怪談儀式
月が雲に隠れ、夜の色が落ちきっている。ガラスの向う、切れかかり点滅する街灯に様々な虫たちが群れ羽ばたいていた。
私はそれを横目にしながら、コーヒーをちびちびと口にし、ぼんやりと友人たちの会話に耳を傾けている。
「あの海岸に隧道あるの、知ってますよね」
深夜のファミリーレストラン、時刻は丁度日付が変わる頃。
夏の盛りの七月末、同サークルメンバの私達は、この季節にはお決まりの怪談話を始めていた。
元々内容があってないようなサークル活動、こうしてたまに集まっても雑談するくらいなもの。
元々変わり者だという自覚があって、付き合いが苦手で、独りになりがちな私にとっては、そんな関係が心地よかった。
最初に怪談を始めたのは関谷だった。
彼はこういった話がどうやら好きらしい。
本格的なディティールの現実に近い恐怖譚、街に散らばる根も葉もない噂話、益体のないはっきりと嘘だとわかる馬鹿らしい怪談。
怖いと言われれば何にでも手を出そうとする、そこが彼の悪い所だ。何が面白いのか自分自身も怖いと思っていないのに、そういった話で私達を怖がらせようとする姿は、なんだか滑稽だった。
「なんだか、乗り気じゃないね。大丈夫だって、今回のは本当に怖いからさ。いつものはほら、僕がいかにつまらない怪談を、より恐ろしく表現できるかを試しているだけだから」
「それ、試す意味ってあんのかよ」
関谷の言い訳に、呆れ顔の藤堂が苦言をもらす。
当然といえば当然の反応だろう。彼はそもそも夏だけでなく、年中怪談ばかり気にしているくせに、今まで一度も怖いと言われるような怪談を私達にしたことがない。
「まあまあ、良いじゃないですか。とにかく聞いてくださいよ。ほら、あそこの浜に続く隧道、暗く湿った手ぼりの岩盤が続く場所、有名ですよね。戦時中に作られた避難経路だって話、聞いた事ありませんか?」
「ああ、その話、聞いたことあるかも。でも今は確か、通れないんだよね」
片手間に端末機をいじりながら、そう答えたのは永宮。彼女もこういった噂話が好きなタイプだ。
「そうですね。なんだか風化が激しいらしくて、いつ崩れるかわからない恐れがあるとかで。まあ、心霊スポットとしてはおあつらえ向きだと思いませんか」
「まあ、かもな」
片田舎のファミリーレストラン、今の時間客は私たち四人以外に居なかった。若い店員は奥に消え、いつからそうしているのか、店員である壮年の男性がレジ横の椅子に腰掛けながら時間を潰している。私の目はついつい男性の横に移ってしまう。そこには生き物ではない存在が立っていたからだ。
慣れたと思っていたのに、気にしまいと目を逸らしてしていても、気にしてしまう。それは異質な存在感を発していたからだ。
私は彼らから視線を外すと、友人の話に集中した。
店内はいつになく静かだった。
「そんな場所だとかえって入りたくなるというのが人の心理じゃないですか。そうなると当然肝試しに行こうって人達が出てきますよね」
「ふうん。それで誰か、入ったんだ。出て来れなくなったとか」
「ちょっと、先読みしないで下さいよ。これから怖くなるんですから」
隧道の話
砂浜に続く隧道を数人の男女で順番に抜けてゆく。
生暖かい風と下から這い上がような湿気、足元に散らばる剥がれ落ちた岩の残骸。
隧道の中で波音が反響して奇妙な声のような音が彼等の鼓膜を打つ。長さにして200メートル程の隧道はすぐに抜けてしまう。
やがて、数人が抜け切り、安堵の声をあげると共に怖がっていたことが馬鹿らしく思える、そう確認し合って笑い合う。
少しして、最後の一人がやってこない、何をしているんだと不安ながら口々に彼に対する不満をぶちまけていると、隧道の暗がりから白い足が二本、姿を現す。
やっと来たかと思い、その場の全員で早く出てこいよと声をかけていると一人の携帯電話に着信がある。出ると今声をかけていた相手だと思っていた者が電話にでて、怖くて中には入れないと震える声で伝えてきた。
顔面蒼白になった彼を見て周りの人間も以上に気がつく。
すると、白い足二本は暗がりに踵を返し闇に消えた。そこで彼等は今見ていた相手がライトを手にもっていなかったこと、光にあたっていたにもかかわらず、足のみしか見えなかったこと、膝上まで白い足が見えていたことの異常に気がついた。一斉に浜を駆け、帰路につく。
のちのち、彼等の住処には、深夜帯、どこからともなくやってくる足音がついてまわった。
「そういう話なんです。どうです、怖いと思いませんか?」
「うん、確かにお前の話にしては怖いな」
本格的に話が乗り始め、三人は夢中になっている。私はレジ横の壮年の男性が聞き耳を立てているのを見ていた。何も楽しみのない就業時間中、気を紛らわすのにはちょうど良いのかもしれない。
「本当、珍しいよねそんな本格的な怪談話すのって」
「そうだ、珍しいね。気変わりでも起きた?」
私は口々に感想を言い合う友人達に合わせて、適当に相槌を打った。
「折角の怪談シーズンですから。身近な所の話の方が怖いかと思いまして」
皆の評価に満更でもなさそうな関谷がそう答えると、携帯から目を離した永宮が、「じゃあ、次は私かなあ。ほら、この町の郊外に潰れちゃったショッピングモールがあるでしょう。もう何十年も昔に潰れちゃって荒れ放題の」と、テーブルに身を乗り出して、勿体ぶったようにそう切り出す。
「ああ、知ってます。そこも確か心霊スポットとして有名ですよね」
話の始まりを耳にして関谷の目の色が変わる。
「俺も行ったことあるぜ。なんだか、人のいない廃墟って被写体としては悪くないからな」
「それなら話が早いわね。あそこ、壊れたマネキンとかトルソとか多かったでしょ。トルソってほら、上半身だけのマネキン。ああいうの、ちょっと気味悪いよね。今はもう撤去されちゃってないみたいだけど。この話ちょっと怖いから覚悟しといてね」
そう嬉しそうに口を開く永宮の唇が、やけに赤く、艶かしく見える。僅かに店内に流れるBGMが静かに変わった気がした。
ショッピングモールの話
ある美術学校生が廃墟に捨てられたマネキンが有ることを聞いてそれを拾いにゆく。
街でも有名な心霊スポットのため、友人数人を連れ立って昼に赴くと割れたガラス、無残に落書きされた壁、パテーションの残骸などの中に埋もれているマネキンを見つけた。
既に潰れてから数年が経過しているにも拘らず、廃棄されたマネキンは埃はかぶってはいるものの、未だ綺麗だった。
気を良くして辺りのマネキンを物色していると、モール奥から鉄扉を蹴り上げたような金属音が激しく鳴り響いた。何事かと思い、割れたガラスから奥を覗くと廊下の先に鉄の扉が備え付けられており、それが静かに開くのが見えた。
何か恐ろしい物が見えるかもしれない、そう思って身構えていると、薄暗がりの扉の向こうに下に続く階段があるのが見えた。
その階段をゆるゆると一抱え程の茶色い物体が降りてゆくのが見える。
なんだ、何か野生の動物か、そう安堵すると、こんな場所にどんな動物が住んでいるのかと気になり始めた。
適当に軽い食べ物と飲み物、マネキン用のバッグを持って来ていた彼等は、それじゃあ動物に餌でもあげようかと地下に続く階段に向かった。
再び閉まってしまった扉を明け、暗がりの階段を覗くとそこにも廃棄されたマネキンの残骸が積まれていた。
その中で蠢くものがある、それは肌色のトルソだった。手足、首のない肌色のトルソが芋虫のように残骸の中を蠢いていた。
「それで、どうなったんですか」
「それでって、それで終わり。それ見てからその人達、マネキンが駄目になってデザイナー諦めたんだって。なんだかその異様な動きが忘れられなくて、頭から離れなくなっちゃったんだってさ」
「へえ、俺が行った時はマネキンなんてなかったな。けど、確かにその場に不釣合な鉄の扉はあった。流石に開ける気にはならんかった」
藤堂は素人ながらカメラを趣味にしていて、放浪癖も相成って廃墟や山中をふらふらしているらしい。そんな藤堂なら確かにそう言った廃墟に足を踏み入れていてもおかしくない。
「でも、廃墟を歩き廻るのはけしていい趣味とは言えない」
「硬いこと言うなって、別に誰に迷惑かけてるわけでもねえし、良いじゃねえの。それより今度は流れ的に俺だろ。話させろよ」
私は迷惑が掛かっている人間もいるだろうに、という言葉を飲み込んで話の腰を折るのを止めた。
こんなことで話の流れを切るのもどうかと思ったからだ。
「中々良い雰囲気になってきましたね。夏の怪談らしくて良いじゃないですか」
「よし来た、俺の番って訳だ。タイヤ山ってのがさ、少し前にこの街の山裾にあったんだ、今じゃ撤去されちまってないけどな、これはその撤去の際にあった話だ」
タイヤ山の話
土地を持つ廃品回収業者が積み上げた廃タイヤの山。狭い土地面積の上、これ以上置ききれない程積み上げられ、業者も諦めたのかその場に現れなくなり、いつの頃築かれたのかも忘れられるほど年数が経過して、不法投棄される粗大ゴミがタイヤの姿を埋める頃、苦情がでて、既に所有者である業者が潰れていることが分かった。
それで市から業者に依頼が委託され、それぞれを分別してトラックに回収することになる。当初簡単に済まされると思われていた撤去作業は、簡単には進まなかった。
問題は様々で、例えば廃材の山の中で野生の動物が住み着いていたり、有機物が廃棄され、腐り落ちた動物の亡骸が落ちていたりしたことだった。そんな中、作業員のケガが多発し始める。
怪我をした当人たちも首をかしげるその原因が不可解なものだった。
例えば、廃材の上に立つと何者かに腕を引っ張られる、足場の悪い中、空間を跨ごうとすると足を掴まれる。けれど当然積み上げられた廃材の下に隠れている人間などいるはずも無く、また引っ張られた瞬間を目にした者もいなかった。
やがて廃材は全て攫われ、あれ程積み上げられたタイヤが全て姿を消した。
除けていた死骸を埋めようとパワーショベルで穴を掘る。
漸く死骸を埋めようと言う下りになったところで穴のそこを見ると、白く長い腕が一本生えていたそうだ。その腕は頻りに手を振り続けている。
唖然としている作業員に熟練を積んだ仲間が見るな、あれは何でもない、ないはずのものだから気にすべきじゃない、そう言って死骸を投げ込み、すぐに埋めてしまったそうだ。
最後にその場を離れる際も草の群れの向うに長く伸びた腕が作業員に向かって掌をゆらゆらと揺らしていたそうだ。
「ふうん、そんなに怖くないかな」
「そうか、俺が聞いた時は怖いと思ったんだがなあ。だってお前、あそこならそういうの、あってもおかしくないだろ」
私は藤堂の話を聞いて、そう言えば、と思い出したことがあった。
「似た話、聞いたことある。でもあれは、私が聞いた話じゃ廃線した線路の駅だった気がした」
確か信号待ちの間、前に並んでいた他の学生が話していたのを聞いたのだった。変わった内容だったので覚えていたのだ。
「なんですか、それ」
「面白そうじゃない、丁度怜ちゃんの話の流れでしょ、聞かせてよ」
「似たような話ってったって、俺のとは違ってるんだろう。いいね、聞かせろよ」
そこまで言われてしまったら話さないわけにもゆかない。
ふと店内に視線を巡らすと、奥の男性がいつの間にか姿を消している。気になりつつも、大したことではないし、取り敢えずは目先の話題を優先した。
廃駅の話
柄でもないし、本当は話したくないが、仕方がないと言うことで、私は廃駅の話を始める。
今じゃ線路もない、廃鉱に続く線路、その先にちょっとした廃駅のような施設が残っている。
当然駅のホームが存在するような立派なものじゃない、言われなきゃわからないような代物、それに取り立てて見に行くほど広いものでもない。けれど何故か惹かれるものがある。
見た目は四角い箱のようなコンクリートの建物で、四、五人が入れるくらいの待合室があり、鉄扉の中の小さな部屋に操作版が置かれているのが見える。
ガラスは割られてるが、目の細かい鉄格子が付いていて中には入れない。ただそれだけの建物だ、ただ、その鉄格子の向うに稀に白い手が見えるのだという。
小さな窓からは覗ききれない死角があって、そこから伸びる肩口から白く細やかな肌の腕、そして透明のしなやかな指先までが目に映るのだそうだ。それで、どうやって入ったのか、と見たものが角度を変えて覗くと、当然隠れる場所もなく、資格にはわずかなスペースと壁があるだけなのだと。
一度その腕を見ると、またその廃駅に足を運びたくなり、そして再び運ぶと今度は待合室の鉄扉が開いていて、その隙間から夢にまで見た腕が再び伸び、手招きをするのだとか。
「何それ怖いね」
「そんなの初めて聞いたわ。へえ、この街にそんな場所あんのか、今度行ってみるかな」
そんな事を口々に呟く永宮と藤堂。その後ろにいつの間にかあの、壮年の男性が立っていたのに私は気がついた。
隣に座っていた関谷もそれに気がついたようで、顔色を失っている。
すると男性は静かに頭を下げてテーブルの横へと移動した。
「申し訳ありません、ついつい聞き耳をたててしまい、お客様方のお話を聞いてしまいました。私もそういったお話には少々気になるところがありまして、お詫びといってはなんですが、どうか私にも一つ、お話させて下さい」
「ほ、本当ですか、それじゃ是非、お願いします」
急な流れに驚いてついていけないでいる永宮と藤堂を尻目に、関谷は既に恐怖を好奇心に変えてしまったようだ。私はどうにもこの男性が気持ちが悪くてしょうがない、けれども、適当に話を聞いてやれば離れてくれるだろうとこの場の流れに乗ることにした。
「佐々里家ってご存知でしょうか。今じゃ荒れ果てた空家ですが、街の外れにまだ残っているはずです。
今じゃあすっかり廃墟の装いですが、三十年程昔、そこにもまだ家族が住んでいたんですな。
その家の親父には早い頃母親を亡くした娘が一人いまして、一緒に暮らしていたんですが、どうも母親と同様に親子共々生まれつき難病を抱えていまして、心身共に弱かった。
それで運動の類も一切できず、小学生を過ぎた頃から自由が利かなくなりまして、毎日家の中に閉じこもってばかりいたんです。
そんな娘が親父は可愛くてしょうがなくてね、毎日毎晩看病しながら外の世界の話を聞かせてやったそうです。
いつか良くなればお前もまた、外の世界を飛び回れる、こんな狭い世界だけじゃなく広い世界を自由に歩けるんだってね。けれども病気は一向に良くならない、寧ろ悪くなるばかりで、その内娘の方も外になんて出られないと分ってきたんでしょうな。
今のままで十分だ、なんて言い始めたんです。それを聞いた親父は慌てましてね。気持ちが外に向かわなければ、元々良くないからだが益々悪い方へ向かってしまう、病は気からと言うでしょう、だから外の写真を撮ったものを見せてやりましてね。写真集なんかも買ってやりました。
でもね、娘はもっと近所のものが見たいと言いまして、それで親父が折々足を運びましてね、拙いながらも写真を撮り歩きまして。
そんな中に廃墟の姿が混じっていたんです。
するとなんでしょうね、娘は何かを感じ取ったのかそう言った廃墟の写真がもっと見たいと言い始めまして。
親父はそんな幽霊でも出そうな所、見て何が面白いのかと言ったのですが、娘の方は本当に幽霊がいるなら、私も死んだあとに自由に飛び回れるのか、なんて言い初めまして。
結局親父が折れてそんな写真を撮り続け、娘のために尽くすことに決めました。何事にも興味が向くことは悪いことじゃない、これで少しでも良くなればいいとでも思ったんでしょうな。
けれどもね、自体はより悪い方向に向かってしまった。
娘の方は生きる気力が失われてしまってね。毎日ありもしない死後の事ばかり呟くようになってしまったそうです。その上、ある日親父が家に居ない間に空き巣に入られましてね」
そこで男性は俯いたまま、話が途切れてしまった。私達は誰とでもなく顔を見合わせている。すると彼は顔を上げて一言こう言った。
「バラバラになってしまったんです、娘はバラバラになってしまった。解りますか、バラバラだ、だから親父は空き巣がもっと苦しむように、いつか報いを受けるようにありもしない怪談を作り上げました。
そして長い時間をかけてそれを広めた。娘が忘れられないように、いつかまた蘇れるようにね。
佐々里家には首が見えるそうです、娘の首が廃墟の中から外を羨ましそうに覗くのだそうですよ」
男は大声でそうまくし立てると、店の奥へと消えてしまった。それと同時に店のドアが開き、男女二人組の新しい客が姿を見せた。
奥から別の店員が顔を見せて、いらっしゃいませと答える。
私達は顔を再び見合わせた。
「今のなんだったんだ?」
「意味わからないよね」
少し考えて私はなんとなく引っ掛かっていたことを口にする。
「あの人、怪談を広めたって言ってた、それにバラバラだとか、それって今私たちが話していた怪談の事を指してるんじゃない」
関谷が顔色を変えて応える。
「ああ、成程、そう言う事ですか。隧道、足、ショッピングモール、胴体、タイヤ山、片腕、そして廃駅、片腕、最期の佐々里家が首、それで一式揃うのか」
顎に手を置き考える仕草を続ける関谷、彼の言葉を聞いて他の二人の顔から血の気が引いていった。
「何それ、気持ち悪い、それにあの人の話、最後おかしくなかった? あれってどういう意味? 空き巣に殺されてバラバラにされたってこと?」
「解らん、けども、そう考えるのが妥当じゃねえの? やけに詳しかったし、あいつがその、佐々里家だっけか? そこの親父なんじゃねえかな。犯人探してんだろ」
「やめてよ、怖いじゃない」
「いや、今思い出しました。どこかで聞いたことのある名字だと思ったんですよね。佐々里って。僕、知ってますよ、大体あの怪談も聞いたことが有りましたから。あの家、首の家って呼ばれてました。そうか、あの家が佐々里家だったんだ。表札が外されてたから知らなかった」
「どういう事、知っているのなら聞かせて欲しい」
考え込む関谷にそう私が焚きつける。
「いや、数十年前に死体遺棄事件があったんです。経緯はどうだったか覚えていませんけど、父親が亡くなった娘の遺体をバラバラにして街中に遺棄したって事件なんです、首以外はどこに遺棄したのか結局口を割らなかったらしくて、当時は結構話題になって、実は食べてしまったんじゃないか、なんて臆測も飛び交っていました」
「それって、今話した怪談の場所にそれぞれ捨てたって事か? じゃあ、全部作り話なのかよ」
「いや、でも見たって人結構いるんですよね。だから案外」
彼等の会話をよそに、私はずっと考えていた。あの男性が気持ちが悪い、そう思ったのは、彼の横にずっと首のない体がついてまわっていたからだ。もしかしたならば、あの男性は責任を押し付ける相手が欲しくて有りもしない空き巣の記憶を作り上げたのかもしれない、或いは彼自身が空き巣だったのか、そんな事を考えていた。
けれど、結局はわからなくなってしまった。空が白み出す頃、私たちが店を後にしようとし、あの男性のことを聞くと、そんな人はこの店に居ませんと言われてしまったからだ。
一体何者だったのだろう、彼は今でもどこかで怪談を広めているのかもしれない。