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ヒカリとカゲの間に  作者: 矢馳あさと
第5章 明暗
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第5章その1: 黒幕

 泣きそうな感じだったけど、メイトお兄ちゃんの手が優しくて、不思議と涙は出てこなかった。

「……帰りたい」

「大丈夫」

 ああ、大丈夫なんだ。

 酷く、安心した。

 影が渦巻いた。

 あたしはそこに吸い込まれて、落ちていく。不思議と、心地いい。

 何か大事なものを失くしてしまいそうな気がしたけど、もうどうでも良かった。この安らぎの中で全てを忘れよう。

 優しい影に包み込まれようとしたその時、影が止まった。

 ーー影木暗那、王位の継承を宣言します!

 どこか遠くで、アナの声が聞こえた。

「何ッ!?」

 あたしは跳び起きた。

 優しく流れていた影は怯えるようにあたしから離れていく。……その動きは、初めて立ち上がった赤ちゃんみたいにぎこちない。

 影の王城がきしんだ。

 両脇に並んでいた甲冑が倒れ、灯火が落ちる。壁が剥がれてこぼれて、空気が粉っぽくなった。柱と柱の間から、天井の一部が崩れてくる。

「危ない!」

 崩れた天井のけっこう大きい一塊が、あたしとメイトお兄ちゃんに向かって落ちてくる。あたしはメイトお兄ちゃんの腕をつかんで飛び退いた。間一髪、あたし達のいた場所に天井が落ちた。

「馬鹿な……」

 ほとんどあたしに投げられたみたいな感じで、メイトお兄ちゃんは座り込んでしまった。バカ、って言った本人がバカみたいな顔になってる。

 メイトお兄ちゃんの周りに従っていた影が離れて、親とはぐれた子供みたいにあたりをさまよっている。その一つが、微かに渦巻いた。

 あたしの横を、台風の風より速く闇が駆け抜けた。

 花鶏先生!?

 花鶏先生は微かに渦巻く闇に躊躇いなく手を突っ込む。影はもがいて、激しく渦巻き始める。一瞬広がった影に、花鶏先生が飲み込まれる。

「花鶏先生!」

 あたしの悲鳴が消える前に、目の前に影が閃いた。

 思わず目を閉じる。

 目を開くと、目の前に花鶏先生が立っていた。その腕の中!

「アナッ!!」

 あたしはアナに飛び付いた。

 アナは制服じゃなくて、真っ黒なドレスを着ていた。黒っぽい金属で黒い宝石の付いたティアラをかぶって、同じ素材の王笏を握ってる。……なんていうか、制服だと体型あんま出てないけど、体のラインが判る服着るとアナってめっちゃ凹凸付いてて羨ましい。

 ……そうじゃなくて。

 それどころじゃないあたしッ!

 お姫様みたいなドレス(ただし黒い)姿なのに、アナは真っ青な顔で泣いていた。あたしを見て、すがり付いてくる。

「アナ!?ねぇ、どうしたの!?」

「ヒ、カリ、わ、私……」

 後はもう言葉にならない。ぼろぼろって涙ばっかり流れてる。

「影木!ぼけっとしてる場合か!」

 花鶏先生の叫びと、ゴンッ、ってけっこう痛そうな音が響いた。

 目を白黒させてるメイトお兄ちゃんを花鶏先生が引き起こす。立ち上がったメイトお兄ちゃんは頭を振って、アナを見た。……視線の強さが戻ってる。

 アナのティアラにメイトお兄ちゃんが触れる。王笏を持った手を花鶏先生が握る。

 2人は目を閉じた。

 迷っていた影が集まる。集まった影は流れになり、あるべき場所へ納まっていく。

 王城の崩壊が止まった。

 落ちたものは戻らないけど、新しく落ちてくることはない。

 2人が目を開けた。

 メイトお兄ちゃんが手を伸ばして、あたしの胸からアナの顔を上げさせた。アナの涙はおさまってたみたいだ。それでもぼけっとしてるアナに向かって、メイトお兄ちゃんは手を振り上げて、下ろした。

 パン、って乾いた音が響いた。

 叩かれたアナが、また顔をくしゃくしゃにして泣きだした。

「お兄ちゃん、ごめんなさい、私、私……」

「もう遅い。終わりだ」

 そう言ったメイトお兄ちゃんは酷く冷たい顔だった。後は一言もなく、アナの手から王笏を奪い取る。

 メイトお兄ちゃんの後ろに影が集まって、見たことのある扉になった。メイトお兄ちゃんがさっさと扉の向こうに消えていった。

 門の向こうは、白い。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 アナが泣いている。

 地面が揺れた。また、ぱらぱらと天井が剥がれて落ちてくる。さっきほど酷くはないけど、ヤバい感じがする。

「先生、なにが起きてるの?」

 花鶏先生は頭を振った。座り込んでるアナの王冠に触れる。

 ……少し、揺れが収まった。

「影の世界が壊れ始めてる」

「……何で?」

「こいつが、実力もないのに王になったからだ」

 アナの嗚咽が酷くなった。花鶏先生はすがり付いてくるアナの頭を優しく撫でた。

「影の世界は、現世の人の負の情念を吸い取り、適切にーーその人が自殺したり、病気になったりしない程度に管理する場所だ。しかし、影の国は王が力を失って、影ーー人の負の思いが、制御できなくなっていた。不必要なまでに負の感情を吸ってしまったり、全く吸わなかったりした。そのとき、王家の血を継いで、影を制御できるメイトが影の国に来た」

「でも、メイトお兄ちゃんは王様になれなかった」

「そうだ。王冠と王笏が、『何故か』なかった。メイトが手をこまねいているうちにも、影は制御されず世界は崩壊に向かっていた。……それでも、影の制御に長けたメイトが即位していれば、崩壊は止められたかも知れん」

「だって、ヒカリが!」

 アナが叫んだ。

「ヒカリの思いが見えたの!お兄ちゃんが吸い出したヒカリの思いが!ヒカリの気持ちを、ヒカリ以外の人が勝手に扱うなんて、おかしいじゃない!私は止めたかっただけなの!」

「アナ……」

 言葉に詰まったあたしと違って、花鶏先生はため息を吐いた。

「どういう切っ掛けだろうと、もう止められん。……明石」

「なに?何かできるの?」

「黒幕は誰だ?」

「?メイトお兄ちゃんでしょ?学校をわけわかんなくしたのも、ここを壊す原因作ったのも」

「確かに、俺をこの世界に引き込んだのもあいつだよ。だがあいつはただの下手人だ。あいつが、そうせざるを得なかった原因は何だ?」

「即位できなかったからでしょ?」

「なぜ即位できなかった?この世界に干渉して、王冠と王笏を隠したのは誰だ?」

「誰、って……」

「さっさと行ってこい。お前の領分だ」

 花鶏先生は、メイトお兄ちゃんが通っていった扉を指した。

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