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君の隣は遠く

作者: 樹朱

あらすじ読まずにここまでいらしてくださった方、前書き(ここの文)読んでから本文行ってくださると背景がわかるかも、しれません。

あらすじ読まれた方は、すっ飛ばして、どうぞ。



大陸一の教育機関、学院。そこでは様々な研究や教育が行われていたが、その内のひとつに過去の遺産を解明する分野があった。その分野も細かく各研究室に別れているわけだが、彼女は『詩』の解明に力を入れている研究室にいた。何年も、ずっと。かなわない夢を見ながら。

……義務教育の一環のようなもので学院に入った俺は彼女のいる研究室に所属させられ、そして。


別れが来ていた。俺が、学院に居られる時間はもうない。

「――あなたが望むなら、すべてをあげるわ」



 栗色の長い髪が彼女の歩みに合わせ、揺れる。

 冷たい印象を与える氷蒼の瞳が挑むようにこちらを覗きこんだ。


「私は魔術師だから。叶えるわよ望み」


 ミルクティー色のブレザーに赤と茶色のチェックのプリーツスカート。ブレザーの小さな胸ポケットに校章らしい模様が描かれている。ブレザーもスカートも使い込まれ、よく彼女に馴染んでいた。


「なら、詠って」


 望み、なんてただひとつ。


「――え。うたうの? 何を……」

「『世界の祈り』最終章、遠い夢」


 告げれば彼女はげ、と顔を歪めた。


「まだ解析されてない詩じゃない。詠えるは詠えるけど意味分かんないわよ」


 ほんとにいいのねと確認するように、変えてほしそうに言って頷く僕を見、ため息を吐いた。



『世界の祈り』



 詠える者は少ない。聞いたことのある者もそう多くない。僕らよりも一つ前に生きていた人種が書いたとされる。

 その人種を僕らは詠人と呼んでいた。言葉が詩のようだったから。



「――変わる世界の祈りはひとつ

 艶やかに咲き誇れ 炎の如く

 しなやかに順応せよ 柳のように

 そしてまた

 慈しむべき彼らより……

 受け止めよ 雫の欠片

 残されるは小さき者

 受け継がれぬは多くの翼

 祈りは如何に叶えようか」



 朗々と、澄んだ声で詠われるそれは何故か、解析済みのものだった。ただひとつの言葉を除いて。



「祈れ

 たゆたう者に開かれる扉は常に一

 炎朱の槍を持て

 氷蒼の翼を知れ

 願わくは誰にも叶わぬその先へ」



 詠いきり、彼女は僕をみた。挑むように、誇るように。


「……いつ解析したのさ」

「解析なんてしてないわ、今のは私の勝手な解釈」


 けろりと言って彼女は笑った。


「どうだった? この解析は」

「何て言うか……斬新だね、型破りと言ってもいいけど」


 えー、とぼくの評価に不満そうな彼女。だけど知ってる。僕も彼女も。

 誰になんと評価を下されようとこの詩の解釈は解析済みの物に近いことを。

 だから彼女は魔術師を名乗る。詠人の詩を詠める者。


「でも意外。最後の詩は詠まないものだと思ってた。むしろ、詠めないわって言うと思ってた」


 最後の詩は他のものと文体が違い、単語にも変化があった。彼らよりひとつ昔の人種の言葉が混じっているのではないか、というのが定説である。

 それ故に、解析困難として後回しにされている部分がある。また、最後の詩はどこか神聖視されているようだった。なんとなく、詠ってはいけないような気にさせられる。

 彼女は苦笑いのような変な笑いを浮かべた。嫌な顔をするか不機嫌になると思っていた僕にはちょっと意外だった。


「まぁ。オトナが私たちに知らせていないことをなにか掴んでいるんだろうってことは知っているし、教えてもらえないのもわかっているわ。だから、逆に私たちはためらいなく詠えるんじゃないかと思うのよね。魔術師に詠めない詩はないんだから、最後の詩でもなんでも詠っちゃえばいいのよ」


 言い放ち、唐突に人差し指を僕へ突きつける。


「いい、私たちはまだ子どもなのよ。大人の保護下よ。私たちの責任は大人が持つの。たとえ今私が最後の詩を解析して詠っても、何も悪いことじゃない」


 言いながら、彼女は泣きそうな顔をしていた。


「何も、知らないことは武器になる。ちゃんと、利用してよ。自分が子どもであるとこを」


 なんでそんな、泣きそうな、悔しそうな顔をするのか。

 睨むように瞳を覗いて、彼女は諦めたようにため息一つつくと長い髪を後ろに払い、僕に背を向けた。



「先にある道は何処

 出会える人は誰

 彼の者探し求むる

 在るべきと無きを知る者として」



 いきなり詠い出されたそれは誰もがよく知る、『詠い名』と呼ばれる詩の出だしだが、彼女の詠いだった。勝手に別の言葉に置き換え、詠う。

 彼女はこのアレンジが気に入っているのかよく詠う。何回も繰り返されるので覚えてしまった。


「遠く遠く 舞い堕ちよ

 彼の者届かず 消え失せよ

 その祈り叶える時はもう過ぎて

 望みより在る者よ――

 だったっけ」


 引き継いで詠うと、彼女は驚いた顔で振り向いた。


「そうそう。覚えてたのね」

「あれだけ詠われればね」


 苦笑する。何度隣で詠われるのを聴いたことか。


「――やっぱり、いい詩だよ」

「……自画自賛?」


 自分で替え歌して褒めるとはこれいかに。


「違うわよ、君のうたがいいって言ったの」


 あーあ、と彼女は天を仰いだ。僕は苦笑を深めるだけだ。こればかりはどうしようもない。


「……仕方ないって思ってるんでしょう、どうせ」


 そしてすねた声を引きずったまま、惜しむように羨ましそうに彼女は言った。


「まぁでもいいことよね。おめでとう、君は自由の身だっ!」

「……ありがと、でいいのかな。むしろ、ごめんのが合いそうだけど」

「ご配慮痛み入るわ」


 僕に向きあうように立ち、彼女は僕の肩越しに先を見つめた。

 振り返るまでもなく、そこに何があるかわかっている。巨大な施設棟。彼女が帰るべき家であり、僕もそうであった場所。


「戻る?」

「そろそろ夕食よね。あーそのあと補習だぁ」

「また、解釈? 相変わらすだな、あの教官の頭の固さ」


 いつも通りを振る舞う彼女に合わせる。もう、数分後にはいつも、なんてないから。今だけ、変わらないいつもを。


「そうなのよ。模範解答しか認めないってどーゆーことよ……」


 ぐにゃぐにゃと僕に寄りかかり、はっとしたように離れた。


「――私、行くわ。夕食にしてくる」

「いってら、俺も行く」


 施設棟から僕に目を移し彼女は笑った。氷蒼の瞳が柔らかく溶けた。


「おれ、だって。聞き慣れないわね。――じゃあね」


 施設棟に帰っていく彼女を見送り、僕……俺は反対方向へ。歩き出すと、旅装束が揺れる。着慣れない、でも懐かしい服の感触、感覚に苦笑する。暗記しようと頑張った試験内容よりもこんな、昔の感覚を覚えているなんて。


「――その祈り、叶える時はもう過ぎて。望みより在る者よ、ね」


 その詩は彼女自身を指しているかのように思えてならない。俺とは違い、才能があるからこそ囚われる。鳥籠の中の鳥。昔を知る俺とは違い、彼女にとっても過去も未来も現在も、同じまま。

 だからこそ、かなわない。彼女の側に留まることすら、望めない。


「……力不足ってか」


 うつむいて、左手を広げる。小さい手。

 彼女と詠いで張り合おうなんざ、千年も早いことを知っている。才能も、詩に費やしてきた時間もその努力も、及ばないことを俺は知っている。それでも詩で彼女の側に居たかったのは共感してあげられる、同じものを抱えていられると思ったからだ。……俺と彼女では雲泥の差があったのに。浅はかもいいところである。


「彼の者常に在り

 永久の中に根を張り息づく

 命の炎を頼る一歩の足跡

 子どもらの歩みは遅く

 彼の者歩みの遅さに瞳を閉ざす」


 少し前からちょっとずつ作ってきた俺のオリジナル。鳥かごに囚われた彼女を詠ったもの。まだ出だしだけしかできていない。

 高い鉄柵の門にたどり着く。立っていた警備員に出たい旨を伝え、学院を出る。


「なんだい、随分名残惜しそうじゃねえか」


 門をがらがらと引っ張りながら警備員のおっちゃんがからかうように言う。


「まーね、残してきたもんがあるからな。やっぱり珍しい? こういう人は」

「大抵、清々したって顔だからね。やっと出ていけるってな」


 笑って、おっちゃんは門を閉めた。


「ま、後悔せずに歩ってけよ。残したもんがなんであれ」


 言って、おっちゃんはさっさと中に引っ込んだ。寒かったんだろうか。

 閉ざされた門。

 既にその内側に俺がいる義務も権利もない。

 歩き出す。今はまだ、あてもなく。

 警備員のおっちゃんには残してきたものがあると言ったが、違うかもしれない。

 苦笑する。学院に切り捨てられ未練があって。

 置いてけぼりにされたのは他でもない、俺だった。



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