ようこそ、新入部員! -06-
次の日が来るのもあっという間だった。本日も教室内の空気に徹し、瞬く間に放課後。
そして私には行き場がない。
最低限それと見えないよう、鞄を下足のロッカーに押し込んだ後、仕方なく校内を彷徨き回った。相も変わらず廊下に生徒の姿はない。
中庭へ続く渡り廊下を歩いていると、
「ねぇ、難民だよ」
聞こえよがしな声に私はギクリとした。が、なんとかその態度が表面に出ないよう抑え込んだ。
立ち止まらずに声のした方へ視線を投げる。運動部らしきジャージ姿の女子が、花壇の縁に並んで座っていた。
上級生と思われる二人は、目と口が卑劣に歪んでいて、見てると胸が悪くなった。
しかし、どうしてだろう? こういう時、決まって私は怒りよりも、悲しいとか怖いっていう気持ちの方が前に出てくる。そんな自分の弱さに、精神を打っ裂きたくなる衝動を覚えていると――。
一人の女子が私を追い抜いていった。
にわかに急ぎ足になった様子で、離れ際に見えた横顔は一階の廊下では見かけたことのない顔だった。つい悪い癖が出てしまい、私は目を落として彼女の上履きを見た――白。
ということは二年生。彼女も上級生か……。
もう一度花壇に方へ目を移す。口角を吊り上げた女子二人の厭らしい目が彼女を追っていた――同級生かな?
まあ、とにかくさっきの野次は彼女に向けられた言葉だったみたいだ。
私は目線を前に戻した。鞄を持たずに歩く彼女の背中は、肩が上がっていた。当然、腹に据えかねているんたと思う。
そして、だからと言って言い返せない生き方をしてきたのだろう。
他学年の私からなら、部活の用事で歩いているようにも見える。でも、同級生にそのごまかしは効かない――効かなくなったんだな、きっと……。
あれはおそらく、私の未来だ。たった今見た二人組の陋劣な眼差しを思い出す。
教室棟に入った私は時計を見た。四時まで残り四十五分。さしあたり、今日もトイレで過ごすかな。
私は上り階段を横目に、廊下へ出たところにあるトイレを目指した。
それにしても、
「確かに、あんな目で見られるのはお断りだなぁ……!」
独り言をしながら廊下に出た私は、つんのめるようにして足を止めた。目の前に今し方見た背中がある。
スリッパと床が甲高い擦過音を上げ、一瞬の余韻を残して廊下の沈着な空気に消えた。
不意に彼女がうつむいた。幽かに溜め息が聞こえ、その小さな肩を毛先が撫でていく。
やば! ひょっとして聞かれた?
彼女は振り向くでもなく立ち尽くしている。はなはだばつの悪い空気がおりてきた。
ともあれ、私がどうにかできることではないし、しようとも思わない。
そんな状況を作ったあんたが悪いんだからさ――て言うか! そうじゃなくて、一般論で単に邪魔だと思えば良い事態のはずだ。この場合。そうだとも!
まあ、ここは取りあえず。
「あっ、すいません」
謝るだけした。
彼女を追い越し、私は数歩先のトイレに足を進める。
目をやった廊下の先にとっぽそうな男子が見えた。こっちに歩いて来る。スリッパは青。三年生だ。いかにも輩の素行で、投げ出すようなすり足歩き。ズボンは腰で履いていた。
関わり合いたくない部類の外見だ。はっきり言って怖い。
私は気持ち焦って、トイレのドアを開けた。
その際に、なにげなく彼女の方を見やった。すると――。
きょとんと見開かれた彼女の団栗眼と、名が体を表す私の糸目の視線がかち合った。
なんともいたたまらない思いに突き上げられ、私は開いたドアの隙間に体を滑り込ませてトイレに入る。
途端に、見慣れない風景が視界いっぱいに広がった。こんなに開放感あったっけ?
あれ? と思った拍子に彼女のきょとん顔が頭を横切る。
「あっ!」
生来空前の大失態に気づいた。声に出して叫ぶのとドアを引き開けたのは同時だった。廊下には脇目も振らず、すぐ隣のドアを押し開ける。なにも考えないようにして一番手前の個室に入り、私は頭を抱えた。
……トイレを間違えた。
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