第二十四話、五族平等。
リショナシエからの使者に対して、返事はすぐに書いた。基本的には今のヴィルドパンの統治には僕の方に正統性があり、そこを認めるのならば話をすることはむしろこちらからお願いしたい。できれば、国の建設に力を貸してほしいという内容にした。
返事はすぐに帰ってきた。ヴィルドパンの統治の正統性を条件付きで認め、それが認められれば国の建設にも力を貸すという内容だった。
「リショナシエを大臣に任命し、元の領民の権利を保証すること、か」
「リショナシエの登用はともかく、元の領民の権利の保証は今住んでいる鴉族との争いに繋がります」
「だろうね」
鴉族は最初に配下についてくれた人たちでこれまでもいろいろと世話になっている。他の土地から追われ他種族の住まないこの地に流れ着き、僕の下で自分たちが自由に住める国を作る夢を持っている。そういう経緯から心情的にはこちらの味方をしたい。
それに対して熊族はこの地に昔住んでいた人々でヴィルドパンやウィクレットの街を作ったのは彼らやその祖先だ。彼らの心情としては、この地は彼らの土地でオークがいなくなったのなら自分たちに返してほしいと思うのだろう。それも理解できる。
僕としては、鴉族と熊族にはこの地で共存してほしいと思うけれど、そのためにはどちらも譲歩が必要だ。でも、鴉族のこの世界での立場を考えると、譲歩は一筋縄ではいかない可能性が高い。
「楓、何かいいアイデアはある?」
「歴史上、こういうケースで理想主義的に解決した例は皆無だ」
「身も蓋もない」
が、楓の言うことはある意味正しい。1つの土地に対し、異なる2つの民族が互いに正当な領有権を主張して、平和的に2つの民族が融和したという例は聞いたことがない。一方が他方を力で抑え込んで安定するか、押さえ込み切れずに争いが発生するかのどちらかだ。
もちろん、中には友好的な関係を築いて融和できる人たちもいるのだが、そうならない人たちが必ず存在して、そういう人たちが常に火種になるのだ。
「だが、一方的な排除は下策だ。1000年以上経ってから復讐された例すらある」
「ソレイユ様、エラブル様は異世界から来た勇者様ですので、勇者様の下の五族平等を訴えるのはどうでしょう?」
五族平等。どこかで聞いたことがあるようなスローガンだけど、一つのアイデアだと思う。何より、勇者が五族に含まれないので、どれか1つの民族が実質的に他を支配する関係にならないのがいい。ただ、一つ懸念が。
「そのスローガンだと、勇者が死んだあとはどうなるんだろう?」
「君、それを今から考えても仕方ない」
「確かにそうか」
「それよりも、君が兎族、猫族、鴉族の3族からしか妻を娶っていないという方が問題だ」
「ちょっと待て。鴉族って誰の事?」
そもそも、結婚の話は棚上げになっていたはずだけど、それにしてもそれは楓、アイエ、スリーズの3人だったはずだ。アイエは兎族、スリーズは猫族、楓はもちろん地球人。じゃあ、鴉族は?
「何を言ってるんだ。カトルフィーユに決まってるじゃないか」
楓が言うと、アイエとスリーズもうなずいていた。そんな話は聞いていない、と思ったが、そう思っているのは僕だけのようだ。
念のためカトルフィーユの方も見てみると、心配そうな様子でこちらを伺っている。
「カトルフィーユはそれでいいの? 僕と結婚したいの?」
そう聞くと、カトルフィーユは大きく頷いた。しかし、アイエ、スリーズが地球年齢でもうすぐ成人という年齢なのに対し、カトルフィーユはまだまだ子供だ。さすがに結婚を決めるのは早すぎる気がするけれど。
「ソレイユ様。こういう状況ですので、結婚の儀は五族の妻が全員揃った時点で大々的に行うのがいいかと思います。それまでは私たちの立場は妃候補ということでよろしいでしょうか」
「よろしいもなにも、これまでもそうだったよね」
「はい。ではこれまで通り、夜はソレイユ様がその気になられましたらいつでも準備はできていますので」
「そういうことは正式に結婚してからだから」
「僕は五族じゃないから、いつでも地球で結婚式を挙げられるよ!」
五族平等の話からいきなり結婚の話に発展していったけどどういうことだ?
「とにかく、話を戻そう」
「はい。ですので、熊族の方にはソレイユ様の妃候補を決めていただくということで」
「それは決定事項なんだ」
「当然です」
こうしてまた一つ外堀を埋められてしまった。
「じゃあ、それはいいとして、熊族の人たちの権利を保証する件だけど」
「保証はできない」
「申し訳ないですが、不可能です。そもそも一度失ったものなのですから、対価なしに取り戻そうというのは虫がよいと思います」
スリーズとカトルフィーユもうなずいていいるので、これはここでの総意だ。ただ、これだとリショナシエの要求の半分を否定することになるので、交渉が決裂する危険性もある。
「返事には要求に対する回答は書かず、直接対話の場を設けることを提案しましょう」
「分かった」
「それと、その場にはブシュロンも同席させます。本当ならフレーシュも同席させるほうがよいのでしょうけど」
「フレーシュは時間的に無理だね」
「高速ヘリがあれば僕がひとっ飛びしてもいいんだけど」
楓がそう言うが、そんなものは異世界にはないので初めから無理な相談だ。
とにかく、リショナシエに返事を書きつつ、並行して会談場の準備を進めた。向こうは滅んだとはいえ元王族なのであまり失礼な扱いをすることはよくないと考えられたので、王宮として使っている屋敷からそれなりの部屋を選んで急いで調度品などを運び込んだ。
「そうだ、ついでにアレも持ってきたらどう?」
「アレですか?」
「そう。あの甲羅」
「それはいい考えですね」
先日捕獲したトータスヒッポの甲羅と牙があったので、せっかくだから会場に飾ることにした。こんなものでも権威付けに役立つかもしれない。とはいえ、まだ熊族が話し合いに応じるかどうかは分からないのだが。
「ロワ・ソレイユ様。リショナシエ様が到着いたしました」
「分かった。じゃ、後はよろしく」
どうやら熊族の代表は僕たちと話し合うことに応じてくれたようだ。
連絡係に一言言って、僕たちは会談場を出た。手筈では、先にリショナシエを会談場に入れ、それから僕、楓、アイエ、スリーズ、カトルフィーユが入り、その後、ブシュロンを招き入れることになっている。僕たちの前にブシュロンが入ると、2人の間に軋轢が生まれてしまうかもしれないからこういう順番になった。
「上手くいくかな」
「大丈夫です。私がサポートします」
「僕も助ける。君は堂々としていたまえ」
「分かった」
とはいえ大事なところでは僕もきちんと話さないといけない。前にブシュロンやフレーシュを味方につけた時もそうだった。ただ、今回はそれよりさらに厄介な事情を抱えているのだ。だんだん緊張してきた。




