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ヒカリとカゲの間に  作者: 矢馳あさと
第1章 変わってしまった学校
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第1章その4: 不安

「影木さん、今日はどうしたの?何かあったの?」

 昼休み、私は生活指導室に呼び出されていた。担任の多田先生が私の顔を覗き込んでいる。

 最悪だ。

 午前中の授業に全然ついて行けなかったせいだ。全部の小テストがほぼ白紙で、全部の授業で質問にも全く答えられなかったのが、職員室で話題になってしまったんだろう。

「……何もありません」

 こんな話してる暇があったら勉強しなきゃいけないのに。午後の授業でも同じ事になっちゃう。

 それなのに、多田先生は話を止めようとしない。

「影木さん、あなたに怒ってるわけじゃないの。あなたを心配しているのよ」

 うるさい。あなたの話をのんびり聞いてる場合じゃないの。何も分かってないくせに変に首を突っ込もうとしないで。

「……お兄さんの病気はどうなの?心配なら、これから病院に行ってあげてもいいのよ?」

 お兄ちゃん。そう、お兄ちゃんも一応この学校に在籍しているから、先生もお兄ちゃんのことを知っているし、病気が酷くて休んでることだって知ってる。

 イライラする。どうしてあの人が同じ学校にいるんだろう。どこまで私のことを邪魔するんだろう。あの人のことなんてどうでもいい。

 あの人みたいにはなりたくない。

 ただ寝ているだけで、家族の中心になって、病院やら薬やら特別な食事やらでお金を使って。

 お父さんとお母さんがいなくなったらどうするの?1人で生きていけもしない、ただ消費するだけの存在。生きている意味も、目的も、持てない存在。あんな人生に、どんな喜びもあり得ない。

 私は、1人で生きていけるようになりたい。自分の責任で好きなものを食べて、好きなところに行きたい。何かを作って、この世に私の存在を刻みつけたい。人生を楽しめるようになりたい。

 だから、こんなところでお説教されてる場合じゃないの。

 みんなと同じように勉強して、みんなと同じように大学に行かなくちゃいけないの。落ちこぼれるなんて嫌。

 今更就職組になんてなれない。履歴書だのエントリーシートの書き方も知らないし、有利な資格も持ってない。今更進路変更したって、これまで就職のために頑張ってきた同級生には勝てないんだから。

 スポーツ系になるのはもっと無理だ。あんなのヒカリみたいに小さい頃から頑張ってきた子じゃないとなれないし、そもそも私は運動神経が人並み以下だって事が分かってる。

 私は、今いるところで、人並みにならないといけないんだから。

「……教室に戻ります」

 まだ何か言っている多田先生を無視して、私は立ち上がった。体が重い。体が鉛でできているような感覚だ。それなのに頭酷く動いていて、不安と警鐘を叫んでいる。

「ちょっと、影木さん!」

 生活指導室の隣は職員室だ。先生達が深刻な表情で話し合っていたり、書類を書いていたりする。

 先生達だって昼休みに休憩なんかしないで、仕事している。私も、勉強しなくちゃ。そう思えば思うほど、体は重くなっていく。体を引きずるような感覚で、足を動かしていく。

 職員室のある棟を出て、足早に教室へ向かう。渡り廊下から体育館が見えた。スポーツ系のクラスの子達が、必死で練習していた。ヒカリを探そうとしたけど、バスケ部が使っているコートは見えなかった。そもそも、それどころじゃない。

 どこの教室でも、みんな必死で勉強したり、就職用の書類を書いたり、練習の打ち合わせをしたりしている。遊んだり、無意味なお喋りをしたり、無駄な事をしている人なんて誰もいない。急がなきゃ。

 無理矢理動かしていた足が、ふと止まった。

 2年A組。

 一応、お兄ちゃんが在籍しているクラスだ。

 みんな机に向かって勉強している中で、1つだけ空いている席がある。お兄ちゃんの席だ。

 そこに、何かある。

 黒い影のようなものが、机の上に浮かんでいる。

 そんなものに構っている暇はないはずなのに、どうしてもそこから目が離せない。

 ざわざわ、と聞こえるはずのない声が聞こえる。

 私を呼んでいる。

 扉を開けて教室に入る。他のクラスの生徒が入ってきたのに、誰も何も反応しなかった。

 影がこちらを見た。

 それに目なんてないはずだが、目が合った。

 そっと手を伸ばす。

 触れた。

 それはぐずぐずと柔らかい何かで、今にも崩れそうだった。

『ーー飲まれるな。落ち着け』

 聞き覚えのある声が、頭に響いた。

 影が、両側からライトで照らされたかのように、唐突に消えた。

 ぱちん、と、何かが外れる音がした。

 いきなり目の前が明るくなったような感覚だった。体が軽くなる。

 ーー私、何をしてたの?

 何を焦っていたんだろう。勉強なんて、そんなに焦ってしてなかったのに、なんでいきなり思い詰めてたんだろう。

 まだ高2の夏前。受験する大学だって決まってないのに、そんなに必死に勉強する必要なんてない。

 就職したっていいわけだし、そりゃ資格は持ってないけど、高卒で就職するのに資格の有無がそこまで厳しく問われるなんてない。履歴書やエントリーシートだって、これから書けるようになる時間は十分ある。そもそも就職活動なんてまだ始まってない。

 クラスの様子、先生の態度、周りの皆がおかしいのだ。勉強に就活に部活に、必死になり過ぎている。病気でもないのに半日様子がおかしいだけで呼び出すなんて、過敏にも程がある。

 息を吸って、吐く。

 改めて周りを見回してみると、なんだか、妙に暗かった。電気も付いているし、いつもの教室と同じように見えるのに、全体的に影に覆われているというか、暗い。

 そんな中で、A組のみんなが勉強していた。私に注意する人は誰もいなくて、全員がひたすら本に向かっている。

 何かが、おかしい。

 私はようやくそのことに気付いた。

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