01:「雨傘流麗」
ひょんなことからSPの仕事に就いた主人公、
雨傘流麗が世界三大製薬会社の頂点に立つ
神童本家の次期社長、ヒロインの神童鏡華を守る、
アクション&ラヴコメディーリメイク小説。
ふわりと花散る、21の春。
なんとも言えない微妙な温度の中、眉間にシワを寄せたまま、アスファルトの上ををスーツ姿で歩く高身長の影。
肩辺りまで伸びた茶髪を、黒のゴムでひと纏めにしたその見た目は、スカウトされるくらいのルックスを持ち合わせた好青年。
だがしかし、男性らしからぬ華奢な体つきが、彼の見た目を弱々しいものへと変える。
さらには、みたものすべてを射抜かんばかりの鋭い瞳。アンバランスな顔つきは、逆に美しく、絵に映えるものだ。
彼の名は、雨傘流麗。只今絶賛就職活動中である。
ぽかぽかとした日照りに、容赦なく吹き付ける刺すような寒々しい風を通り抜け、彼は帰路についていた。
一人暮らしにと、古ぼけたアパートを借りての生活。それは、以外にも流麗の性分にあっていた。
必要以上のものは買わず、部屋は6畳のスペースのみ――ちなみにキッチンのシンクがあるので実質2畳減る―――なものだからすっきりとした――――悪くいえば殺風景だが――部屋は、彼の唯一落ち着ける場所だった。
そんな彼のポストに入れられていた、一枚のチラシ。
「ん……レストラン鏡のアルバイト募集…?」
レストラン鏡と言えば知らない者はいない。有名シェフのフレンチのフルコースや、アイデア満載のケーキをお手頃価格で食べることができることで有名な店だ。
だが、アルバイトは確か雇っていなかったと、流麗は記憶を手繰り寄せる。
なにしろ、有名シェフが手がける店だ。アルバイトなど生半可な月日給者をキッチンに上げるわけがない。
もやもやとした気持ちのまま、流麗はそれを持って家に戻る。
部屋は相も変わらず殺風景な6畳のまま、主人の帰りを待っていた。
チラシを机の上におき、どかりと腰掛ける。
「レストラン、か…」
実は彼は料理が得意だ。それこそ、趣味にできるくらいだと本人は思っているが、彼の腕は評論家をも唸らせるほどであり、レパートリーはそこらの主婦より大分ある。そこは唯一自信を持てるところだったが、なにしろ一人暮らしで、それを保証してくれる人物などあまり数えられる程いない。
そもそもまず、このチラシの募集要項に「シェフ」なんてものは書かれていなかった。なら、給仕係のような接客業だろうか?
いや、どちらにしても無理な話だ。流麗はぶんぶんと首を横に振り、可能性を否定する。
俺みたいなやつが接客したらヤバい。流麗は頭の中で制服に身を包み客に貼り固めた営業スマイル話しかける自分を想像して、一瞬でそれを掻き消した。
彼の容姿は見た目はいい。女性に近い顔のつくりだから、客受けはいいだろう。が、それを否定するかのように、かなり声が低い。それこそ何かのうめき声かと思われてしまうくらいには。
彼にとってはそれがコンプレックスで、今まで流麗の人生で他人と対話することなどあまりなかった。
そのせいか、周りの人間はあまり近寄ってこず、一人でいることが常。―――だが、彼は知らない。その美麗な顔と背丈、付け加え頭のよさに周りの人たちが密かにファンクラブを作っていたことを――
流麗はチラシを机の隅に置くと、夕飯の支度を始めることにした。湯を沸かす横で、近くを通る電車の音がタイマーの時間切れの知らせを遮る。
沸騰した湯の中にパスタを入れかき混ぜる。その渦のように明日、彼に降りかかるきっかけは彼の人生を大きく変えることになるのを、まだ彼は知らずにいた。