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ヒカリとカゲの間に  作者: 矢馳あさと
第1章 変わってしまった学校
4/19

第1章その3: 1年A組

 アナと別れて、あたしは1年の教室に入った。

「みんな、おっはよ〜!」

「ヒカリおはよー」

「おはよ、ヒカリ。朝練ないとゆっくりできていいね」

 クラスのあちこちから返事が返ってくる。席に着いてみると、机の中に何か紙がある。学校に置きっぱの辞書とか教科書とかノートとか(必要な時は持って帰ってる、って一応書いとく。アナ程じゃないけどあたしも真面目な方だ)は、ロッカーの中だし、配られたプリントとかは持ち帰るなり提出するなり、机の中に物を入れておく習慣はない。出してみると、何かのチケットだ。安っぽい紙に、バンドっぽい名前が書いてある。

「あ、明石さん!」

 呼ばれて振り返ると、同じ高さにクラスの野瀬君の目線があった。なんていうか、正直パッとしない男子だ。あんまり喋ったこともない。とりあえずバスケが上手くない事は確か。

「なに?」

「そ、そのチケット俺のなんだ!同中のヤツがやってるバンドで、けっこうイイんだよ!よ、良かったら、一緒行かない?」

 顔を真っ赤にしてる野瀬君から視線を外して、チケットを見る。日付は今週の土曜日。テスト直前じゃん。その日アナがうちに来て勉強会しよう、って約束してるんだけど。

 ごめん、って言おうとして口を開いた。

「うん、いいよ」

「マジで!?」

 クラス中がざわめいた。

「ちょっとヒカリ、野瀬とか止めときなよ!!」

「おい野瀬てめぇッ!」

「明石さん、土曜日ヒマなら俺とストバスしない?」

 ちょっと待って、あたしなんで今OKしたの!?ていうか佐武君、あたしよりバスケ弱いのにストバスしてどーするの。

 クラスのみんな以上にあたしも混乱していた。

 他の男子に頭を叩かれてる野瀬君はまだびっくりしている。あたしがOKするとは思ってなかったみたい。あたしとだけじゃなくて、基本的にあんまりしゃべらなくて、ぶっちゃけ影が薄い野瀬君にしてはかなり頑張った方なんだろう。

 まぁ、いいか?

 本当にいいの?とどこかで思いながらあたしは何故か納得し始めていた。

「お前らホームルーム始めるぞー!!席に着けー!」

 いつの間にか担任の南畑先生が教卓に来てたけど、座る人は誰もいない。

 クラス委員の沙夜があたしの手からチケットを取る。

「野瀬なんかがヒカリ誘うなんて10万年早いわよ!」

「や、止めろよ!」

 沙夜はチケットを真ん中で破ってしまった。投げ捨てられた紙切れが野瀬君の目の前でヒラヒラ舞って、床に落ちた。

「ちょっと沙夜、やりすぎ」

「別にいいじゃない」

 男子達に囲まれていた野瀬君が抜け出してきて、沙夜の前に立つ。

「よくねぇよ!」

 そして、突き飛ばした。

 沙夜は思いっきりバランスを崩して、腰から倒れ込んだ。

「沙夜!」

 カラララ、と何か軽いものが落ちて転がる音がした。

「沙夜、大丈夫!?」

「あははは!バッカみたい!こんなんでいちいちキレるとか!」

 倒れたまま、沙夜は笑っている。スカートの外に出ている太腿から、どろり、と赤いものが流れ出している。

「沙夜、ねぇ、血が!」

 転々と続く血をたどると、カッターが転がっていた。隣の席の子が、刃を出したまま机に置いていたのだ。それが、野瀬君に突き飛ばされた沙夜の脚に刺さったのだ。

「美優っ!あんたカッター出しっ放しにしてたでしょ!」

「え、ああうん」

 美優は笑いながら沙夜を引き起こした。

「沙夜ってばうける〜カッター刺さるとか確率どんだけwww」

「こっちの台詞だしwwwなんでこのタイミングでカッター出してんのwww」

 沙夜は笑っている。

「沙夜、とにかく保健室行こうよ!」

「こんくらい大したことないってwwwヒカリってば優しー」

「大丈夫じゃないって!めっちゃ血出てるって!」

 なんでそんなに危機感ないの!?

 助けを求めて振り返ると、野瀬君が笑っていた。

「ちょっと押しただけでそんだけ倒れるとかお前の方が止めるの10万年早いわwww」

「何言ってるの!?沙夜はケガしてるんだよ!?」

「そんなん大したことねーって。いちいち気にすんなよ」

「はぁ!?」

 あたしはその時あんまりにも慌ててて、野瀬君の口調が変わってる事に気付かなかった。他のクラスメイト達も似たり寄ったりで、笑っているだけで誰も助けようとしてくれない。

「先生っ」

 あたしはクラスのみんなの説得を諦めて、教卓に行った。南畑先生は、クラスの騒ぎなんてどこ吹く風で、マンガを読んでいた。

「お、明石?どうした?今日出た新刊なんだ、お前も読みたいのか?」

「〜〜そんなわけないでしょ!何やってるのよ!これだけ騒いでるのよ!?先生なんでしょ、注意くらいしなさいよ!」

 あり得ない事に、南畑先生はちょっと困ったような顔になった。

「明石、そんなの気にするなよ。みんな気が済んだら止めるだろ」

「そういう問題じゃない!沙夜なんかケガしてるのよ!?」

「ケガ?いつもの事だ、大したことないだろ」

「そんなわけーー」

 ない、と言おうとして、気付いた。

 血の臭い。

 どこが臭いの元なのか分からないほど、教室に立ち込めている。

 沙夜が流した血だけじゃない。

 教室に全体を見渡すと、白い夏服のあちこちに、赤い点々が付いている。それどころか、大部分が赤く染まっている子もいる。

 血だけじゃない。手や足があり得ない方向に曲がっている子もいる。

 それに、全体を見渡して、気付いた事がある。

 野瀬君。

 みんなより、頭2つ分くらい背が低い。椅子に座ったあたしと、同じ高さで目が合う位。

 少なくとも、私の知ってる野瀬君の身長はそこまで低くない。

 人混みが動いて、見えた。

 野瀬君の席から私の席まで、赤い2本の線が続いている。

 野瀬君、膝から下が、無い。

 クラス中が、下手なゾンビの群れみたいに、血を流して、体の一部を欠けさせていた。

「ははは」

「あはははは」

 美優が笑っている。

 沙夜が笑っている。

 佐武君が笑っている。

 南畑先生が笑っている。

 野瀬君が、笑っている。

 皆が、笑っている。

 教室に、笑い声が響いている。

 あたしは、絶叫した。

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