ようこそ、新入部員! -10-
それにしても、先延ばしにしたのは我ながら正解だった――と思う。
翌日の昼休み。私は学級棟の三階に来ていた。つまり、三年生のいる階だ。
廊下は早くもお弁当を片付けた生徒で廊下は賑わっている。
もちろん、カイトの正体を突き止めたいから来たのだけれど、春も麗らかな涼しいこの昼下がり。一年生の行動してはかなり大胆だろう。だから気が重い。
注目されるのは好きじゃない。なので足音を立てずに歩いた。
なるだけ視線を真っ直ぐに保つ。これで周りに足元=上履きのいろを見られることは比較的少なくなるという思惑だ。
実際、歩いて来る生徒には私が一年生だと気取られていない様子だった。
でもまあ、目敏い人もいるようで、何回か、
「一年生だ」
という声が耳についた。
やっぱり、窮屈なおもいをさせられる。
なのに……。
これほど骨を折る気持ちで三つもあるクラスを見て回ったのに――あの校則違反な髪型を見つけることはできなかった。
できることなら目だけで見つけたかったのに……。
この場合、もう聞き込みをするしかないのか……。
気が進まない。ああ、気が進まないなぁ――でも、ここは……。
「あ、あの、すいません」
私は一番近くにいた女子生徒に話しかけた。
振り返った彼女は私を見て目を点にする。
「へ? あたし?」
自分の顔を指さし、戯けた調子になった彼女に私は頷いた。
「はい。ちょっと、訊きたいことがあるんですけど」
彼女の目が私の顔から足元に下りて――また上がってきた。
「あんた一年生だよね?」
「はい」
「ふ~ん――まあいいや、で、なに?」
「えっと、あのぉ、三年生に髪を脱色してる人っていますか?」
「はっ? いるわけないじゃん」
「……え?」
昼休みも終了間近。
私の足音が階段独特のエコー効果で響き渡る。
――三年生の中にいない……?
〝誰のことか知んないけどぉ。そんな頭してたら、すぐに生活指導室に呼ばれるよ〟
三階で呼び止めた彼女はそう言っていた。
でも、どういうことだ。カイトは三年生じゃないんだろうか?
〝カイトぉ? なにそれ、あだ名。それとも凧のこと?〟
その反応はもっともだと思った。偽名だってくらい誰でも分かる。
それでも、私にとってはせめてもの手掛かりだった――もう塵と消えたけど……。
じゃあ、あいつはどこにいるんだ?
まさか学校の外からわざわざ来ているなんてこと――。
カタンッ!
踊り場に足を下ろした時、不意に響いた乾いた音にはっとなった私は視線を上げた。
「あ、すいません」
「こっちこそ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」
下げられた頭が上がると、見たことのある顔が目の前にあった。2年生で難民の人だ。
五時限目は移動教室らしく、勉強用具一式を胸の下に抱えている。と言うより、胸を乗せていると言った方が正しい。
落ちたのは筆箱――今どき、缶ペンケースってあんた……。
なんだか不思議と親しみが湧いてくる。
私は筆箱をひょいと拾い上げて手渡す。
「これ」
「あ……ありがとう」
随分と困った顔でお礼を言われた。まあ、慣れた反応だった。私の線眼を前にした人は、だいたい微妙な物を見たといった顔をする――そう言えば、2年生にはまだ訊いてなかったな。
そそくさと上り階段に足を向けた彼女を、私は呼び止めた。
「あの」
「ひゃいっ!」
ガッチャン!!
悲鳴に近い返事とともに、また筆箱が落下した。
おまけに今度は蓋が開いてしまって、中身がばっと広がる。シャーペンや定規などの文房具と、数枚のメモ用紙が一斉に踊り場へ店開きした。
跳びつくように屈み込んだ彼女が真っ先に手を伸ばしたのはメモ用紙。よくは見えなかったけど、そこには犬や猫といった小動物が、可愛らしくデフォルメされて描かれていた。
さも恥ずかしそうに焦っているので手伝うに手伝えない。
さしあたり、
「あ、あの、えっと、す、すいません。驚かそうとしたわけじゃなんです」
などと、たどたどしい謝罪、それに言いわけを重ねるのが精一杯にだった。
メモ用紙が片付いたのを見計らって、落ちているシャーペンを拾おうとすると、
「いいよ、いいよ。落としたのは私だから」
遠慮がちに拒否された。う~ん……どうにもばつが悪い。
ほどなくして彼女が立ち上がる。
私を見て困ったように眉根をよせ、
「えっと……」
それだけ言うと黙ってしまった。
――なに? この気まずさ……。
彼女の目がしきりに私の顔と足元を見比べている。この線眼はそこまで対人関係に支障があるらしい……ちょっとショック。
「あの、驚かせてすみませんでした。ちょっと訊きたいことがあったので」
「あ、うん。そうだったね」
どうぞ、と彼女が促してきた。
はあ、これでようやく話ができる。
私はダメ元で訊いた。
「二年生ですよね?」
「うん」
こくん、と頷かれる。
「同級生に髪を脱色している人っていますか?」
「え? ううん」
ふるふる、と首を横に振られる。
「じゃあ……、カイトって人のこと知りません?」
「ううん、知らない」
〝私、生徒会に入ってるから、全校集会とかで時々壇上に立つこともあるけど、見かけたこともないよ。そんな頭の子がいたらわかると思うし……〟
あの後、少し食い下がってみて返ってきた答えがそれだった。
つまり、ダメだったのだ。
キ――ン コ――ン カ――ン コ――ン
私が溜め息を吐くと共に五時限目の予鈴が鳴った。