、見覚えのない階段を降りることにした。