表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/29

ようこそ、新入部員! -07-

「ううぅ……消えたい」

 恥ずかしいぃぃ……ちょっと熱出るくらいだよこれ。変な汗滲んできた。

 いくら頭を振り回しても、さっき見たきょとん顔が振り払えない。むこう一ヶ月は思い出すたびに顔から火を噴きそうだ。

 しばらく便座に座って身悶えていると、本当にもよおしてきた。

 なんだか色々と自分が厭になってくるなぁもう!!

 深い溜め息をしながら私は用を済ませた。

 ほどなく入り口のドアが開く音が響いた。ちょうどしおえたところだったので、こちらの音を聞かれずに済んだことに心底ほっとする。同時に少し落ち着いた。

 私は身支度を済ませた後、便器の蓋を閉めて座り直した。ポケットから昨日の文庫を取り出す。

 この小説、上巻で何があったか知らないけど、はたして主人公の高校教師だけが異常者と言えるのかな?

 なんか、舞台になってる学校自体がおかしいような――

 ガゴッ!

 突然、真横の壁が暴力的な衝突音を轟かせた。真隣の個室だ。驚いて肩がすぼまり、うなじが(さっ)と冷える。私は思わず立ち上がって壁の向こうに身構えた。が――

「おい」

 次のアクションは真上からきた。ばっと視線を上げた私はそのままの姿勢で固まった。

「ぃよう!」

 軽快に片手を振っているのは廊下を歩いていた輩だ。

 ちょっ! ええ? いやいやいや! こいつ男子! ここ女子トイレ!

 公衆道徳を思い切り蹴り飛ばされ、ショックで口をきけなかった。 

「お前、小我裕生だっけ? 難民候補だろう?」

 ――っえ?

 いきなり名前で呼ばれた。誰だこいつ。知らない。そんな奴に極めて情緒の優先される空間に土足で踏み込まれた。無理矢理陵辱されてる気分だ。

 その衝撃に最前受けたショックが相殺され、私はかえって素面に戻った。同時に突き上げてきた嫌悪感と敵愾心(てきがいしん)で、無意識に顔が険しくなる。

 そんな私を見て、そいつはギッと牙を剥くように笑った。

「そんなお前にぴったりの場所があるんだけど、一口乗らないか?」

 言いながら壁の上で組んだ手に顎が乗った。暗がりに白い歯が栄えている。ルイス・キャロルの考えたいやらしい猫みたいだ。

「な、なんなの、あんた?」

 嬉々とした様子でそいつを口を開ける。

「それじゃあ説明しよう。俺はカイ――」

「じゃなくて、ここ女子トイレ!」

 自分でも疑問に思うくらい落ち着いた声が出た。つもりだった……。

「ああ、悪かったよ。泣きそうな顔すんなって」

 そう(たしな)められてようやく目頭が熱くなってることに気がついた。同時にこの線眼の顔色を読まれたことにたじろぐ。

「場所変えようぜ。まあ、騙されたと思ってここに来てみろよ」

 (おど)けながらも気取った仕草で取り出したのは紙切れ。

 人差し指と中指に挟んだそれを差し出してくる。

 なんだか汚らわしい物を見せられたようで、さらに目を細めていると、

「お互い好都合な話だと思う」

 ちょうど目の高さで紙切れが開いた。知らず目が吸い寄せられる。

 「ほら」と、促されたので反射で受け取ってしまった。

 その紙には、

 『来たれ難民 我らは幽霊部 希望するなら放課から10分後に屋上扉前へ』

 と印字されていた。

「なにこれ?」

「あらかじめ言っておく。この部活は、この学校組織に対してささやかに刃向かう如何わしい部活だ。俺はここ一度でしか誘わないし、待つのも今日この後と明日の放課後だけだ」

 唐突に真剣味を帯びた声音を聞かされた。

 はっとして顔を上げる。しかし、壁の上にあった組んだ手と白い歯は、音も無く消えていた。

 ひょっとして私の気のせい? 一瞬思考が停止する。自分の精神状態を疑って不安になった。

 コンコンッ!

 強めのノックに個室のドアを叩かれた。肩がビクッと硬直する。

「こう言ったチャンスは少ないと思うぞ」

 擦るような足音を響かせて、私の名前を知っている誰かさんはトイレを出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ