いざ大富豪
大富豪には多くのローカルルールが存在しています。
作中ではそのうちの一部を使って描いておりますので、読者様馴染みのルールとは異なる可能性が高いと思われます。
あらかじめご了承の上、「こういうルールもあるんだ」と楽しみながら読んでいただければ幸いです。
人生を懸けた大勝負がそこにはある。
「――よし、始めるか」
オレはカードを切って四つの山に分けて並べた。
「じゃあ好きなの取っていいよ、ユカちゃん」
「おいちょっと待て敦史」
ばっと京一がテーブルの上を手で覆う。
「何で由佳からなんだ。ここはジャンケンで決めるべきだろう」
京一の真っ黒な双眸がオレを刺すように睨む。
「な、なんだよキョーイチ。恐ぇよ」
何でそんなにガチなんだこいつ。こんなキャラだったか?
「面倒くさいことやってねーでさっさと始めよーぜ」
モリはそう言うなり自分の近くにある山を持っていってしまった。
「あっ、おい勝手に――」
「どれ取ったって一緒だっつの。ちゃんと敦がシャッフルしたんだから」
「どこにジョーカーが入っているか分からないじゃないか」
「あぁ?ジョーカーだ?……あ、ここにあるぞ」
モリが手札の一枚をぴんっと長い指で弾いてみせる。
「正直に言ったらダメだよ綾ちゃん……」
ユカちゃんが苦笑いを浮かべるが、モリは不思議そうに首を捻った。
「え、何で?」
こいつ言いだしっぺの癖にルール分かってねぇのか?馬鹿正直にもほどがあるだろ。
「まあまあキョーイチ、もう諦めて始めようぜ」
「仕方ないな……」
何だかんだ彼女には甘い京一はおとなしく目の前のカードを取り、真剣な顔つきで並べ替え始めた。ちなみにモリは配られたままの状態だから相当見づらい手札になっているはずだが、あれで大丈夫なのだろうか。
ほどなくオレもユカちゃんも手札を並べ終わり、やっとゲームを始める準備が整った。
「じゃあ一応確認するけど、これからやるのは“大富豪”2連戦だ」
――大富豪。
“大貧民”とも呼ばれるトランプゲームの一種である。なぜそんな対照的なふたつの名前が付いているかと言えば、ゲームの勝者は大富豪、敗者は大貧民と呼ばれるからだ。運と判断力を持ち合わせたもののみが勝ち組へとのし上がることが出来る。トランプゲームとなめてかかってはいけない。これは人生の縮図とも言える闘いなのだ。
簡単にルールを説明しよう。
順番に手札からカードを場に出していき、先に手札がなくなったやつの勝利だ。カードにはそれぞれ強さがあり、常に場に出ているカードより強いカードを出していかなければならない。3からKまでは数字の大きい方が強く、その上にA、2が君臨している。ジョーカーは全ての数字に勝てる最強カードだ。
並べると、ジョーカー>2>A>K>Q>J>10>……>4>3となる。つまり最初に配られた時点でジョーカーや2を持っていれば有利になるというわけだ。京一がこだわるのも無理はない。
ところで何故オレたちが大富豪をやろうとしているかといえば、話は数分前に遡る。
▲▲▲
「遊園地のチケット?」
夏休みに突然呼ばれてオレとユカちゃん、京一が家に行ってみたところ、オレの問いにモリは頷いて紙切れ二枚を指で挟んでひらひらと振ってみせた。
「そう。もらったはいいんだけどこれだけしかなくってさ。どうすっかなと思って」
「どうも何も、キョーイチと2人で行けばいいじゃん」
京一とモリは去年の冬から付き合っている。オレとユカちゃんは呼ばないでデートすればいいじゃんか。別に文句言わねぇよ。
「いやぁ、それもどうだろうと思って」
彼女に『どうだろう』扱いされてしまった京一は若干肩を落とす。日頃からちゃんと楽しいデートしてないからそんなこと言われんだよ、バーカ。いくらボーイッシュだからって一応女なんだからな。捨てられても知らねぇぞ。まあそんな理由で見限るようならはじめから京一なんて好きにならないだろうけど。
「じゃあユカちゃんは?」
仲良いんだから二人で遊びに行ってもいいだろうに。
「ユカとは春に一回行ったからな」
「別に何回行ったってよくね?」
どうもおかしい。ユカちゃんと京一も首を傾げている。
「そんなことより、昨日掃除してたらこんなの見つけたんだけどさ」
モリは妙にうきうきした様子で机の引き出しから手のひらサイズのケースを取り出した。
「……トランプじゃん」
「……トランプだね」
「……トランプだな」
どこからどう見ても何の変哲もないただのトランプだった。一体これを見つけたからなんだってんだ。
「今から大富豪をして、勝ったやつがこのチケットをもらえるってことでどうだ?」
「どうだって言われてもなぁ」
京一が戸惑いを露わにする。オレも同意見だ。何でわざわざ大富豪なんかしなくちゃいけねぇんだよ。他に決め方あるだろ。
「……ねぇ綾ちゃん。『ただ大富豪がしたくなったから呼んだだけ』とかじゃないよね?」
おずおずと切り出したのはユカちゃんだった。いや、まさかそんな身勝手な理由で――。
「あ、バレた?いやぁトランプ見たら久しぶりにやりたくなってさ」
モリは短い髪を弄んで少し照れたように言う。子供染みていることは自覚しているらしい。
「ウソだろ……」
しかしなんて傍迷惑な。こいつ昔からそういうとこあるんだよなぁ。思いつきでパッと人を振り回すんだよ。
「暑い中わざわざ呼びつけといてトランプって……」
さすがの京一も呆れ顔だ。「あいつに振り回されるのは嫌いじゃない」なんてドM発言をしているやつでも許容範囲というものはある。
「まあいいじゃんか、ちゃんと賞品は用意したんだし。お前とあたしで勝って一緒に行こうぜ?」
「よしやろう」
なに急にやる気になってんの京一。次こそ満足のいくデートにしてやろうってか。健気なこった。
そこでオレは嫌なことに気付いた。
「ってかさ、万が一オレとキョーイチが勝ったら……」
「一緒に遊園地だな」
「いーやーだーッ!!何が悲しくて男とむさ苦しく遊園地デートしなくちゃいけないんだよ!?オレは降りる!」
京一と二人で行くくらいなら行かないほうがマシだ。するとモリはオレにそっと耳打ちした。
「別にいいけど、ユカと遊園地行けなくなっちまうぞ」
「是非やりましょう」
オレとしたことがその可能性に気付かないなんて。今オレはユカちゃんに告白して返事を待っている状態にある。距離を縮めるいいチャンスじゃないか。ありがとうモリ。お前から後光が差して見えるよ。
「みんながやるなら私もやろうかな……あんまり強くないけど」
ユカちゃんが小さく手を上げる。
「よし、メンツは揃ったな。じゃあ始めるぞ~」
「オーッ!」
モリの掛け声に続いて、やけに元気のいい男二人の歓声が部屋に響き渡った。
――かくして、それぞれの思惑が渦巻く大富豪が始まったのだった。