02:「幼馴染」
「流くん?聞いてるの?」
「ん…」
マカロニグラタンをのせたスプーンを口にくわえたまま、こちらを覗く茶髪の女子。
「もうっ、さっきからずっとチラシばっかり見てるじゃない」
「あーはいはい、聞いてた聞いてた。ラプールの試供品が余って余って仕方ないって話だろ?」
6畳しかない狭い部屋に、美麗な顔の男女が机ごしに会話を交わす。その会話の内容は、一方に偏りのあるものだった。
「うっそ、聞いてたんだ」
「あのなぁ…俺が馬鹿みてぇに聞こえるぞ、その返しだと」
流麗が嫌そうに答えると、試供品を片手に持った女子…彼の幼なじみであり、今最も人気の雑誌モデル、神田日和は、ぷくぅ、と頬をリスのように頬張って、「そんなんじゃないもん」と、まるで子供のように拗ねた。
流麗はそんな彼女のことを―――本人には言えないが――妹のように思っている。実のところ、年は彼女の方が二つも上なのだが。
「まぁまぁ、その話はおいといてさ。試供品貰ってくんない?」
「全力で拒否」
「酷い!」
「酷いのはどっちだ。俺は男だぞ」
「だぁって流くん、文化祭で凄い可愛いかっこしてたし…」
「うっ、」
文化祭――彼がまだ高校に入学したての頃に行われた文化祭に、人員が足りないとのことでかり出されたカフェは、彼の黒歴史と言っても過言ではないだろう。
当時他よりかなり身長の低かった彼は女生徒と同じくらいで、それをいいことに5段フリルのミニスカートと淡いピンク色のリボンエプロンを身に付けさせられ、接客をしたり客寄せで看板を引きずり回していた記憶がつい最近のことのように流麗の脳裏に思い出された。
「とにかくっ、流くんは他の男子と違ってすんごく化粧ノリがいいんだし、今後の男性用コスメの商品化のために是非協力をって、マネージャーさんが」
「ほおぅ…俺は実験台ってか」
「あっ」
「そうやって何でもスマイル見せれば納得すると思うな」
「……流くんのイジワル」
「どうとでも言え」
「うー」と、唸りテーブルに突っ伏す日和をスルーして、流麗は再びチラシに目をやる。
「流君、それなんのチラシなの?」
「ん、」
流麗がチラシを差し出すと、日和はそれをじっと見つめる。しばらく見つめた後、日和は流麗とチラシを交互に見る。
「……んだよ」
「流君、接客業するの?」
「するか馬鹿。……中の仕事だよ」
「…ああ!流君料理得意だもんね」
納得がいったと言わんばかりに大袈裟に驚く日和に溜め息をつくと、流麗はチラシを手に取る。
レストランが募集している従業員は、接客業だけ。彼の得意とする料理を作る厨房の仕事は募集していない。
だが、面接試験は何故か無い。これは流麗にとって嬉しいことではあったが、同時に何か引っかかるところではあったのは確かだ。
「それで、どうするの?」
日和の問いに、咥えていたスプーンを片手で弄ぶと小さく、
「…まぁ、明日行ってみるよ」
そう呟いて、すくったマカロニを口にほうり、咀嚼をしながらスプーンの持ち手でチラシを軽く叩いた。