ようこそ、新入部員! -07-
「ううぅ……消えたい」
恥ずかしいぃぃ……ちょっと熱出るくらいだよこれ。変な汗滲んできた。
いくら頭を振り回しても、さっき見たきょとん顔が振り払えない。むこう一ヶ月は思い出すたびに顔から火を噴きそうだ。
しばらく便座に座って身悶えていると、本当にもよおしてきた。
なんだか色々と自分が厭になってくるなぁもう!!
深い溜め息をしながら私は用を済ませた。
ほどなく入り口のドアが開く音が響いた。ちょうどしおえたところだったので、こちらの音を聞かれずに済んだことに心底ほっとする。同時に少し落ち着いた。
私は身支度を済ませた後、便器の蓋を閉めて座り直した。ポケットから昨日の文庫を取り出す。
この小説、上巻で何があったか知らないけど、はたして主人公の高校教師だけが異常者と言えるのかな?
なんか、舞台になってる学校自体がおかしいような――
ガゴッ!
突然、真横の壁が暴力的な衝突音を轟かせた。真隣の個室だ。驚いて肩がすぼまり、うなじが颯と冷える。私は思わず立ち上がって壁の向こうに身構えた。が――
「おい」
次のアクションは真上からきた。ばっと視線を上げた私はそのままの姿勢で固まった。
「ぃよう!」
軽快に片手を振っているのは廊下を歩いていた輩だ。
ちょっ! ええ? いやいやいや! こいつ男子! ここ女子トイレ!
公衆道徳を思い切り蹴り飛ばされ、ショックで口をきけなかった。
「お前、小我裕生だっけ? 難民候補だろう?」
――っえ?
いきなり名前で呼ばれた。誰だこいつ。知らない。そんな奴に極めて情緒の優先される空間に土足で踏み込まれた。無理矢理陵辱されてる気分だ。
その衝撃に最前受けたショックが相殺され、私はかえって素面に戻った。同時に突き上げてきた嫌悪感と敵愾心で、無意識に顔が険しくなる。
そんな私を見て、そいつはギッと牙を剥くように笑った。
「そんなお前にぴったりの場所があるんだけど、一口乗らないか?」
言いながら壁の上で組んだ手に顎が乗った。暗がりに白い歯が栄えている。ルイス・キャロルの考えたいやらしい猫みたいだ。
「な、なんなの、あんた?」
嬉々とした様子でそいつを口を開ける。
「それじゃあ説明しよう。俺はカイ――」
「じゃなくて、ここ女子トイレ!」
自分でも疑問に思うくらい落ち着いた声が出た。つもりだった……。
「ああ、悪かったよ。泣きそうな顔すんなって」
そう窘められてようやく目頭が熱くなってることに気がついた。同時にこの線眼の顔色を読まれたことにたじろぐ。
「場所変えようぜ。まあ、騙されたと思ってここに来てみろよ」
戯けながらも気取った仕草で取り出したのは紙切れ。
人差し指と中指に挟んだそれを差し出してくる。
なんだか汚らわしい物を見せられたようで、さらに目を細めていると、
「お互い好都合な話だと思う」
ちょうど目の高さで紙切れが開いた。知らず目が吸い寄せられる。
「ほら」と、促されたので反射で受け取ってしまった。
その紙には、
『来たれ難民 我らは幽霊部 希望するなら放課から10分後に屋上扉前へ』
と印字されていた。
「なにこれ?」
「あらかじめ言っておく。この部活は、この学校組織に対してささやかに刃向かう如何わしい部活だ。俺はここ一度でしか誘わないし、待つのも今日この後と明日の放課後だけだ」
唐突に真剣味を帯びた声音を聞かされた。
はっとして顔を上げる。しかし、壁の上にあった組んだ手と白い歯は、音も無く消えていた。
ひょっとして私の気のせい? 一瞬思考が停止する。自分の精神状態を疑って不安になった。
コンコンッ!
強めのノックに個室のドアを叩かれた。肩がビクッと硬直する。
「こう言ったチャンスは少ないと思うぞ」
擦るような足音を響かせて、私の名前を知っている誰かさんはトイレを出て行った。