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03:「夢か現実か」


「…なんだ、コレ」


視界に広がる風景は、全く違う別世界。本当になんだコレ。俺さっきまで店の椅子に座ってたよな。

彼は椅子に縄で括り付けられている中、悶々と考える。流麗は今から2時間程前、募集のチラシを手に普段滅多に着ないスーツを着て人通りの多い外道をすり抜けて来ていた。やっとのことで辿り着いた店のドアを開け、無口な店員から指示を受けて椅子に他の人たちと同じように座っていたら、ソファーの背もたれ部分がテレビで年末にやっていたドッキリ番組並みに抜け落ち――今に至る。

もたれ掛かっていた数名はその穴に見事に落ち、下からはボチャンと、何ともマヌケな水音が木霊していた。

残った流麗たちが困惑していると、店の奥から先ほど流麗を椅子に案内してくれた無口な店員が携帯を手に現れた。


『はい、残ったのは4人で…はい、分かりました』


店員は相手と話がついたのか、携帯をしまうと放心状態の流麗たちをフェラーリで店から強引に連れ出した。

それからは速かった。この東京にこれほどまでの土地があったのかと思えるほど広大な屋敷に連れてこられ、どこかもわからない部屋に通され、見るからに高級感満載な椅子に縄で縛り付けられ、そして約20分。個別に通された部屋で身動きも取れずに大人しく待って――というより待たされて―――いると、今度は昔の彼を彷彿とさせるほどのフリルを裾や襟にあしらったメイド服――コスプレ衣装張りの服―を着た女性が、大きな扉を開く。白に染まる視界はしばらくして、それが日の光だということを確認させられる。


「どうも、志願者さん?」


志願者?流麗は女性の言葉に疑問を抱く。アルバイトをするために仕事場に向かったのに訳も分からず椅子に括り付けられ、挙げ句の果てにはまるで道場の師匠に弟子入りする希望者のような呼び方をされて、おかしいと思わないはずがない。

流麗は一度深く深呼吸をして、女性に問いかける。


「ここは、どこっすか」

「ん?ああ、神童本舗本社だよ?」

神童本舗。その名で思い付くものと言ったら、一つしかない。

世界中に存在する製薬会社のトップに立つ日本会社、神童本舗。終戦前から立ち上がり、拡大的な進化を遂げた神童本舗は、今や知らないものはいない。


「…こんな屋敷がっすか」

「そうだよ~?んで、私たちはそこで働かせて貰っている使用人なの。君もテストに合格したら、ここで働けるんだよー」


…は?流麗の思考は一気に白に染まり、フリーズした。製薬会社の屋敷の、使用人?いや、ちょっと待てよ、テスト?

脳内にはもはや疑問符しか浮かび上がらない。混乱状態の流麗をよそに、女性は胸元のただ名前のかかれた簡素なネームプレートを指差し、自己紹介を始めた。


「紹介が遅れちゃってごめんなさいね?私は待女長の桜庭慧花さくらばけいか。よろしくね」

「あ、はぁ、ども…」


慧花、と名乗った女性は、自身を待女長―――つまりはメイド長―――と言った。

慧花はスカートをくるりと翻し、アイドル張りのスマイルでこちらを覗く。

見たところ、今目の前で流麗を見つめる慧花の小柄な容姿から、流麗より若いと見れるが、少しばかり疑問も生じる。

彼女は憶測だが、15~16ほどだろう。その年齢ならば、彼女は今頃学校で授業を受けているはずだ。中卒ならまだしも、メイド長をつとめているくらいだ。無論高校に上がるくらいの知識は持ち合わせているはず。

流麗はジロジロと大胆にこちらを覗く慧花に視線を合わせ、もう一度問いかけてみる。


「あの、失礼ですが、今おいくつで…」

「え、年?16だけど?」


慧花は何事かと不思議な顔で流麗の問いに答えた。ということは、流麗の予想は当たっていたということだ。

だがかえって逆に、流麗の疑問はさらに深まることになる。


「な、ならなんで学校に」

「それは私が説明しよう」


いないのか。流麗がそれを再び問いかける前に、彼の言葉はとある人物の一言によって遮られた。

シアン色の絹のような細い髪で半分ほど隠れたグレーの瞳を持った、スーツ姿の男。それはレストランに入ったときに流麗を椅子までの道へ誘導した無口な店員だった。


「私は慧花の兄の桜庭律花だ。すまないな、こんな状態で話をさせて」

「それについては気にしてません。とりあえずこの縄を解いていただければ助かるんですが」


流麗はそう言って、腕に沈みかけている縄をちらりと見る。

解けないわけではない。少し力を入れれば、この緩んでいる縄などいともたやすく抜けられるだろう。

だが流麗はそれをしない。視界の端に映った律花の左手に忍んでいる黒く光るそれに、酷く警戒をしていたからだ。


「ああ、すまないね。だが…」

「律花兄さん?」


律花は悲しげな瞳を見せたかと思うと、すぐに営業用のような笑みを浮かべて、流麗とは反対の、扉を向いた。

そこには、白の跳ね髪を揺らすスーツ姿の少年。

見た目がどこか律花に似ている少年は、眉間に皺をよせて仁王立ちをしたまま律花を見ていた。


「…六花」

「僕の名前を軽々しく呼ばんといてください、不愉快です」


六花、と呼ばれた少年は律花の言葉に不愉快そうな声で返す。それきり口を噤んだ律花を横目に、六花は流麗の方を向いた。


「雨傘流麗、2月18日生まれの水瓶座、血液型はAB、身長183㎝、体重67㎏、21歳独身、峠大学3年生」


手にしていた書類のような束の1ページを、すらすらと読み語る六花に、流麗は慌てて縄から腕を伸ばしそれを奪った。


「な、何人の個人情報を…」

「決まっとるやろうが。ここで働くいうことは、情報なんぞ隠されへんのや」


いや、俺レストランに働きに来たんですが。心中、それを訴えたくとも、六花の威圧的な態度に押されて口を開くことさえ出来はしない。


「まぁともかく…雨傘、お前は一次試験に合格した。最終試験は明日行われる」


今日はここで、客人として迎えられとけ。そう言って去っていく六花と律花。

残された慧花は「ごめんなさいね、わけも分からないままで」と、豪華な夕食を置いて部屋を出て行った。


「……」


本当に、わけが分からない。流麗は自主的に解いて床に放置されていたままの縄を手に取る。

レストランの仕事を受けに行っただけだというのに、いつの間にか屋敷に連れてこられ、縄で縛られ。おまけにさっき見えたあの黒く光る物体。流麗の予想が間違っていなければ、あれは、間違いなく…――。

流麗の思考はどんどんと深みにはまっていく。考えれば考えるほど、余計に疑問が積み上げられていく。

何故こんな屋敷にいるのか、何の仕事なのか、律花の持っていたあの物体は何のために使うのか。

何故アルバイトに来ただけなのに拉致されて屋敷に連れてこられ縄で縛られたのか、16の慧花が何故平日のこんな日に、学校ではなく屋敷で働いているのか、それと……六花が現れたとき、律花の表情が堅く張りつめたものになった理由が、すべてが、分からない。


「……ワケ、分かんねー」


生憎手元には携帯もサイフもない。流麗は諦めて部屋の隅に置かれていたベッドに潜り込んだ。

こんな現実が、目が覚めた時には全て元通りになっていることを願って。



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