第六話、勇者スキルセット。
その夜は異世界で一泊した。暑くて寝苦しいかと思っていたけれど、夜は意外と涼しかった。湿度が低いからなのかもしれない。ただ、朝起きると一緒のベッドに楓とアイエとスリーズまで一緒に寝ていたのにはびっくりした。
「な、何でここに!?」
「ソレイユ様、おはようございます」
アイエの寝間着は胸元が少しはだけていて、ボリュームのある双丘が半ばほどまで見えてしまっていた。昨日はドレスの上からだけだったけれど、直に見るとその破壊力はさらに想像を超えていた。
「君、どこを見ている?」
「べ、別に何も見てないよ」
思わずアイエの胸元を凝視していると、楓にほっぺたを抓られてしまった。楓の胸は相変わらずフラットだ。それと、後ろに控えていたスリーズは意外に着痩せするタイプだったようだ。普段はさらしでも巻いているのだろうか?
「君!?」
「か、顔でも洗ってこようかな」
楓の機嫌がどんどん悪くなってきたのでさっさと部屋から退散して顔を洗いに行くことにした。というか、文句を言うならベッドに潜り込まれる前に阻止すればよかったのに。
アイエによれば、今日の予定はヴィルドパンに向かうのだそうだ。
「ソレイユ様はこちらを、エラブル様はこちらを着けてください」
そう言って渡されたのは革に鉄の板を張って作られた鎧だった。鉄で作られているだけあって持ってみるとずっしりと重い。
「えっと?」
「この脇の部分は紐が解けるようになっていますので、そこから体を通して後で紐を結び直してください」
「じゃなくて、何でこんなものが要るの?」
「それはもちろん、今ヴィルドパンは魔物に占領されていますから」
「初耳なんだけど!?」
どうやら僕が国王となるはずの国の首都は現在、魔物に占領されていて人間は誰も住んでいないらしい。これを奪還することが国王としての最初の任務になるらしい。ちょっとこの展開は想定外だった。
「それにしても、普通、有害動物の駆除は国王じゃなくて警察の役目なんじゃ?」
「その前に、異世界の魔物は日本の有害鳥獣と同じ扱いなのか?」
「それは……、本質的には同じなんじゃないのかな」
慣れない鎧を苦心して身に着けながらぶつぶつ楓に文句を言っていると、たまたま様子を見に来たアイエが話に入ってきた。
「魔物は普通の獣とは違い魔法の力で身体能力が強化されています。なので、普通の弓矢や剣では傷つけることはできません」
「じゃあどうやって倒すの?」
「こちらも魔法を使います」
「でも、僕たちは魔法なんて使えないよ!?」
「ソレイユ様とエラブル様は契約をした時に勇者スキルセットというのを与えられていると思いますけれど」
アイエは当たり前のようにそう言ったけれど、僕にはそんなものをもらった心当たりはない。
「ふむ。君、これを見て見たまえ」
困惑していると、楓が背中をつついて自分の携帯を見せてきた。なぜか壁紙が僕の寝顔のドアップになっていてびっくりしたけれど、楓が見せたいのは壁紙ではなくアプリの方だった。
「勇者スキルセット?」
「僕はこんなアプリをインストールした覚えはないのだが」
そう言いつつ楓が「勇者スキルセット」アプリを起動すると、最初の画面でユーザー名「エラブル」と表示された。名前を見るに、やはり異世界に関係するアプリのようだ。楓が自分のことをこの名前で登録するとは考えにくい。
すぐに僕も自分の携帯の電源を入れて確認すると同じアプリがインストールされているのが見つかった。それにしても、電源は切ってあったはずなのに、いつの間にインストールされたんだろう。
些細な疑問は脇に置いておいて早速起動してみると、ユーザー名「ソレイユ」となっていてその下にゲームのようなメニューが表示されていた。そして、一番上にあったステータスというメニューをタップしてみると、スキルポイントと書かれた円グラフが表示された。
「君、スキルというメニューを開いてみたまえ」
楓に言われてメインメニューに戻り、スキルをタップするとスキルの一覧が表示された。
・ゲートの通行
・自動言語翻訳
・サンクテュエール
「このサンクテュエールというのは面白い」
楓の言う通り、ここに書かれた内容は興味深かった。これは異世界の中に聖域を作ってその中を地球の法則が支配する領域にすることができるのだ。つまり、サンクテュエールが発動した範囲内では魔法の影響を消滅させることができる。
「ということは、このサンクテュエールを使えばどんな魔物でも……」
「ただの有害鳥獣ということになるのだろう」
その後、僕たちはヴィルドパンへと向かった。車も馬もないのでただ歩くのみだ。もっとも馬があったところで乗れる自信は全くないけれど。
ところで、勇者スキルセットなるものは基礎体力まで引き上げてくれているらしい。元の数値がどうだったのか分からないので比較はできないけれど、少なくとも鉄板付きの革鎧を着てかけっこができる程の体力にはなっている。しかも、僕だけでなく小柄な楓までがそうなのだ。
ヴィルドパンという街は高さ2メートルほどの円形の城壁に囲まれた城郭都市だった。アイエの言うにはこの辺りは辺境で魔物が多く出没するため、このような城郭都市を作る必要があったのだそうだ。しかし、結局魔物に侵入を許して都市を放棄する羽目になったらしい。
「門は壊されていますが、城郭自体に損傷はないようですね」
中に入ってみると想像以上に狭かった。城郭の直径は1kmもない。日本の普通の都市と比べれば、人口はずっと少なかったのではないだろうか。もっとも、今は全く人気はなくなっていたが。
「ゴーストタウン」
「君、これはなかなか素敵な遊園地のアトラクションになりそうだな」
どうやら楓の感想も僕と大して変わらないものだったらしい。
「この付近に魔物はいないようにござります」
「このまま進みます」
先行して偵察しているスリーズの報告を聞いて、アイエが指示を出した。予定では今日は進めるところまで進んで内情確認を進めるということになっていた。リスクの高い戦闘は避け危険になる前に撤退して、後で本格的な討伐作戦を立ててから再度攻略するという方針だ。
「魔物発見。ホーンラビット1体にござります」
「他には」
「ござりません」
「排除してください」
「ジュムコンサカリスプリペレアラテルメル」
スリーズは前にアイエが唱えたような長い呪文ではなく、もっと短い呪文を唱えた。すると、中空から短刀が現れ角の生えたウサギに刺さった。即死のようだ。短刀はウサギに刺さるとすぐに消えてしまった。
ところでホーンラビットは英語だけど、モンスターの名前はフランス語ではなく英語に翻訳されるルールなのだろうか。
「先に進みます」
「あのウサギはあのままなの?」
「今は回収している余裕はありませんので。放っておけば他の魔物が処分するはずです」
処分とは要するに食べるということなのだろうかとちらっと思ったが、その答えを確認する間もなく、僕たちは死んだウサギの脇を通ってさらに街の奥へと進んでいった。