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ようこそ、新入部員! -16-

「それはなぁ、勉学から解放されて、なおも一定の拘束感がある放課後だ。細かく言えば学校から家に帰るまで」

 なぜだか分かるか?

 カイトはにやけた目でそう訊いていた。自分で思いついた新しい遊びを友達に教える子供の眼だ。

「人はガチガチに固められた規則の下では、発想まで凝り固まっちまって、言われたこと以外はなにもしなくなる。だからと言って、自宅は一般的に世界最高の安全地帯だから緊張感の欠片も無くなっちまう。身体を休める場所なだけに、そもそも発想自体をしなくなる」

 カイトはおもむろに上着の胸元をめくって手を突っ込むと、海外映画やドラマに出てきそうな平べったい銀色の水筒を取り出した。舌が乾いたのか中身を一口飲み込む。

 勘繰った私が眉を顰めていると、

「1%以下だ」

 カイトはそう(うそぶ)いた。

 そして、また舌を乾かし始める。

「そこで、放課後なわけだ。勉学から解放された生徒は、放課後という心地のいい束縛感の中、好きなことをやって心身共に減り張りのある活動をする。まあ、学校でなら何かやらかしたところで大抵は教師が責任を取るから、精神的余裕もあんだろうな。所詮は他力本願ってわけだ。ともあれ、生徒達はこの特殊な時間の中で、同じ境遇を一緒に過ごしている他の生徒達と話し合ったり、あるいは自分自身を内面的に鍛えたりする。言ってみれば、生徒達はこの時間になって初めて学習するわけだ」

 カイトはまた一口飲む。カイトはまた舌を乾かしだす。

「そして、より自分らしい答えを導き出して、確固たる自己を確立する。放課後から家に帰るまでのこの時間が、生徒は一番成長するんだ。教師にとっては、生徒の個性を垣間見る貴重な瞬間ってわけ」

 だんだんと聞き入っていた私は、柄にもなく話に食いついてしまった。

「じゃあ、この学校はそれを狙って盗聴してるんですか?」

「連中は〝声を聞く〟って言い換えてるよ。わざわざ部活で生徒を拘束してまで耳を傾けてくる。過保護な話だよなぁ」

「過保護って言うか、プライバシーの侵害です」

 そう、私にとっては強姦も同じだ。

「いくら生徒を上手くまとめるためだからって、そんなの出歯亀と同じじゃないですか」

「そうだな、お前みたいにただ気付いちまったヤツには、単なる憂き目だろうよ。でもな、なんも知らない秀才にとっては最高の環境なんだ。なんたって自分のことを知り尽くした人が教師で、おまけに精神的サポートまでしてくれるんだから」

 そりゃあそうだろうさ。分からない問題は先回りして解決に導いてくれるだろうし、支えて欲しい時にはそばにいて、褒めて欲しい時に褒めてくれる。

 それでも、私にとっては鳥肌モノだ。連中から学問の教授以外に干渉されるなんてごめんだ。気持ち悪いったらありゃしない。

「それから、極めて優良な生徒は有名校へ推薦の際に、医療カルテ並みの推薦状が送られる。頭の悪い生徒の場合も、受け入れてくれる学校を探す時にも、盗聴から得た情報が役立つらしい――まあ、人間を隅々まで調べて、悪い部分しかないなんて稀だろうしな」

 おそらくあんたがその稀な人間だ。

「それで?」

「ん~?」

「そろそろ質問に答えてくれませんか?」

「ああ――、なんだっけ?」

「あなたの部活に入るメリットですよ」

「ああ、それな」

「はい、それです」

 カイトはもったいぶった動作で「コホンッ」と声作りの咳をした。

「お前を連中のあざとい耳から守ってやる」

「もう少し具体的に言ってもらえませんか? 一を聞いて十を知れるほどの理解力無いんです」

 まったく、こいつと話してると疲れてくる。

「OK、OK」

 言いながら両手を振り、さっきの鍵束を取り出した。

「俺の作った幽霊部の部室に盗聴器は仕掛けられてない。保証する。んで、お前がうちに入部するなら、部活もせずに校内を彷徨き回って〝難民〟って言われることもないこの安全地帯を貸してやろうってわけだ」

「その賃料が月一万円」

「そっ。正確に言うなら部費だ」

 カイトはこっくりとうなづいてこう重ねた。

「払えるか?」

「払えませんね」

 私は即答した。

「そうか、じゃあどうする? 諦めてあの文芸部に通うか? それとも、お前も〝難民〟になるか? いや、転校するって手もあるな」

 私は鬼の首を取った気分で言ってやった。

「どれにもなりません」

「どゆこと?」

「部費を下げてもらいます」

「はあ?」

 どうやらカイトは自分の置かれている状況を分かっていないらしい。

 小首を傾げている間抜け面に向かって私はたたみ掛けた。

「今私が悲鳴を上げれば必ず誰か来ます。そうなったら、この状況を見た人はどう思うでしょう? 気弱そうな女子と明らかに素行の悪そうな男子。果たしてどちらの都合が悪くなるか。分かりきってますよね? 昔のお城みたいに脱出口でもあるなら別ですけど」

 カイトは考え込むようにして上向けた目をまた私に戻した。

「お前、もしかして俺に駆け引き持ちかけてんの?」

「いいえ、そんな対等じゃありません。一方的な要求です」

「…………」

 カイトは眉毛をひん曲げて押し黙ると、糸が切れた人形みたいにかくんと頭を垂れた。

 私は胸の中でガッツポーズを取った。

 よしっ! 主導権はこちらに移った。いつか尻尾を見せるだろうと思っていた。付いて来て正解だ。かなり予想外な結果にぶつかってしまったとは言え、さしあたりは僥倖として有効利用させてもらおう。

「それに、今の話を告発したら、あんたは間違いなくあの教師達に排除される。口止めした上で適当な理由付けをされて転校、はい終わり、ってところでしょうね」

「お前さぁ……」

 ふいにカイトが頭をゆっくりと持ち上げ――。

 私は見据えられた。

「マジでおもしろいヤツだな」

 途端に背筋がぞくりと粟立った。

 白目の真ん中で黒目が揺れている。ぱっちりと開かれたカイトの(そう)(ぼう)には、子供特有の〝愉絶ゆぜつ〟が(みなぎ)っていた。

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